男の子の遊びなんて基本は冒険でしょ?
七歳児エドアルドくんは前世でも思ってたし、今生でもそう思っている。
偏見である。
幼馴染くんはどちらかといえば室内遊びの方が好きだし、チート様は実践的な訓練を優先している。
だが、その心には男の子の冒険心が確かに息づいているのだとエドアルドくんは確信している。
だって、男の子だもん。
王宮には冒険すべき場所がたくさんある。多分全部知ってる人とかいないんじゃないかと思うくらい広い。実際、幼馴染くんもチート様も行ったことない場所の方が多いって言っている。
なんとこの王宮、森もあれば畑も牧場もあるのだ。王族は毎朝とれたての牛乳が飲めちゃう。ちょっとすご過ぎて王宮の概念よくわかんなくなるね。馬車移動するならそれはもう王宮というより王宮御用達食材調達村みたいなもんでは? 王宮の一部だと思うから一般人は困惑するのよ。
そんなことをぶつくさ言いながらエドアルドくんは王子宮から近めの森に冒険の旅に出た。
小粋なメンバーはチート様と幼馴染くん、そして面倒くさそうないつもの護衛である。
幼馴染くんの護衛は何人かの近衛騎士が専属でついていて持ち回りで一人か二人つく。エドアルドくんとも馴染みの顔なのだが誰も彼もがエドアルドくんが現れると天を仰ぐ。侯爵子息になんという態度だ、パパに言いつけてやる! と息巻いてお家に帰って言いつけてやった。後に騎士の待機部屋に侯爵家から菓子折りが届いたらしい。エドアルドくんは納得がいかない。
とりあえず森の冒険は楽しかった。
いい感じの枝を拾い、幼馴染くんと振り回しながら早春の森で小動物を威嚇した。
チート様が素手でリスを捕まえて見せてくれたのも楽しかった。護衛なぜかドン引きしていた。なんでだよ、すごいじゃん。
冒険心もいい感じに満足したのでそろそろ戻るかと思った頃、幼馴染くんがそれを見つけた。
「ねえ、あれなーに?」
幼馴染くんの指さす先には森の中に溶け込むように朽ちかけた小さな小屋があった。
「たぶん、森を管理するものたちが使っていた小屋でしょうね。人員の変更などで使われなくなったものがそのまま忘れられたんでしょう」
護衛が説明してくれて幼馴染くんはふーんと聞いていた。
エドアルドくんもふーんと聞きながら小屋にダッシュした。
あ、こら! と護衛が言っていたが無視した。侯爵子息に無礼だぞ! パパに言いつけてやるからな! 菓子届いちゃうんだからな!
待ってよー! と幼馴染くんの声が聞こえたが少年の冒険心は待たぬのだ。
朽ちた森の小屋! これはタンスの中からお金が出てきたり、壺割ったら薬草が出てくるやつだ!
ニヤニヤしてたらチート様に小脇に抱えられた幼馴染くんにあっという間に追い抜かされたし、なんなら護衛にも追い抜かされた。
所詮は七歳児の足の長さだった。大変悔しい。
小屋に到着した幼馴染くんは一番! と喜んでいたが一番はチート様である。エドアルドくんは中の人は大人だったのでぐっと我慢して黙った。
小屋の中は埃だらけだった。ちび二人とチート様、護衛が入れば手狭に感じてしまう小さな部屋には面白いものは何もなかった。
仕事に使ったのであろう毛羽だったロープに錆だらけの鉈。小さなストーブの上には穴の空いた鍋が置かれていた。
タンスも壺もなかったのでちょっと期待外れ。
エドアルドくんはめげない七歳児だったので、そうだ、秘密基地つくったらいいんじゃないか? と考え直した。男の子はそういうの大好き。異論は認める。
ねえ、と幼馴染くんに声をかけようとした時、チート様がふと呟いた。
「風が、吹いてる」
え、なに? その強者だけに許されたカッコいいセリフ。
驚いて見上げると、チート様は小屋の床を見ていた。
ボロボロの小屋である。風なんていくらだって入ってくるボロ小屋で、チート様は床を見ていた。
エドアルドくんはピンときてしまった。こういうの知ってる! 王宮の端のボロい森小屋! 床から空気の流れ!
