Ⅰ 武をもって制すか。否、民あっての帝
遥かなるフロンティアへと遠征する戦士たちは、出立の際、必ず一度は立ち止まり、あとに引き立つヒエロファニーの都を振り返る。
白亜の壁が陽光を浴びて燦然と輝くその美しさは、戦火の荒野へ赴く者たちの永遠の心の拠り所であり、帰るべき愛しき故郷そのものであった。
かつて、この地を訪れたある吟遊詩人は、竪琴を爪弾きながらこのように都を謳い上げたという。
『 ―― この上なく壮麗にして、海よりも寛大なる天の庭 ―― 』
その美しき聖都の頂点に君臨する者。
神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)、またの名を、神武(じんむ)。
彼は滅多に民の前へとその姿を現すことはない。しかし、宮殿の奥底から放たれる底知れぬ威厳と、天地を統べる王権の気配だけで、この広大な聖都をあらゆる災厄から護り抜く、絶対的な守護者であった。
だが、影が光を妬むように、その完璧なる治世にすら、仄暗い怨嗟の声を上げる者がいた。
「だが、あの傲慢な帝にだって、けっして成し遂げられぬことはある」
神々の座を狙う嫉妬深き者たちは、都の片隅でそう嘲笑混じりに言い放った。
「それは、この世界に『永遠の平穏』と『不滅の輝き』をもたらすことだ。いかに強大な王権があろうとも、いつかは滅び、闇に呑まれる。奴の光とて、ただの一時に過ぎぬのだ」
暗闇に蠢く不穏な噂。それらは、世界のすべてを見通す帝の使い──黒き三本足の霊鳥『八咫烏(やたがらす)』の羽音と共に、すべて宮殿の奥に座す帝の耳へと届けられていた。
しかし、己を誹謗する声を聴いてもなお、帝はただ無言を貫き通した。
あまりにも深く、静まり返ったその沈黙の前に、民も、側近たる臣下たちも、畏るべき主君が何を考えているのか、その真の意図を推し量ることすら叶わなかった。
だが、誰もが終わりを恐れるなかで、帝の心象はひどく澄み切っていた。
──永遠という途方もない時間に、果たしてどれほどの意味があるというのだろうか。
『この世に永遠などない。形あるもので、不滅を保てるものなど何一つ存在せぬ。……ならば、この世が続くと分かっているその一瞬の時まで、私はこの身のすべてを燃やし、太陽となって聖都を照らし続けるまでだ』
孤高の玉座で、帝はただ一人、自らの魂にそう語りかける。
彼の目に見えているのは、神々の気まぐれな力や、己を誇示するための強大な武力ではない。
『民とは、武力や恐怖によって制し、従わせるものではないのだ。……民とは、その心を寛大に受け入れ、彼らが日々の営みのなかで創り出す小さな幸せ、紡がれる文化をこそ讃え、共にその存続を計るべきものなのだから』
武をもって力でねじ伏せる王は、いずれさらなる武によって滅びる。
だが、民の営みを愛し、その盾となる王の光は、民の心が続く限り、けっして消えることはない。それこそが、彼が掲げる真の王道であり、天つ神より託された王権の真意であった。
静まり返った宮殿の屋根の上、帝は今日も静かに腕を組み、黄金の陽光に包まれた聖都を見つめている。
果てしない歴史の濁流のなかで、この偉大なる天の光は、あとどれほどの時間、愛しき民の行く末を暖かく照らし続けるのだろうか。
その答えを知る者は、未だ、この世界のどこにも存在しない。