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読書メモ㉛

『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』嵯峨景子(図書出版 彩流社)

1966~2016年までの50年にわたる少女小説の歴史をコバルト文庫だけではなく各社レーベルの動向と共に辿る少女小説史。

『学校読書調査』や『出版指標年報』などを丹念に参照しながらその時代その時代の女子中高生の嗜好を考察しつつブームの流れと移り変わりを捉えていきます。

80年代少女小説ブームから黄金期を迎える90年代前半。この時期まさに私は少女小説のヘビーな読者でした。著者さんと年代が同じで、『銀の海 金の大地』終了と同時にコバルトから離れたという経緯も同じで、私はそれ以降の少女小説を知っているようで知らない。

そんな過去と現在を繋いでくれた一冊です。とても参考になったので要点をここに整理しておきたいと思います。ご興味のある方はお付き合いください。


少女小説の系譜は明治期まで遡れます。少女小説の形式を確立したのが吉屋信子。
時代が下って、戦前期の少女小説の特徴として「エスと呼ばれる少女同士の友愛の物語が多く描かれていた点が挙げられる。」代表的なのが川端康成(中里恒子)『乙女の港』。
そして更に時代を下り「戦後の世相を反映して男女交際を描いた小説が増加し、さらには少女小説に替わって「ジュニア小説」という新たな名称も出現した。」

こうして1966年4月『小説ジュニア』(集英社)が創刊。
「当時の作家たちは、ジュニア小説を戦後の新しい価値観と男女共学を背景に生きた青年男女の青春をリアルに描いたものであり、ロマンティックで現実感のない少女小説とは異なることを繰り返し主張している。ジュニア小説はここで一度、少女小説の流れを断ち切ることでジャンルとして確立した。」(p26)

ここで死語とされてしまった「少女小説」「少女小説家」という言葉を意識的に使ったのが氷室冴子です。
「氷室は吉屋信子を代表とする少女小説家をリスペクトし、ジュニア小説時代以降用いられなくなっていた少女小説という言葉をあえて掲げていく。(中略)「読者対象が女の子である娯楽小説を、手抜きではなく書く――という、そのことを、自分もやってみたかったからです」と少女小説の伝統を受け継ぎ執筆しようという、氷室自身の自負と決意の表れであった。」(p48)

『少女小説家は死なない!』にはそんな思いがあったのですね……。ところが「少女小説家」という言葉は「氷室の思惑を離れて出版社の販売戦略に使われていくことになる。」という……。そして『小説ジュニア』がリニューアルされ『Cobalt』へ。

少女小説が爆発的に部数を伸ばしブームとなった80年代。
「恋愛をメインモチーフとした少女の一人称小説」が主流ではあるけれど「コバルト文庫はミステリーや歴史ものなどそのモチーフに多様性があり、「物語が好き」な層に支えられていた。」
一方で読書をする習慣をもたない少女たちがメイン読者だったのが講談社のティーンズハートだったと。

ブームのピークは1991年とみられ、92年には低迷に転ずる。原因としてファンタジー小説の人気とそれらを発行する新しいレーベルの登場があげられる。
1987年10月角川文庫青帯が創刊、1988年4月『ロードス島戦記Ⅰ――灰色の魔女』が登場。青帯は1988年3月、角川スニーカー文庫として独立創刊、ロードス島戦記もそちらへ移行。
1988年3月には富士見書房から月刊誌『ドラゴンマガジン』も創刊、1990年1月『スレイヤーズ!』発売。

これらの「ファンタジー小説の勢力拡大の時期」にコバルト文庫にも前田珠子の『イファンの王女』が登場、「レーベル内にファンタジーの流れが生み出されていた。」
「90年代初頭には小説ジャンルの流行がファンタジー、そして少年を主人公にしたサイキックものへと移行している。」「コバルト文庫には少女小説ブーム終了以降も新たなヒットシリーズが登場した。」

一方、ティーンズハートは80年代ブームを牽引したレーベルカラーを変更しない代わりにサブレーベル、ホワイトハートを立ち上げる。ホワイトハートは「レーベル初期からハイファンタジーが多数展開され」「間口を広げて読書を趣味としない層を取り込むティーンズハートとは異なり、コアな読書好きに向けたラインナップが特徴となっていた。」

