昨日公開した
「⭐️をつけるまでが創作なんです!」
たくさんの方に読んでいただき、レビュー、応援、心から感謝です。
改めて、ありがとうございます。
自分の創作を、最初に❤️、⭐️つけていただいた時の気持ちって、世界に接続されてよかった、という物でした。
世界に接続された、というのはその場の語感で出てきた言葉です。
それを自分なりに深掘りをしてみました。
私は、つながりたい、つなげたい、という動機が一番強いようです。
何をつなげたいか?
それはその作品を書くまでに読んだもの、見たもの、聞いたもの。
自分の体、五感で感じた、喜びや、痛みなど。
それを、誰かに見てほしい、そういう気持ちです。
文章だってゼロから出てきた物ではありません。
書くまでに読んできたもの、私はその弟子、いや子供だと思っています。
創作というのは自己完結しません。
自己完結しているのであれば、公開ボタンを押さないと思います。
「公開」は恐ろしい言葉です。
毎回躊躇する気持ちがあります。
身を崖から投げ出すに等しいくらい、痛みを感じることになるかもしれません。
それでも、つなげたい。
決死の思いです。
誰もがやっている、それは何のために?
つなぐため、つながるため、残すため。
それは原始時代から、人間が持つ欲求なのだという結論になりました。
そんな誰かを見つけたならば、その人のつなぎたいを受け取れたらなと思っています。
それは隠さず、素直に伝えたらいいメッセージです。
余談ですが、カクヨムをやってない友達に読んでもらったら
「お母さんに宿題しなさいって言われているような気持ちになる」
という言葉をもらいました。
この作品は、自分なりの言葉で、道理を書いたものだと思っています。
道理を書くことは、どうやっても説教くさいです。
私なんかがやるのは洒落臭いと思われても仕方ありません。
宿題をしなさいっていわれて、なんで嫌になるかといえば、やらなければならないのが道理で、曲げられないからです。
面白い感想をもらえたなと思いました。
あとしがらみを作りたくない人もいるはずだというのも。
これもまた確かなことですね。
でもカクヨムという場を選んで、公開したからには、何かしら思うところはあるはず?
と思います。
そんな言葉ももらって、次の創作論に活かしたいなと思えるので、ぜひ忌憚なき言葉を浴びせてやってください。
本当にありがとうございます。
この三日間の連休を全てカクヨムのヨムにあてたこと、これをして、自分なりの行動も伴ったものであることを、少し書かせてください。
楽しい時間でした。
流石に三日連続は疲れましたけど、いい思い出です。
読んでいただいて、ありがとうございました。