「あー!!! あれ! あれなにー!!!!」
ピンときたエドアルドくんは小屋の外を指さして叫んだ。
幼馴染くんの手を引っ張って小屋の外に出る。
幼馴染くんの護衛ももちろん付いてくる。
小屋から少し離れて辺りを見回せば、冬眠から覚めたばかりのでっかいカエルがよっこらせと土からもっそりと出てきた。
「かえるー!!!!」
さすが神に愛されし天使の美貌をもつ男、エドアルドくんは全然関係ない自画自賛をしながら幼馴染くんと一緒にしゃがみ込んで巨大カエルを眺めた。
きゃっきゃっしながらカエルを枝で突くエドアルドくんと幼馴染くんを護衛が複雑そうな顔で見る。
「あの、小屋に戻りませんか?」
と提案してくる。こやつ、先程のチート様の言葉と目線の先を見ていたな。
しかしリスクマネジメントが甘くないか?
エドアルドくんは残念なものを見る目で護衛を見ました。
「お前、俺がお前の命を救ったって分かってないの?」
びっくりした顔の護衛と首を傾げる幼馴染くん。
「ルーディ、ルルシュカ大墳墓のお話覚えてる?」
「エドと読んだ聖典に載ってたやつでしょ? ちゃんと覚えてるよ」
「お前は? お前、聖典のルルシュカ大墳墓の話知ってるか?」
護衛の顔を見上げながらエドアルドくんは尋ねた。
不思議そうな顔をする護衛はやはり危機管理能力に疑問がある。護衛としてどうなの、それって。
「えー、と、欲深い女王が死後も自分の財産を誰にも渡すまいと巨大な墳墓を作って財産を全部そこに納めて亡くなるなんですよね。地獄に落ちた女王が地獄では自分の財産が意味がないことを嘆くってお話でしたっけ?」
よく子供に聞かせる教訓系のお話である。
「知ってんじゃん。じゃあ分かるでしょ?」
エドアルドくんが腕を組んで偉そうに見上げると護衛は首を傾げた。
「ダメ! お前! 王族の護衛なんだからもうちょっと頭使え! ルルシュカは大墳墓の入り口を迷宮にして誰も入れないようにしたんだよ! 作った職人も殺して! 棺に毒を塗って埋葬人も殺したの! 正解の道を秘密にするために!」
もうもうもう! 察しが悪いなあ!
七歳児の衝動で地団駄を踏む。
「え、じゃあ僕も殺されちゃうの?」
幼馴染くんもびっくりして叫ぶ。
何げに頭のよいこやつも何かを察していたのだろう。
「ルーディは王族だから平気! ここでダメなのは俺とこいつ!」
さすがに顔を引き攣らせた護衛を指さす。
「いい! 俺たちは何も見てないし聞いてないの! 小屋には何にもなかったの! 秘密基地はまた今度!」
秘密基地! と聞いて目を輝かせた幼馴染くんにやっぱり男の子は秘密基地が好きー!とエドアルドくんは確信する。今回はお預けだけど次は秘密基地作ろうな!
「そうだな、小屋には何もなかった。トルトにもそう言っておけ」
いつの間にか小屋から出てきたチート様がそう言った。
チート様がそう言うのだから、そう言うことなのだ。
エドアルドくんはうんうんと大きく頷いた。
顔を引き攣らせたまま護衛も頷いた。
幼馴染くんもニコニコで頷く。
大きなカエルはあくびをしていた。
灯り一つない森の中。どこからかフクロウの声が聞こえる。
月明かりさえ届かない暗がりにいい年おっさんが四人。
「そんな思い出の小屋がこちらになります」
「よく覚えてたねえ」
幼馴染くんが心底疲れた顔をして言う。
仕方ない。国境街まであと二、三日というところで爆走してきたチート様とエドアルドくんに捕獲されて蜻蛉帰りだ。しかも昼夜問わず馬を駆けさせての四日で戻った。人間のやることじゃない。完璧なタイミングで街道の脇に替え馬連れて待機していた人たちはなんだったんだ。駅伝方式ってなんだ、幼馴染くんには言いたいことがいっぱいあったが疲れ果てて何も言えなかった。
警戒網が敷かれてるはずの王都にも全く問題なく入れて、下町の倉庫のようなところに案内されれば中で忙しなく働いている人々がエドアルドくんを見て、ああ、また厄介なことするんだろうな、と諦め顔で見ていた。すっごく気持ちがわかる。
倉庫の奥には事務所と会議室、そしてなぜか風呂場と小さな暖炉のある仮眠室があった。平民の家では風呂はほとんどない。盥で髪を濯ぎ濡らした布で体を拭くのが主流なので犯人はエドアルドくんである。
