明日から、『戦争の成れの果て――決着はSTREET FIGHTERで』という、少々ふざけた題名の未来小説を連載します。
けれど、この物語を書くにあたって考えていたことは、あまり笑える話ではありません。
戦争は、本当に国家や国民を守るためだけに始まり、続けられるものなのでしょうか?
昨今の世界を見ていると、戦争や紛争が国内政治とあまりにも深く結びついているように思えることがあります。
指導者の威信。
政権の存続。
支持層への配慮。
軍需産業。
そこで働く人々の雇用。
国家の面子。
もちろん、戦争の原因を一人の指導者の私欲だけで説明することはできません。安全保障上の恐怖もあれば、歴史的な対立もあり、相手への不信もあるでしょう。
しかし、一度戦争が始まると、そこには戦争を続けることで利益を得る人、戦争が終わることで困る人、戦争を止めれば政治的責任を問われる人が生まれていきます。
そして、やがて不思議な逆転が起きる。
戦争をするために制度があるのではなく、制度を維持するために戦争が必要になる。
そこまで行けば、もはや誰かが「戦争をしたい」と願わなくても、戦争へ向かう仕組みそのものが動き続けるのではないか。
戦争が終わったあと、人はしばしばその惨禍を振り返り、「なぜこんなことになったのだろうか」と問い直します。
けれど、その問いを発する頃には、失われたものは戻ってきません。
では、人類はこの繰り返しから抜け出せるのか。
AIが人間よりはるかに合理的な判断をする時代になれば、戦争はなくなるのか?
それとも、人間は別の理由を見つけて、また戦争の準備を始めるのか?
そんな疑問から、この物語を書きました。
物語の始まりは、2116年。
AI同士が完璧すぎて、7年もたっても決着しない戦争です。
そして人類が思いついた解決策は――
「だったら、いっそゲームで決めた方が早いんじゃないか」
というものでした。
かなり馬鹿馬鹿しい話です。
ただ、最後まで読んでいただくと、笑ってよいのかどうか、少し分からなくなるかもしれません。
明日から8日間、毎日更新します。