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私が天才を羨む理由

私は天才が羨ましいです。それは私よりも優れた成果や作品を生み出せるからではなく、いやそのあたりもぶっちゃけ羨ましいですけど。それ以上に強烈に憧れるのは、自分のインプットに苦しまず、狂うことなく、とにかく生きているだけで処理できるというその先天的な楽さに憧れるからです。

私はとにかく自分の人生前半を思っ切りフルスイングで感受性の強さに振り回されてきました。しかし一般よりも強い程度のこの感受性を、自身の持って生まれた処理能力では処理し切れないがゆえに、自分なりに思考力を鍛えたり文章でアウトプットしたり、頭の中でずっと処理し続けるなど補助をしなければならなかったからです。

補助さえすればコントロールできるとはいえ、一時的に強いインプットが入ったときはやはり悩みとして滞留してしまうため、そのときはしばらく身動きがとれなくなります。そのときの自分が私は本当に嫌いで、それは小学校の頃の精神疾患的な症状を思い起こすから、その嫌悪は子供の頃の恐怖体験が蘇っているのだと思います。

そのとき、私は天才をとにかく憎み、嫉妬します。なぜならこのような状態に陥る必要が、おそらくですがないからです。だから私は天才に憧れます。こんな悩み方をしないでいい、上位の知能を持った人々の楽さに憧れ、羨み、憎み、妬みます。

なので私が自分以上の知能の人々に嫉妬を抱くのは、偉大な発見や時代を超える逸品とかそんなんじゃありません。私は自分さえコントロールできればそれでいいので、社会的な名声だの地位だの有名になるだの評価されるだのはまっっっっっっっっっっったく興味がないからです。それで俺の脳みそがコントロールできるんだったらぜんぜん評価されたいですけど、そんなもんで楽になるんだったら苦労しねえよって話なんで。

なので社会的な評価やらは興味がない、というか自分を満たす理由にならないので、承認欲求などもかなり薄い方なのはこの脳みその性質と子供の頃の体験がモロに直結しているでしょう。だから別に私よりも優れた成果を出せるなんて理由で天才に憧れてはいません。私の苦しんだことで苦しまないその優れた脳みそに嫉妬をします。

どんだけ苦しんだと思ってんだよっていうのと、どんだけこんなくだらねえことで苦しまなきゃならねえんだよってのが人生で起こるんですが、それがない人生がマジで羨ましい。今でこそ自分のコントロールの仕方がどんどんわかってきて、より強化する方法も見えてきたのでより勉強してよりトレーニングすればいいだけだとわかっているから、前ほど天才への憧れはなくなってきましたが、それでも悩んだ時は強烈に羨みますね自分以上の知能の人々に。

一応、天才の人々も晩年には精神疾患になりやすいというデータがあるようで、それは心身の体力が豊富だった頃から徐々に老化によって弱まり、処理能力が落ちることで自身のインプットを処理できなくなることなんじゃないかって私なりの予測がありますが、しかしそれでも私レベルのインプットであれば晩年でも処理できるでしょうし、いかに彼ら彼女らが常に巨大なインプットを超性能の処理力によって処理し、それをアウトプットに変換して成果にしていたのかが見て取れます。

私は自分の能力がどの程度かをある程度把握しているので、世間的な人々からは優れた知能を持っていると判断されやすいですが、私はいま挙げた天災の人々の知能を持っていないことを自覚しているため、いわば中途半端な知能を持っていると知っています。

なので社会という場では評価されるレベルにはありますが、さっき言ったように社会で評価されても私にとってはあまり意味がないため、偉そうな言い方にはなりますがそりゃそうだろぐらいにしか思えません。それよりも、とにかく自分が狂わないようにいまだに常に必死なところがあるので、そうなるとやっぱり見えてくるのは常に自分以上の知能の人たちになります。いいよなあと。

で、羨ましく思ってるだけじゃ仕方ないんで、とにかくテメエを活かすために行動してりゃ狂わねえんだからというシンプルな答えに行き着いたので、メンタルが安定している、つまりインプットを処理できてる状態であればいくらでも勉強して練習して成果につなげてやるわと前向きでいられるんですけどね。

なのでいわばこの正常な状態であれば成果を出すことはわりと簡単にできるので、今掲げている半年で数字を出すってのも、環境設定さえできていれば普通に達成できることが偉そうな話わかるんで、もうとにかく私にとっては狂わないことただそれだけが課題です。

この狂うだのなんだの大袈裟に言ってることは、世間的にはそれ自体が才能と見なされることもあるようですが、というのもそもそも気づいたり感じることができないからそれに憧れるという人たちもいるのを知っているので、じゃあ体験してみろよ多分死ぬからという感じなのですが、けど多分私が天才に憧れるのと似たような、本人が経験していない成果の部分なりポジティブな面しか見えねえからそう言えるんでしょう。

なので私は天才に憧れているのも、天才のポジティブな部分しか見ていないから憧れるのであり、天才は天才なりの苦悩があるのでしょうが、それがわからないことが私が天才ではない証拠であり、一般の人たちを見た時のなんとなく足りない感じを自分に見る部分でもあります。

まあいろいろ言ってるんですけど、要するにこの脳の特性を活かすことができるラインにいることは幸福だったんでしょう。インプットが強くて処理能力がマジで低い場合、本当に精神病になってしまうようですからね。そこまで低い処理能力じゃなかったから私はそれをなんとか活かして成果や結果につなげられるようになったので、不幸中の幸いなんでしょう。

自分で言いますが、活かすことができれば才能になるのは経験上知っているので。自分で才能って言うの痛いっすけどまあ苦しんだ分があるから言いますわ。そのぐらいの恩恵はマジで全力で手に入れます。なので今後もなんとかこれをマイナスではなく才能として活かし続けていくてのが私の課題です。

とはいえやっぱ天才レベルじゃないのは知ってるし、かといって天才に憧れてるだけじゃ自分を活かすことは100パーできないし、むしろ天才から学んで自分を活かそうって考え方がいいですわ。学び取れるとこはごく一部でしょうが、自分をコントロールするヒントはやっぱ自分以上の人が持っていること多いんで、嫉妬する暇あったら素直に自分よりも上の人たちを認めて学びます。

なぜならその状態こそが狂わないための方法ですからね。マジでガキの頃のようにバグりさえしなけりゃんっっっっっっと楽しいだけなんで、いかにそうなるためになにが必要かってのだけ考えて生きます。そのためならマジでなんだってやれるわ。

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