『暮しガスメータ』という楽曲をご存知だろうか。この楽曲は、2022年、電ǂ鯨氏によって投稿されたボーカロイド曲(広義)である。曲を聴いて衝撃を受ける、という体験をしたのはこの時が初めてのことであった。音楽的にも詞的にも素晴らしい楽曲ではあるが、ここでは、タイトルにもなっている「暮しガスメータ」という言葉を通して生まれた考えを書き殴ろうと思う。
その昔、ある刑事ドラマでこんなシーンがあった。
主人公は、団地の部屋の中に人がいるかどうかを確認したかった。だが部屋には鍵がかかっている。そのため、彼はガスメーターを見、数字が回っていることが確認できたので、中には人がいると分かった。
その前後に何の脈絡があったかは、とんと記憶していない。ただ幼いながらに、その機転の効かせ方には関心した。しかし、今思えばこれはなんと残酷な事だろうか。
人の生活が、もっと言えば生き死にが、ガスメーターひとつで判断、確定してしまう。どんな朝食を食べたか? 今朝のニュースは何番を見て、見て何を感じたか? 帰ってきたとき意味もなくほっとしたか? 死んだのだとしたら、どのように?
ガスメーターは、それら一つひとつを考慮せずただ無慈悲に変動する〝数字〟に変換してしまう。支払いに変えてしまう。
生きてる限り数字は回って、死んだら止まる。まさに「暮しガスメータ」だ。
と、ノスタルジーに任せてぐちゃぐちゃと書き殴った次第。
聴いたことがある、ないに関わらずぜひ(もう)一度。