「ねえ、お兄ちゃん」
真っ白な部屋の中で、これまた真っ白なベッドに横になった少女が、傍らにいる少年に声をかけた。
「ん? どーした?」
「お兄ちゃんって、あのテレビの人みたいになれる?」
少女の指す先には薄型のテレビが壁に掛けられていて、そこには一人の人間がアクション漫画のように崩壊したビル街を縦横無尽に駆け回っている。
「え、ああ、どうだろう。難しいとは思うな。最強の|探索者《コンプローラー》を決める戦いでしょ?」
少年の反応は戸惑い気味だ。今までそんなことを考えたことがなかったのだろう。
「んー、でも、お兄ちゃんならなれると思うけどな」
「そう、かな?」
「うん……かっこいいだろうなぁ……」
画面に映る人物を少年と重ね合わせているのだろうか、少女の瞳はキラキラと輝いていた。
「最強のお兄ちゃん……くぅ、かっこいい。なってくれないかなー」
「はいはい。わかったから、余裕があればなるよ」
「本当?」
「本当本当。いつかテレビに出て、最強のお兄ちゃんになるから」
「わーい」
少年は喜ぶ少女の頭を愛おしそうに撫でる。
そして、今交わした約束を、頭の片隅に残した。
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ブブブ、ブブブ、ブブブ。
「ホッ、フッ、ハッ! ホッ、フッ、ハッ!」
「……ぐ」
耳障りな羽音と荒い息遣いで目を覚ます。
ぼんやりとしか視界に映るのは、閑静な住宅街に、デカい猿と異形の化け物。
空中に胸部が発動機、腹部がパイルバンカーのアシナガバチのような怪物が3匹。
そして真っ赤な体毛を持つテナガザル、|狒々《ヒヒ》が、俺に背を向けて踊っていた。
何が、あったっけ? そうだ、課題を終わらせるために集団で霊場に入って、弱い個体のいる末端区域に移動した矢先に、めっちゃ強い猿が襲ってきた。
あのハチ型モンスターを引き連れながら俺と殴り合いになり、あまりのパワーで吹っ飛ばされて壁に激突。気絶したのか。
「……」
幸い、あいつらは踊りに夢中でこっちが目を覚ましたことに気づいていない。今のうちに状況と意識をはっきりさせて、ここから逃げるか、立ち向かう方法を考えよう。
まず、この場所は?
ここは|東京霊場《とうきょうれいじょう》。|理力《りりょく》と呼ばれる不思議な力で満たされた異空間。
俺の名前は?
|葉川《はがわ》|綾《りょう》。|星霊学院高校《せいれいがくいんこうこう》の2年生。今日は新年度早々に課された学校の課題を終わらせるために資源の採取に来た。
よし、少し意識がはっきりしてきた。このまま続けよう。
相手の猿の身体能力は俺より上。今の俺が理力を使って身体強化をしたとしても、その差は雀の涙ほどしか縮まらない。つまり撃退は悪手だ。
逃げに徹したとしても確実に追いつかれるから、攻撃をなんとかいなしながら学校に戻るしかない。
そしてその際の邪魔になるのがあの取り巻きのハチ。
空中からパイルバンカーを発射して、正確にこちらの動きを封じてくる。
それに対する対抗策は……俺の|異能《ギフト》次第、だな。うまくいけば猿の動きを止められるかも。
「ふうっ」
全身に波打つ痛みを我慢しながら立ち上がる。
膝ががくがくと震えるが、根性で我慢。
「キ?」
立ち上がった音と吐いた息の音で気づかれたか、サルがこちらに振り向いた。
あいにくと死ぬわけにはいかない。最愛の妹の願いがまだ叶ってないのだから。
「っ!」
逃走を開始する。住宅街を右へ左へ。背後を定期的に確認するが、追ってきてるのはハチだけだ。
あの猿はそこまで獲物に執着しないタイプだったのか? と思ったのも束の間。
「ヒヒヒッ! ハッハッ!」
「危ねっ!」
独特の金切り声と共に住宅の屋根の上からヒヒが飛び掛かってくる。なんとか躱すことに成功するが、その瞬間足元に鉄パイプほどの太さの杭が飛んできた。上空を飛ぶハチからの攻撃だ。
ガチガチと顎を鳴らしながら、次弾が飛ばしてくる。
「なああ!?」
情けない声を上げて回避するが、今度はその隙間を縫うようにヒヒの攻撃。息の合った連携に俺は息つく間もなく停滞を強いられる。
このままだとまともに前に進めない。ここでやるしかないのか。
覚悟を決めて、次のハチの射撃を待つ。多分合図は次に顎が鳴った時だ。
ガチガチ! ガチガチ!