90年代前半にはファンタジーというジャンルが定着し、新人が活躍する一方で、少女小説のジャンルから去っていくコバルト作家も。第六回日本ホラー小説大賞を受賞した岩井(竹内)志麻子はインタビューで当時の状況を「ついていけなくなって脱落しましたね。知識や素養がなくてはどうにもならんですよね」と。
一般文芸に進出したコバルト作家の中には直木賞をとった唯川恵、山本文緒、角田光代(彩河杏)もいるけど、そんな中で『銀の海 金の大地』で存在感を示し続けた氷室冴子はやっぱりすごい。

多様化する90年代にはコバルト文庫にもBLが登場。読者の声にこんなものが……
「最近、エロ本と見まがうばかりの下品な作品が増えているように思います。もっと人間関係、人物描写などの描くべきものや、BLの真の魅力があるはずなのに、安易に売れる方向へ流れて、商品としての価値を疑う作品が多くなってきているような…。商業誌として出版するからには、同人誌とは一線を画する高品質な作品を作っていただきたいです。まずは品質の向上を願っています。」(p142)
いつの時代も、ですね。

2000年代には「女性主人公作品へのゆるやかな回帰」が見え始め「90年代に広がっていた多様性の後退」が生じます。
2001年10月「角川書店における女性向け小説レーベルが細分化する流れの中で」角川ビーンズ文庫が創刊。
その前身として、短命に終わったティーンズルビー文庫というのがあったらしいのですが、驚くのはそのティーンズルビーの編集方針が「読者が読んで感情移入できるような時代設定を心掛けてもらってます。過去より現代、まったくの異世界よりは学校」であったこと。ちょっと驚き。
が、その二年後に創刊のビーンズ文庫のコンセプトは異世界ファンタジー。「新人賞であるビーンズ小説大賞でもとにかくエンターテイメントであること。異世界であること。異世界でなくても、ファンタジーの基本は押さえていて欲しい。」なんて編集部がめっちゃ異世界を強調してます。現代学園小説とかって方針はどこ行ったー? 華麗なる変更っぷりに震えますよ、極端すぎ。

「ある時期までのビーンズ文庫の大きな特徴として、ビーンズ小説賞を受賞した新人の販促に力を入れ、デビュー作を人気シリーズに育て上げてレーベルの基盤としていた点が挙げられる。これはコバルト作家たちの多くがデビュー作よりも、二作目以降にヒットを出すパターンが多いのとは対照的な状態と言える。」(p178)
「少女小説レーベルのトップを邁進していたビーンズ文庫は、現在も売り上げではトップランナーであることには変わりはない。しかし2011年頃から、ビーンズ文庫はかつてのような圧倒的な勢いを徐々に失っていく。新人賞受賞作が低調に終わるようになり、新人のデビュー作を売り出すビーンズの手腕に陰りが見えてくる。」
「ビーンズ文庫は2012年からウェブ出身の作家がラインナップに加わり、2013年10月にはレーベルを大幅に刷新する。(中略)ビーンズ文庫の特徴であった「物語の扉、異世界への鍵」としての少女小説や新人育成が後退していく。」(p183-184)

一方、ゼロ年代前半のコバルト文庫では『マリア様がみてる』がヒット。百合作品としてコバルト文庫を手に取ったことのない男性読者に認知されブレイク。へえー。
(90年代の『炎の蜃気楼』も、もともとコバルト読者ではなかった社会人のおねえさんたちが手に取ってすごいことになったと私は思うのですど、『炎の蜃気楼』ブームの項目ではそうは触れられてなかった。むー。)

2004年3月には谷瑞恵『伯爵と妖精』が登場。コバルト文庫のヴィクトリアンもののさきがけとなる。
「90年代の少女小説は主題やジャンルが多様化していたが、2004年頃から男女の恋愛というモチーフが人気を集め、少女小説にロマンスを求める傾向が強まってきた。」(p197)
ヴィクトリアンものには主人公が「働く女性」という共通点があり、角川ビーンズ文庫でも「ストーリーに仕事を取り入れたヒット作が生まれている。」つまり「少女小説の読書年齢が高くなり、社会の中で仕事をする女性がヒロインとして共感を得やすくなった」と。

また2008年頃を境に、長期シリーズが減少し「シリーズが全般に短期化していく」、これによって、
「長い時間をかけてヒロインとヒーローが愛を育むじれったい関係を描くことは難しくなり、また別のかたちの恋愛が主流となっていく。少女小説のメインモチーフは恋愛であると考えられることが多いが、その描き方は一様ではなく、2000年代以降も変化を見せていく。」(p198)