ごちゃごちゃと物が置かれた仮眠室は子供の頃に作った秘密基地に似ていて、幼馴染くんはいい歳しても同じことしてるのか、あいつは、と呆れながら風呂を使ってベッドに倒れ込んだ。二時間で叩き起こされて着替えさせられた時にはこいつ殺してやろうかな? なんて元聖職者にあるまじき考えに支配されたが耐えた。大人になるってそういうこと。
そうして連れてこられたのが懐かしの小屋である。
ちなみに王宮警備はざるであった。基本的に王宮建物には厳しい警備体制が敷かれているが、敷地全土には及んでいない。広すぎるので。一応、巡回の兵士はいるし所々に詰め所もある。夜警もあるらしいけど、真っ暗でなんも見えんやろ。前世ヴェルサイユ宮殿なんて市民にも開放されていて宮殿内の備品盗まれ放題だったらしいのでそれよりかは警備できてるなとエドアルドくんは思ってる。まあ、幼馴染くんが即位したら要塞化してやりますけどね。
「そしてこちらは当時の護衛くんです」
ども、と頭を下げるおっさん。元護衛であった。
「またお会いできて光栄です」
幼馴染くんにそう言う元護衛の表情は暗くてよく見えなかったが、声には心からの親愛がこもっていた。
その声になんとなく覚えがあるようで幼馴染くんもニッコリである。
「今はトリトのおっさんのところで諜報部隊の隊長してるということで借りてきました」
おっさん呼ばわりしているがエドアルドくんの舅である。
チート様が戦場に飛ばされた同時期に王子宮の警護隊長から王国軍の連隊長に移動した。その時ルードルフ付きの警護もほぼ一緒に移動となった。王太后のちょっとした嫌がらせだ。そもそもトリト伯爵が統括系統の全く違う王宮警護から王国軍に移動したのも、誰も第一王子の上司になりたくないので部隊を新設して第一王子と付き合いのあったトリト伯爵に押し付けたからである。仕事内容も全く違う上に王宮警護という騎士にとっては花形の部署から平民兵士と泥臭い戦場を駆けずり回らなければならない最前線の部隊に飛ばされるとか貧乏くじ以外の何者でもない。本当に可哀想。
まあ、その新設の部隊が戦場で他のどの部隊よりも手柄を乱獲してトントン拍子で出世した上、現在では准将となって王国軍の兵站統括を担っているので人生は糾える縄の如し。余談だが、兵站統括の地位も手柄を立てさせないために戦場から引き離したいという王太后派の画策であったが、本人は前線に! 物資が! 送れる! ヒャッホー! とめちゃくちゃ喜んでいた。そう、チート様の部隊は物資が横領されて手弁当で国境を守っていたという過去がある。トリト伯爵は当時、物資集めに奔走した当事者の一人。そりゃ大喜びである。兵站の重要性を知らない王太后派の人事に感謝。
「ああ、結局、トリト伯爵は調査したんだ」
幼馴染くんが納得して頷く。
王族の秘密を知ったら殺されるんだぞ! と主張したエドアルドくんだったが、まあ時代が違った。護衛はちゃんと「自分は何も聞いてないし、見てないんですけど」と報告したし、チート様は警護隊長に詳細を確認されてちゃんと答えた。後日現場検証も一緒にやった。
「詳細を知ってるのはトリトと俺と前王陛下だけだろう」
チート様がどうでもよさげに腕を組んで現王は知らないだろうという。前王はちょっとことなかれ主義なところがあった。後回し癖とかもあったな、こう、身を小さくして耐えてればいつか嵐は去ると思ってるみたいな、と王子様たちは顔を顰めて思った。
「中はいくつか分岐しているが一番奥は奥宮の談話室だ。おそらくいざという時の王族の逃走用通路だ。通路側からしか開かない、閉めてしまえば王宮側からは追ってこれない」
「開けられないんじゃ逃げられないのでは?」
それはそう。
「扉の近くには休憩所のような空間があった。昔はそこに人が詰めていたんだろうな。何かあれば待機していた人間が扉を開けて王を逃す。ここに詰めていた森番がその役目を負っていたのかもしれん」
お庭番じゃん、とエドアルドくんが呟いたが、森番って言ってるだろ、とツッコミは入れなかった。幼馴染くんは大人なので。
「というわけで、俺たちが逃走する際に内側から扉を開ける役をしてくれる元護衛、現諜報部隊長です」
どもども、と軍人らしい体格のおっさんが恭しく床板を外していく。
「では、大墳墓の迷宮に参りましょうか」
くらい、底の見えない穴から冷たい風が吹き上がった。
地獄の底で女王が嘆く。
「死亡フラグ立てんなや」
エドアルドくんが元護衛の頭をぶん殴った。
王様とお話をするちょっと前のお話です。