「っ、来た!」
合図の瞬間に右手を突き出して、目の前の空間に力を流し込むようにイメージする。スイッチをONにするように、その力を呼んだ。
「『|伴走者《ペースキーパー》』!」
刹那、針が飛ぶ。飛んで――時が止まったかのように空中で停止した。
「キキキッ!」
「いいぞ、こっちに来いっ!」
過去2回の連携のように絶妙なタイミングで既にヒヒが飛び込んできている。
俺、ヒヒ、そして停止した針が一直線に並んだ瞬間、力を解除する。
思い出したように針が動き出し、そのまま前方にいる俺の手前にいるヒヒに突き刺さった。
「ギャアアアッ!?」
「よし!」
狙い通り今のうちに距離を「グギャアッ!!」
「はっ?」
背中に強い衝撃。吹き飛ばされる。地面に当たる。転がる。
勘違いをしていた。|端《はな》からヒヒにとって俺は、全力を出すに値しない、遊びで狩れる相手だったのだ。
それが、思わぬ反撃を受けて少し本気を出した。ただそれだけの事。
だがそれだけの事が俺にとっては大問題だ。これで安全圏に到達できる確率がさらに減少した。
全身に打撲の鈍い痛みを受けながら、それでも何とか立ち上がる。
「クソっ」
ヒヒの方にもダメージは入っていたようだ。体に刺さった杭のせいで上手く立ち上がれていない。しかもふっ飛ばされたおかげで距離も少し離れた。このチャンスを逃さない手は
ガチガチ! ガチガチ!
「マジかよ」
この絶好の機会に、ハチからの援護射撃。
躱す? いや、今の状態だと躱しきれるか怪しい。ならもう一度異能を使って回避か? ダメ元で試しに手を突き出す。
「『|伴走《ペースキ》、ぐっ!」
先ほどのように力を使おうとするも、同時に頭痛がやってくる。やっぱり使用制限のクールタイムが消化しきれていない。
|不味《まず》い、このままだとほぼ確実に負傷する――!
「――葉川君伏せて! |急急如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》!」
瞬間、反射的に身を屈めた。直後に背後から通り去っていく青白い鳥がほぼ同時に放たれた杭を撃ち落としていく。
「|壬生《みぶ》さん!」
振り返った先には、白い三角耳にくすんだ水色の瞳。右手に抜身の刀が握り、三本のふわふわとした尻尾を揺らめかせた少女がいた。
「下がって。私が相手するから」
「ありがとう!」
こちらに突っ込んでくる彼女と入れ替わって安全を確保する。
助かった。彼女がいればこの場は切り抜けられる。
なぜなら彼女は《《2種類の能力》》を操る、学校で十指に入る実力者だからだ。
「数は……4体ね。オッケー」
一度刀を鞘に戻し、左手を鍔に添わせ、上体を地面に倒れこむようにして疾走を開始した。
一歩目から常人ではあり得ない加速をし、モンスターの群れに迫る。
自身や触れている者の運動エネルギーを増加または減少させるギフト『|調律者《ペースメーカー》』の力によってあっという間にヒヒを攻撃できる距離まで近づいた彼女は、俺が必死に逃げ回っていた相手を逆袈裟切りで両断。振りぬいた勢いそのままに腕を一回転させる。これはそう、何度も見せてもらった技だ。
――壬生流抜刀術、『|水月《すいげつ》』。
切っ先が地面を滑るように弧を描き、一般的に逆風と呼ばれる下から上への斬り上げに流れるように攻撃を繋げた瞬間、氷の橋が架かった。
|理能力《アビリティ》『氷《ひょう》雪《せつ》操《そう》術《じゅつ》』。ギフトと違い、体内を流れる理力を消費して発動するその力が空中を飛ぶハチ4体を正確に氷漬けにした。
『|調律者《ペースメーカー》』による神速と『氷結操術』の攻撃力を融合させた抜刀術を操り、瞬く間に敵を倒す。
|壬生《みぶ》の|氷《ひょう》|狐《こ》。それが俺の目の前にいる友人、|壬生《みぶ》|千冬《ちふゆ》に付いた異名だった。
その動きは納刀まで美しく、彼女のファンなら迷わず一眼レフで写真を撮るだろう。
「葉川くん!!」
その後の今にも泣きそうな顔でこちらに駆け寄ってくる情けない姿に幻滅するかどうかは別だが。
「大丈夫!? 怪我は?」
「まだ、頭が少しくらくらするけど……大丈夫。よくここが分かったね」
「部長が教えてくれたの。君が霊場にいることと、通常よりも理力濃度が高くなって普段より強い敵が出てくるかもしれないって」
「ははは、あの人には頭が上がらないな」
お礼を言うためにも、一度彼女の下に会いに行こう。
「う、あの、肩、貸そうか?」
「あーうん、悪いね、お願い」
恐る恐る傍にやってきた壬生さんの肩に腕を回し、ゆっくりと歩き出す。目指していた学校はすぐそこのはずだ。