🎼序章
やっと、やっと……!
(演じられるんだ。思いっきり歌えるんだ)
高揚に身体が震える。
いつもの緊張ではない、喜びに。
七音(ななね)は高揚する気持ちを落ち着かせるため、大きく息を吐いて、振り返る。
「じゃあ、いってくるね!」
みんなにそう告げて、「ああ、いってこい」という声を背に満面な笑顔を浮かべ舞台に立つ。
咲き誇る薔薇のような紅いレースを施した衣装は愛おしい人からのプレゼント。
そこからも勇気をまとい、愛に包まれながら。
しっかりと、自分を観にきた観客の視線を思いを受けとめて。
もう、私は逃げない。
七音は思いを込めて、聲を紡ぎ出す。
音楽の祝福を、願いを、想いを込めて。
金の聲を。
✴︎
――時は遡る。
「私、ミュージカル女優になりたい!」
金澤七音(かなざわななね)は初めて舞台を見て演者の熱気やストーリーに感動し、将来の夢が胸に芽生えた。
八歳のキラキラと輝く澄んだ大きな瞳に可愛らしい目鼻立ちをした少女である。
今日の観劇のために控えめに下の方で髪を結んでいる。
普段は大きなリボン飾りを施したツインテールを好んで付けているが、観劇ではマナー違反にあたるので控えめにしたのだ。
舞台のチケットが手に入ったので普段忙しい父が珍しく「一緒に観に行くか?」と誘ってくれたのも嬉しかった。
けれど何より演技の熱量に当てられて興奮とふわふわした感覚で父の手を握りながらの観劇帰り。
生演奏に負けない演者の演技と歌声に鬼気迫るストーリー展開。
全てが最高だった。
また観たい、ではなく舞台に出たい。面白そう。
その思いが先行して、ミュージカル女優の夢が生まれたのだ。
「ミュージカル女優? ナナならなれるかもしれないな。パパは応援するぞ」
「ほんと! そうだ、パパお歌を教えて! あの女の人の声がとても綺麗だったの! 一曲しか歌ってないけど、ずっと頭の中に響いてる……ナナもあのぐらいきれいに歌いたい!」
スポットライトに当たって黒いドレスに飾られた宝石がキラキラ光ってたのも幻想的だった。
きゃっきゃと父・金澤紘人(かなざわひろと)の指を掴みながらおねだりする。
「それはいいけど、パパは厳しいぞぉ?」
若い頃は有名なイタリアのオペラ舞台にたくさん立ち、また教師でもあったから、宣言通り厳しい歌の指導だったが、それでも楽しかったのは母と兄が歌の伴奏をピアノとヴァイオリンで奏でてくれた。
特訓というよりは家族団欒の時間だった。
その結果あって、歌はめちゃくちゃ上手くなった。
動画に載せたらバズったこともある。
けど、私は歌を極めたいわけじゃない、
ーー私は女優になりたいの!
時は、春。
金澤七音は15歳になり、横浜私立・星奏学院 ( せいそうがくいん)【普通科】に入学した。
✴︎
東京池袋にあるレトロな雰囲気が味わえる賑やかな喫茶店で金澤七音は幼馴染の光流 (みつる)と舞台の感想やたわいのない話を楽しんでいた。
「ナナちゃん、今日は誘ってくれてありがとう。僕、2.5次元舞台は初めて見たけど殺陣がすごくて舞台装置がぐるぐる回ってすごかった……曲も最高だった…まだ耳に残ってる」
吉羅光流は、ほぅ…と思い出したのか熱いため息をついた。
光流は幼馴染で、同い年だ。
小柄で背格好は少し七音より背が高い。
まだ少年の域を出てはいないが、青年との境の曖昧の色気さがあり、凛とした涼しさも持つ。艶にある黒髪に榛の瞳と麻の肌が特徴的だ。品の良い格好がよく似合う。
「今回の舞台良かったから、円盤出るなら買おうかな」
「ふふ、誘ってよかった。気に入ってくれて。あの舞台一緒に生で観たかったの。今回は推しの俳優さんは出てないけれど、劇作家さんが推しなの」
「うん、僕もあの演出や脚本好み…! すごい人だね。ナナちゃんのことだから円盤持ってるでしょ?」
あ、わかる?と笑って、後で貸してあげるね!と約束しながら、
