自己表現と承認欲求の差別化=転換による発散と同価値を編み出すって考え方を私はしていて、それが達成されると、結果的にアイデンティティの確立の達成にもなるし、自己認識の拡大にもつながるんじゃないかなって考えてます。
俯瞰して考えた時、行う私、将又私は行う、どちらがどちらなのか、その判別が自分の中で完結できるタイミングが、それなのでしょう。
私は、その判別がついてもなお、承認欲求とアイデンティティを行き来します。実際自分の芸を認めてもらいたいのは大きいです。しかし書いている時が楽しいのも事実です。
不思議ですね、この半透明な境界線をはっきりさせたいものです。