ロサンゼルス郊外の新居のリビングで、朝の日差しを浴びながら新聞を広げていた。
俺がスポーツメーカーと共同開発した炭素複合素材のシューズに関する記事が目に入る。
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ミナモスポーツ株急伸 庄内モデルの大ヒットで品薄続く
大阪市に本社を置くスポーツ用品メーカー、ミナモスポーツ(大証コード:7321)の株価が急騰している。
一月初めに七五八円だった株価は、わずか一か月で一〇五〇円へと上昇。
投資家の間では、日本から世界的スポーツメーカーが生まれるのではないかとの期待が高まっている。
背景には、ローマで開かれた展示会「EuroSporta ’90」で発表された最新シューズ「Model SHONAI Ultra Gal」の爆発的ヒットがある。
庄内選手とのコラボレーションによって誕生した同モデルは、従来品の半分となるわずか二〇〇グラム。
日本が世界をリードする炭素素材を採用し、トップ選手からは「まるで裸足のようだ」と評されている。
価格は三万円と高額ながら、プロの間で需要は殺到。契約外の選手までもがロゴを塗り潰して試合に出場しているという。
欧州メディアも「新時代のスパイク革命」と報じており、株価上昇の勢いは止まりそうにない。
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……野球モデルを作るはずだったラインを、サッカー用に持っていかれた。そして、売れまくっている。悔しいけど。
ただ、プロ向けの靴なんて市場規模は限られてる。数字だけが一人歩きしている。投資家ってのはいつもそうだ。
本当の勝負は次だ。セミプロ向けモデルが量産に入った時、初めて市場は動く。
売れる数が桁違いだからな。
早速届いたものを試してみたが、軽くて驚くほど馴染む。
ついでに岸原にも送ってみた。
俺の情報網を使えば、足のサイズなんて調べるまでもない。
一月ほどしてから、彼に国際電話をかけて感想を聞いてみた。
「なんでこの電話番号知ってんねん。先週、引っ越したばっかりやぞ」
「サイズはピッタリや。右足の外反母趾にまで合わせてあるし、怖いんやけど」
「俺は内野手やからなー。履いてみたけど、スライディングされた時怖いから使うのは辞めとく。すまんな」
そうなんだよな。軽いシューズは強度では劣る。
外野手やサッカー選手なら問題にならないが、やっぱり気にするか。
彼の感想に、俺は丁寧に礼を言って通話を切った。
なかなか野球界での普及は難しそうだ。
サッカー界に無駄な革命を起こしてしまっただけだったな。
ただ、俺の地元メーカーを応援することができたんじゃないだろうか。
これから日本には未曾有の経済難がやってくる。この靴がそれを少しでも緩和することをできれば良いんだけど。そう思いながら、手元にある靴を優しく撫でた。