「でも光流くんだって観劇好きじゃない? 2.5はともかく、ほとんどチケット取ってくれるのは光流くんだし……むしろ私より観に行ってない?」
「うん。だって父がチケットをいただいてくるから……空席にするのもったいないし……できるならこうして、ナナちゃんと観たいし」
「いつもありがとうね。なんかデートみたいで楽しいよ」
その言葉を聞いて嬉しそうな悲しそうな曖昧な顔を見て七音は首を傾げた。
「ん? どうしたの? なんか複雑な顔してるけど」
「僕はそのデートのつもりなんだけど……いや、その……、あっ、そうそう! 最近、僕は『戯曲』を書いてるんだ」
「そうなの? 前にショート読ませてもらったけどめっちゃ良かったし、今度、私を主役の戯曲を作ってくれる?」
「そのつもりで今書いてるんだ。楽しみにしててね。……ところでナナちゃんの近況はどう? 演劇の部員集まってる?」
「はー…、なかなか集まらないの…演劇よりオーケストラ部にはいる人が多いから」
七音は星奏学院高等部に入学して演劇部に入ろうとしたけれど、演劇部が『廃部』になっていた。
七音が入学する直前に人数不足にため解散となり顧問の先生も結婚していなくなったらしい。
なら再び自分が立ち上げようと奮起して、人を集めている最中だった。
だが、現在、友達二人と名前だけ入れてくれた音楽科の子の四人だけだ。
今はなにもできない状況だ。
「部員をなんとか集めたい…あと演奏者も。私が目指す演劇は生演奏との融合なの」
「……それってオペラじゃないの?」
「じゃないの! オペラよりは気軽に、創作で誰でも音楽もお芝居も楽しめるものがいいの! だからミュージカル!」
七音はもともと舞台女優志望なのだから芸能学校へ行けば早道なのに、音楽科がある星奏学院に入学した大きな理由はそれだった。
「学院に演劇部を新生演劇部を作りたいの。もったいなくない? 演奏レベルの高い生徒がたくさんいるんだよ。その生演奏の舞台を作って、さすが星奏学院の演劇もすごいね!って世間を驚かせたいのっ!」
「父の学校で、青春をしたいんだね、ナナちゃんは……、やっぱり僕も星奏に入りたかったなあ」
吉羅光流は寂しげに微笑む。
彼は星奏学院の創立者の直系でヴァイオリン奏者で、ヴァイオリン演奏者の巨匠・王崎の愛弟子でもある。
けれど彼は星奏学院の生徒ではなかった。
父である吉羅理事長が入学を許可しなかったのだ。
暗譜もでき、一度音を聴いたら正確に弾きこなせるヴァイオリンの才能がもったいないし、何より中学まで一緒の幼馴染の彼がそばにいないのが正直寂しい。
「僕はヴァイオリンも好きだけど、物語を書くことも好きだし、君とこうして一緒に演劇について語るのが好き。色々な好きがあるから大丈夫だって父には言ったんだけどね、ファータに関わることを許してはいないんだ」
「ファータねぇ。不思議よね。私たち『音楽の妖精』が見れちゃうんだもん」
「そうだね。でも僕は楽しいよ。僕とナナちゃんが観れるって秘密があってとても嬉しいんだ。二人だけの秘密みたいで。あ、でもアキもみられるなら三人の秘密か」
(なんで…そんな笑顔なの、ずるい)
七音はとろけるような光流の笑顔を見て顔を赤くした。
その笑顔、自分にしか見せないって、最近知ったから。
たまたま光流の高校にお邪魔する機会があって、それを彼に黙ってそっと様子を見に行ったら、無表情で人には冷淡に接していた。
(別人? 顔がにてる人かな?)
と混乱してると、七音に気づいて、綻ぶような満面な笑顔を向けて手を振ってくれた。
周りの生徒がそのギャップにドン引きするぐらいに。
「あんな笑顔初めて見たわ」
「あんなふうに笑う子だったのね」
「無愛想でキツめな子だと思ったら、本当に別人じゃない」
と周りがヒソヒソし始めて、次第、注目が自分に向けられて、私は逃げるようにその場を去った。
――生徒会にはいってるらしいけど、あっちの学校は楽しくやってるのだろうか?
――友達はいるんだろうか?
――寂しくないんだろうか?
