「はいっ、エプロン姿の神谷さん、いただきましたー!」
日曜の午後、某所のレンタルキッチンスタジオ。
篠田葵は、自前のスマホを片手にウキウキしていた。
その視線の先には、ぎこちなくエプロンを直している神谷蓮の姿。
「……なんで俺がこんなところにいるんだ?」
「“付き合ってください”ってお願いしたじゃないですか。料理教室が借りられるみたいなんで、一緒に作りましょうよ!って言いませんでした?」
「いや”めちゃくちゃ難しい問題があって、、、相談させてください”って言ってたから来たんだぞ」
「あと“付き合う”って単語、誤解を招くからやめろ」
「じゃあ“巻き込まれてください”で!」
「もっと悪い」
神谷はため息をひとつついて、目の前のレシピに視線を移した。
本日のメニューは「肉じゃがと味噌汁の基本セット」。
「包丁なんて握るの何年ぶりだ……」
「大丈夫です。だって、料理って“手順とロジック”の塊ですから」
「お前が言うとシステム開発系の話にしか聞こえん」
「その通りです! だから、失敗しません!」
満面の笑みで篠田はにんじんをトントンと切り始める。
その手際の良さに、神谷は思わず目を細めた。
「意外だな。手際、いいんだな」
「えへへ、実は料理好きなんです。リリース前のバグ対応より、こっちの“完成形”の方が安心感ありますし」
「なんだその基準」
神谷も仕方なさそうに包丁を構え、じゃがいもに取りかかる。
しかし──
「……あっ、神谷さん、そこは皮むいてからです!」
「……っ」
「しかも逆手っぽい……ああ、指っ!」
「ちょっと静かにしろ」
「もう、しょうがないなぁ……ここは相棒・篠田の出番ですねっ」
そう言って彼女は神谷の手元にそっと手を伸ばし、
じゃがいもの正しい持ち方と包丁の当て方を見せながら、言った。
「ね、思ったより難しいでしょ。でも、ちゃんと順番守れば……」
「ちゃんと形になるってことか」
「はい! システムと一緒ですよ?」
「……そう言われると、システム担当の俺が料理苦手なのが余計に納得いかないな」
「ふふ、それは経験値の問題です。今日でレベル1からスタートですからね!」
神谷は軽く鼻を鳴らしながら、それでも再びじゃがいもに手を伸ばす。
いつものように無口なまま、でも、その動きは確かに少しだけスムーズになっていた。
料理が完成するころには、湯気の立つ味噌汁の香りと、甘辛く煮えた肉じゃがの湯気に包まれて、
二人の間には、さっきより柔らかい空気が流れていた。
「……ほら、食べろ」
「わっ、神谷さんがよそってくれた……!」
「……今だけだ」
「はいっ、“神谷さん印の肉じゃが”いただきますっ!」
満面の笑顔で箸を伸ばす篠田に、神谷はそっと視線を落としながら、
手元の味噌汁を静かにすくった。
「……まぁ、悪くないな」
【あとがき】
恒例の作者の趣味コーナーになってしまいました。笑
今回は料理に挑戦する神谷さん!実は最初、神谷は料理もすごく得意という設定にしてました。でも、あんまり完璧すぎるのはよくないなぁって思って、料理が下手なりに練習する様をイメージして書きました。
今回はデフォルメされたミニキャラバージョンにしてみました!
