読んでくれている皆様、ありがとうございます!
さて、以前も同じアニメの放送開始時に話題になったためこうして筆を執った気がします。その時は、なろう系のくくりだったのですが……まあ、対象作品は同じですね。
この話、以前もしている部分は割愛させていただきます。というとさすがにあれなので。
以前は何をもってキモイと思うかは主観だよねって話をしました。
今回は、キモイと言っている人たちのロジックを見たいなと思いまして。
例えば、ハーレムだったり奴隷だったりというのは今や定番になったもので、これに対して自分も若いころは嫌悪感を持ってたなと思ったんです。
じゃあ、今と昔は何が違うのか、という話なんですが、これは割と単純で。
自分の軸があるかどうか。これにつきます。
要するに、私はこの作品のここがこういうつくりをしているから好きで、ここが自分の中のこうした感情から嫌いであるが、作品固有の魅力という点において……と言えるんです。
で、よく見かけるのは、一夫多妻なんてキモイ。女を都合よく見やがってキモイ。性的視線がキモイ。……要するに、外部評価をもってきて自分の感情を補強しているんです。
そこには、自分はなぜそれに嫌悪感を抱いたのかという追求が欠けています。
フルHDと256 × 240ドットくらいの差があるのでは? というくらいに思います。
たぶん、皆さんとてつもなく優等生なんですよね。
学校や会社における優等生において、重要視されるのは社会性です。
社会性の定義を私は多数派の共通認識としています。
でも、社会性って変わってきているんですよ。
そして今はその変化が急速です。
にもかかわらずと言うべきか、ゆえにと言うべきか、その狭間でのもめ事が絶えないように思います。
まあ、言っちゃあ悪いですが、今は多様性=社会性としたがっている風潮があるんです。いや、無理だろ。という話です。
多数派の理論で少数派を押しつぶしてきた正義を多様性に適応できるわけないんですよね。
現実の社会性と、道徳的に求められる社会性が違うんですよ。
ちょっと前に書いた随筆でrightと権利は違うと言いましたが、そういうことです。
私はエロを積極的に書きますが、そうすると男性向けと言われます。
言っときますが、男女どちらかに向けて書いてはいません。
エロい女。エロを好む女。エロコンテンツを好む女。
これらは、男性の欲望を充足するものであるという根本的発想から嫌悪が出てきているとしたら、それによって自身の欲を恥や隠さなければならないものと思う女性がいることを理解できてない証拠です。
ゆえに私はそういう女の子を出すんです。
きもいですか? そうですか。