「ナナちゃん?」
「あ、なんでもない。ぜひ私を輝かせる戯曲を書いてね! 出来あがったら絶対に私に見せてね! 約束よ!」
「もちろんだよ。……そういえば最近、Vtuberやってないね…どうしたの?」
「うっ…」
「僕、ナナちゃんのVtuber好きなんだけど、あ、そうそうあの曲すごいよ。もうすぐで1000万再生数だね、500万もいくショートもあったけど……」
「うう…、」
「ナナちゃん?」
「……身バレしそうで更新してない。コメントでね、生声聞きたいって声が多いんだけどさ、あれはさ、遊びと役作りの練習もかねてたし、基本性格ナヨナヨした役作りで、それにこっそりやってたつもりなのに、どこでどうバズるかわからなかった…」
「いや……、そりゃあんだけの声量と表現力お化けの歌声を浴びればみんなファンになるよ…。色々盛りすぎなキャラに、あの歌声は反則だって」
「いや…その、そう、なんだけど」
七音の歯切れが悪い。
人外キャラ…と言っても『7の字』に周りに音符が七個回ってる。
それが時計周りに回転してて、頭には黒いハットに首には蝶ネクタイ。
手にはストライプステッキ。
どこかでいそうでいないなんともふざけたキャラで『セブントーン』という。
ちなみに自分の名前をもじったものだ。
七つの人格と七つの歌声設定ということにして7色の歌声で色々な歌をショートであげていたら、すごいということになってバズり、TVにも取り上げられてしまって、取材のメールも来てるが、遊びで個人でやってるものなので事務所に入ってないから無視をし続けている。
「いや、7(ナナ)だけに謎のままでいたいんです……。家族や光流くんしか知らないから私の正体…」
「身バレは確かに怖いよね…でもさ、三ヶ月も更新止まってて心配のコメントもあるからさ、僕もセブンストーンさんで聴きたい曲があるし…」
「う? うーんじゃあ、なに? 一曲ショートであげてみるから……『リクエストちょうだい?』」
語尾を濁ったセブントーンの声に変えて尋ねると、光流はニコッと嬉しげに笑うと。
「オペラ曲を一つ…『乾杯の歌』を」
⭐︎
「お、『乾杯の歌』を歌うのか?」
「パパ! お帰りなさい!」
「おう、ただいま。でだ、なんだ、うまく歌えてないみたいだな?」
「いや、セブントーンの歌だけってのも驚きが足りないかなって」
パソコンのデリートキーをカチカチ押しながら答える。
「ふーん、じゃあママと慧のヴァイオリン伴奏でパパとデュエットってのはどうだ?」
「え!」
「たまには音楽で家族の絆を確かめたいって思ってな」
ぽんぽんと大好きな大きな手が七音の頭を撫でる。
「セブントーンは一人じゃないんだろう? たまにはいいんじゃないか? 何人もが出てきても」
「そうだね! ありがとうパパ!」
実はそのキャラ設定を手伝ってくれたのは父である。
「じゃあ、軽く合わせて撮ってみるか」
夕食後、セブントーンの新曲を話題にし、家族で演奏をしないかという提案に、
「いいわね! 家族で『乾杯の歌』!」
「面白そうじゃん」
金澤家の自慢はみんな家族愛が強くノリがいい。
母・香穂子(かほこ)はヴァイオリン奏者。
普段はジュニアヴァイオリン教室を開いているが、定期的にやってるリサイタルを開くと席があっという間に埋まるほど母のヴァイオリンは愛されている。
けれど、そう忙しくしていてもちゃんと家族のため家事全般こなして、美味しい料理も作ってくれる。
兄・慧(あきら)は星奏学院音楽科3年。
精悍な顔立ちで見目が整い、自身に満ちた勝ち気な瞳が印象的な十七歳だ。
現在『イケメンヴァイオリン奏者』として、中学からとある事務所に入りTVメディアに出演をしていて、クラシックから最新曲まで弾きこなし、生番組やバンドの演奏も引き受けたりしている。
とても面倒見がよいリーダータイプ。
そしてもともと頭もいいから常に成績トップクラスで、気さくなこところもあって、学院ではファンクラブができている。
父曰く、まるっきり若い頃の自分の生き写し。
そういうと、まだ反抗期が残ってる慧はちょっとやな顔するけれど「親子だからな!」で返事を返すことを覚えていた。
父・金澤紘人は喉を痛めて、一時期オペラ歌手を引退したが、喉の手術が成功しリハビリを経て、復活ししばらく国内外で活躍していた。
現在50代後半になり、歌唱の仕事を減らし後進の指導にあたって、いろいろ忙しく飛び回ってる。
