先ほど小説を投稿しましたが、投稿してから読み返してみて「何か違うな」となって非公開に戻させていただきました。
しかし、疑問に思うのです。
何故下書きで読み返しているときは自信に満ち溢れた何一つ問題のない満足のいく内容に思えるのに、投稿してから粗やミスに気付くのか。
私にはこの疑問を解決できる、一つの推論があります。
それは「下書きとは祠である」という説です。
祠に祀られた小説は、その神秘的な土着宗教パワーの加護を得て、清らかなものに見えます。
しかし投稿という祠を破壊する行為は、その神秘のヴェールを剥がして醜悪な中身を世に放つことと言い換えることもできるわけです。
宗教的儀式によってゆがんだ色眼鏡を付けている間は良く見える小説も、壊してしまえば真実が見える。ならば投稿を二回行うことによって、小説は次のステージに至ると我々は確信しています。
お前、あの祠を壊したんか? よくやった! それは小説の守り神じゃない。燃やして正解だった。