文字書き界隈にいると忘れがちだけれど、この世の大半の人間は強制されもせずに小説を書かない。ましてや長編を完結まで書き上げるような人間は非常に希で変わり者だ。
思い返せば私は昔から少数派に属していたように思う。
小中の部活は剣道で、同学年の同性の部員はついぞ最後までいなかった。
高校は化学部でこちらも同様。
まして、たった二人の部員数で日本学生科学賞の入選一等以上を獲った化学部など長い歴史を見ても数えるほどしかいないのではないだろうか?
そして、小説を書くという少数派になり、その中でさらに少数派の新人賞をいただいく側となった。
そんな私は現在、児童館の館長になっている。
どうやら日本に児童館は令和5年のデータでは官民併せて4259箇所しかないようなので、児童館館長という肩書きを持っている人物も同数だろう。
これは小説家の数よりももっと少数派になる。
本日はボランティアで参加している地域食堂の方々との食事会があり、そこでボランティアのお姉様方と非常に楽しいひとときを過ごした。
私が参加している地域食堂で男性は私一人で、三十代も私一人になる。
地域食堂のボランティアというのがすでに人口比では少数派だが、そこでも少数派だなぁとふと思った次第だ。
さて、ここまで少数派という括りで話を続けてきたけれどそれは別段テーマではない。
これを書くに至ったのは詰まるところ人生とは思いもよらないことがあるのだと、そしてそれこそが面白いのだと感じたからだ。
部活でひたすらしごかれていた中学生の私は数年後化学部の部長として東大の名誉教授の質問に返答しているとは予想もしていなかった。
高校で化学に夢中だった私は大学で留年してだらだらと小説を書いているなど考えもしていなかった。
大学を自堕落に過ごしていた私にはよもや小説家になるなど絵に描いた餅でしかない未来だった。
新人賞の授賞式の会場に居た私は児童館で働くことになるなど僅かにでも想定していなかった。
児童館で働き始めた時の私は数年後、ボランティアで知り合った方々と大いに笑い合う時間を過ごすなど頭の片隅にもなかった。
得てしてこういう人生を選んだわけでもないが割合人生とはそういうもので、だから楽しいのだと思う。
あの頃、人生というものがわかった気になってつまらない絶望をしていた自分へ贈る。
君の人生は結構よくわからないし楽しいよ。