だから家族との団欒と食後のセッションは大切なひとときだ。
♬♬♬ 特別演奏をアップしたよ♬♬♬♬♬
数日後セブントーンのショートが久しぶり上がり、普段一人で歌っているのになんとテノール歌手とで二奏のバイオリン伴奏付きでファンを驚かせた。
⭐︎またしばらく更新はナイヨ。ゴメンね、よろしくお願いします⭐︎
🎼♫♪♬ ♫♪……
学園内にベルが鳴り響いた。
涼やかでいてどこか威厳がある重たい音色。
そのベルが鳴るということは星奏学院の伝統行事・学内音楽コンクールが開催されるという報せだった。
校内はざわめき、関係者は忙しく動き出す。
参加者の発表は明日だが、一番に知ることができるのは星奏学院の理事長・吉羅[[rb:暁彦 > あきひこ]]だった。
コンクール参加者を決めるのはこの学院の創立者と契約した音楽の妖精・リリだ。
リリが魔法で出した参加者名簿を吉羅暁彦は受け取った。
【学院内音楽コンクール参加者】
一年生
ピアノ・浜井優里 (はまい ゆうり)
チェロ・高市優吾 (たかいち ゆうご)
オペラ・金澤七音(かなざわ ななね)
二年生
トランペット・高石あかり(たかいし あかり)
ヴァイオリン・加地可阿(かじ ありあ)
三年生
ヴァイオリン・金澤 慧(かなざわ あきら)
フルート・一野瀬 高嶺(いちのせ たかね)
以上7名
「……ほう、今回は金澤さんのお子さん二人が選出されるのか」
吉羅はリリの興奮した表情を見て、彼も関心のため息をつく。
「本当なら光流も選びたかったが、お前がわざと他校に進学させるから無理だったのだ!」
「ならよかった。選ばせなくて」
「ぐぬぬ…お前はどうしても光流を音楽に関わらせたくないのだな!」
「そうではないよ。音楽をやめさせたわけじゃないし。ただあいつは姉ににているだろう。夢中になりすぎて二の舞にはさせたくないだけだ…」
キッパリと告げるとリリは悲しげに顔を曇らせたが、振り払うかのように首を振るとまた明るい表情で話題を戻す。
「今回は普通科からの参加者が2名で、一人は我輩が推薦するヴァイオリンの加地可阿と金澤七音なのだ!」
「また日野くんと同じことを……ん、加地? まさか、あの加地くんの例の子女か?」
「怪訝な顔をするな吉羅! ヴァイオリンロマンもだいぶ薄れてしまったからな、もう一度奇跡を起こしたいだけだ。あとは金澤七音は歌…オペラで参加だ! 金澤紘人の再来だ!」
「アルジェント…」
「そう、睨むな、これは決定事項なのだ!」
「そういえば七音くんも普通科なのだな音楽科だと思っていたが」
「金澤七音曰く、将来は音楽関連ではなく、女優になりたいらしく、演劇部復興したいし、舞台のオーディションがあるから、とか言ってたのだ。技術練習のない普通科の方がいいとも…まあ金澤紘人という専門教師がいるからな」
「……そこにコンクールをねじ込むアルジェントか、鬼だな」
「う、うるさいのだ! でもこれは彼女のチャンスでもあるんだぞ! 演劇部の復興という宣伝効果があるから」
「……そうだな。良い成績を収めたなら講堂で演劇主催してもいい」
「お、それ金澤七音に伝えてもいいか? とても喜ぶと思うのだ」
「ああ、いいとも」
(……演劇、いいかもしれない)
世間では、生演奏や観劇が流行りつつある。
AI技術が進化して嘘か本当かわからない映像が出回る昨今、自ら足を運んでリアルを求める傾向がある。
そのため劇場が足りない。
演劇に限ったものじゃない、演奏もだ。
週末に講堂を貸し出してるが横浜駅から少々遠いので大きな劇団が利用するには無理があるのだが、近隣の高校や劇団が演劇で使う分には調整できなくはない。
本格的なオペラは無理だが、ミュージカルや舞台を上演するならうってつけの講堂だろうし、客席も悪くない。
「何より新たな収入源になるかもしれない」
「ムム…っ、経営者の顔なのだ」
⭐︎
放課後、金澤兄妹はリリにコンクール参加者に選ばれたことを知らされた。
「私がコンクール参加者⁈ お兄ちゃんはともかく、リリは何を考えてんの…! 私一応普通科だよ!」
「べ、別に悪いことばかりじゃないぞ! 吉羅暁彦が参加して好成績をとったら、演劇のために講堂を使わせてやるって言ってたのだ」
「え! 本当⁉︎ 」
「本当なのだ! 言質はとってあるのだ♪」
