こんにちは、晴間あおです。
私も参加しているコンテスト「第2回カクヨム短歌賞【ナツガタリ'26】」の応募受付が本日(2026年9月8日)終了しました。
というわけで、この近況ノートにその「あとがき」のようなものを書いておきます。
私は詩歌がわかりません。
いきなりですが、これが私の率直な気持ちです。
詩も短歌も何をもって良しとするのか、わからない。
実は今回のコンテスト、私は少し短歌の「勉強」をしてから臨んでいます。
短歌の詠み方としては、枡野浩一の『かんたん短歌の作り方』、俵万智の『短歌をよむ』『考える短歌』『短歌のレシピ』を。
歌人の短歌に触れるためのアンソロジー本として穂村弘(編集)の『近現代短歌』、山田航(著、編集)の『桜前線開架宣言』、東直子・佐藤弓生・千葉聡(いずれも著、編集) の『短歌タイムカプセル』を。
そもそも文語が読めないため(私はいわゆる理系で古文はほぼ未履修です)今野寿美の『短歌のための文語文法入門』を。
という具合に、数冊ではありますが短歌関連の本を読みました。が、まあわからない。「素晴らしい」と評価されている短歌が暗号にしか見えないこともしばしばで、審美眼のかけらもありません。
そんな状態なので自分の短歌の良し悪しがわかるはずがなく、駄作と言われても仕方のない短歌を大量生産する結果となりました。
しかしもちろん「勉強」をした成果がまったくなかったわけではなく、去年に比べたら全体の平均点は上がった気がします。それに大量生産していくうちに、自分なりのコツのようなものが見えてきた気もします。
ふつう短歌は、先に心が揺れるような物事があり、それを言語化して仕上げていくものだと思います。
しかし私の場合、先にふっと浮かぶような言葉があり、それを素材に作りながら言わば心を後付けしていくほうがうまくいく気がします。
言葉から接近し、心を発掘していく。
かっこよく言うとそんな感じ。
どうも私は変に理屈っぽいので、「あのことを表現しよう」と言語化しようとするとごちゃごちゃと歪なものになってしまうようです。それよりは言葉に身を任せ、あとから57577に整えたり推敲したりしてあげたほうが、すっきりとした自然体で面白い表情の短歌ができる気がする。まだ気がするだけですが。
と、このまま拙い作歌論を披露しても仕方がないのでこのあたりで切り上げますが、つまり何が言いたいのかと言うと「第2回カクヨム短歌賞」を通して自分なりに収穫はあったということです。
おそらく短歌は続けますので、今後カクヨムで短歌のコンテストがあった場合はまたお目にかけることになるでしょう。その時は今回よりも良い作品をお見せできるよう力をつけておきます。乞うご期待、ということで。
最後に。
私の作品を読んでくださった方々、「レビュー」や「応援」をしてくださった方々に感謝いたします。
「応援コメント」もありがとうございます。宗教上の理由で(というのはもちろん嘘で私の性格のせいで)基本的に返信はしていないのですが、嬉しく読ませていただいています。
実はこれが私にとって初めての近況ノートでした。
果たして次に書くのはいつの日になるのやら。
それでは、次回があればまたお会いしましょう。
さようなら。