「そっか、…じゃあ、このコンクールを演劇部復興の宣伝に使っていいってことね!」
拡大解釈して「ふふふっ」と笑う七音の横で慧は真剣な声色で告げる。
「……七音、俺は優勝をねらう」
「お! 金澤慧はとてもやる気だな!」
「父さんは過去オペラで学内音楽コンクール入賞したんだろ?」
「そうなのだ、素晴らしい歌声だったのだ! 今でも鮮明に思い出すぞ! 全ての生徒をその歌声で魅了した。もちろん日野香穂子の演奏もだ! 初心者ながら惹かれずにはいられない音色だったのだ! そこから伝説は始まってだな……」
「俺は過去の父さんにも勝ちたいし、母さんのリベンジも果たしたい」
「どういうこと? お兄ちゃん」
「俺は一度世界にでたいんだ。ウィーンにいつか留学してみたいと……月森蓮先生に師事したいと思ってる。彼も学内音楽コンクールに出て優勝したんだろう? それも含めて俺は『優勝』を目指してみたい」
慧は不敵に笑った。
『金澤慧』といえば、誰もが知ってる高校生天才ヴァイオリンニストなのに、さらに研鑽をつんでさらに上を目指したいという。
「もちろんメディアの仕事も『音楽を職業として食っていく』にはとても必要で、もっと名前をたくさん売っていきたいとは思ってはいるけれど。……実際俺の腕だなんて、まだまだだし。だからこそヴァイオリンの腕を磨くためにウィーンにいきたい。その前に腕試しでコンクール優勝だ」
「ふふふ、その不遜さは本当、金澤紘人そっくりなのだ! 向上心は日野香穂子似か?」
「……親子だからな!」
「なら私も負けない。出るからには私の声を学院に響かせてあげる!」
七音もリリに宣言する。
何より、歌唱……【オペラ】で参加ってコンクールでは初めての試みらしい。
やってみる価値ありだ。
「ありがとうなのだ! ほんと二人の子供なのだー! なんだか切なくて嬉しいのだ!」
涙ぐみながら二人の参加に感謝するリリだった。
毎度ながら、他の参加者は乗る気ではないし、リリの姿を見れば逃げ出すは、呆然とするわ、見なかったことにして無視するわで、さまざまなのだが、こんなに快諾してくれるとめちゃくちゃ嬉しかった。
✴︎
慧は先に帰って二人一緒に音楽コンクールに選ばれた事を報告すると香穂子は驚いた。
「まあ! すごいじゃない! 頑張ってね! お母さんも応援するわ! あ、お父さん……紘人さんにも報告しなくちゃ!」
報告を聞いて香穂子はとても喜んだ。
けれど慧は少し心配していた。
「俺はともかくナナは大丈夫かな。音楽科の歌やってるやつらから揶揄われたら、かわいそうだ」
「そうね。でもあの子、案外気が強いから負けないと思うけど…もし…なにかあったら慧が守ってあげてね」
「うん、了解。……あのさ、母さんの時のコンクールはどんな感じだった?」
「どんな感じって……ふふふ…♡」
「あ、惚気話のスイッチ押してしまった…」
しまったと前髪をぐしゃりと掴んでため息をつく。
母は高校の時、リリによって突然、普通科からコンクール参加者に選ばれた。
魔法のヴァイオリンをリリからもらって、前向きな性格もあいまって参加したが、上手くなるほどそのリリのヴァイオリンは壊れ、最終セレクションは本当の自分の音で挑んだ。
結果はどうであれ…母にとって大きく人生を変える出来事で、音楽家への第一歩だった。
何度も聞いた御伽話のような本当の話。
「もし、あのコンクールに参加しなかったら今の人生はなかったわ。……クラシックには高校二年までぜんぜん触れてこなかったし、ヴァイオリン触ったことなかったし、金澤先生…紘人さんと出会はなかったもの……」
はぁあ、と過去に想いを馳せて当時の十七歳に戻ってる。
「あのさ、ずっと思ってたんだけど、父さんロリコンだったの? 十六歳ちがいじゃん」
「は? ロリコンじゃないわ、高校在学中は生徒と先生の関係は保ったままだし、キスだって高校卒業後だし! やっと大学に入って…」
「あー、はいはいごちそうさま。でもさ。母さんの代すごいじゃん。参加者のほとんど大物じゃない、月森蓮や土浦梁太郎や志水桂一…政界にも知り合い多いし。参加者との恋愛じゃなくて先生てところが母さんぽい」
「だって好きになっちゃったんだもん……」
乙女のように頬を染めてごちる。
「あ、でもコンクール参加者との絆は全然きれないのよ? 慧もナナも今回のコンクールで実り多いものになると思うわ。……音楽の祝福を」