2006年にはコバルト文庫がレーベル30周年を迎えた一方でティーンズハートが終了。最後のラインナップがティーンズハートらしさ全開なところが泣けます。小学館のパレット文庫も終了。
他方2006年10月、エンターブレインからビーズログ文庫が創刊。
「ビーズログ文庫は、ラブコメに強いところがレーベルの特徴となっている。早い段階でレーベルカラーを確立し、また軽め&甘めが好まれるこの時代に合ったテイストのシリーズを打ち出していくことで軌道に乗った。」(p216)

2000年代は女子のための読み物が選択の幅を広げた時期であり、ライトノベルというジャンルの成立、ケータイ小説の出現によってティーンの読書状況が90年代と大きく変わり、「現役の女子中高生が手にするジャンルがライトノベルやケータイ小説に分散していく一方、90年代に少女小説を読むようになった層が引き続き読者として残ることで、自然と読者平均年齢が高まった。」(p204)

周辺ジャンルに読者が流れたことで学園小説や少年主人公作品が後退、替わって2006年頃から少女小説のなかで増加したのが「姫嫁」と呼ばれるジャンルである、と。

…………姫嫁ってなに!? もう、ついていくのがどんどんしんどく(泣)

え、えーと。
「物語の結末として二人が結ばれて結婚をするという展開ではなく、物語のスタートが結婚、その多くは政略結婚というかたちを取るものが多い」(p220)
な、なるほど。ちなみにこの発展形?の「いちゃラブ姫嫁」ものは、このときにはまだカラーが異なるとか。

「「死神姫の再婚」というヒットシリーズが生まれたビーズログ文庫は、これをきっかけにハイテンションラブコメというレーベルカラーをより一層強めていく。さらにこの作品によって「嫁」属性のヒロインが注目を浴びることになり、政略結婚から始まる恋愛小説という様式がレーベルを超えて席巻していった。」(p221)

コバルト文庫にも「姫嫁」が出現し、コバルトで脈々とつながる思春期を題材とした小説の系譜も命脈を保っていたものの難しく、須賀しのぶの2009年当時の言葉が切ないです。
「私が子供の頃のコバルトっていうのは、そういうものもたくさんあって、それで自分が励まされることもあった。でも今はそういう現実寄りなものは需要がない。本当にファンタジー一色です。明るく華やかな感じで、主人公にも比較的ソフトな世界。」(p225)

少女小説に限らず、人気ジャンルはその時代を映す鏡であり、「娯楽である読書に求められる要素が思春期の葛藤などよりも、「慰安」や「現実を忘れられるロマンティックな恋愛ファンタジー」に傾斜していった」「読者は起伏にとんだストーリーではなく、ある種の予定調和な「安心感」を求める傾向が強くなっていった」のだとしても、その幅がこうまで狭まるって何なのでしょう。

「2008年以降はそのなかでもさらに恋愛の様式が狭まり、「ヒーローがヒロインに溺愛される」という設定が増加する。相手役となるヒーローが最初から決まっており、一対一の安定した関係のなかでヒロインが愛されるラブコメが人気の形式となる。(中略)「甘く安心感のある」世界を少女小説に求める読者にとって、三角関係という要素ですら安心感からはずれるものとなっていった。(中略)この変化は文庫の表紙にも表れている。かつては内容に合わせてバラエティ豊かにデザインされていたカバーイラストが、ヒーローとヒロインのみが登場し、二人が体を寄せ合い表紙におさまるという似通った構図となっていく。」(p231)
ああ、なるほど、確かに。

2010年版『出版指標年報』をもとにした考察によれば、長引く不況により不透明さを増した状況のなかで、「出版社も読者も余裕を失い、双方ともに手堅さを求めていくようになる。」と。

2009年6月、フランス書房からティアラ文庫が創刊。少女小説のパッケージを利用したポルノ小説「TL(ティーンズラブ)」レーベルが他にも続々と創刊されます。
少女小説と近くはあるけれど独自のジャンルであるTL。読者層は重なっていると推測され、目的による読み分けがされてるよう。

2010年前後にはウェブ小説の潮流が少女小説レーベルにも及ぶ。
少女小説レーベルの中で早い段階からウェブ小説出身者を作家ラインナップに加えたのはビーンズ文庫。2016年時点で小説家になろう作品をいちばん多く刊行しているのは一迅社アイリス文庫。
「しかし出版界全体のなかではウェブ小説がヒットメーカーになっているのに比べ、少女小説レーベルにおけるウェブ小説は点数こそ増加しているものの、大きなヒットとは結び付きにくい状況となっている。その背景として、女性向けウェブ小説の場合、投稿・閲覧プラットフォームと書籍レーベルの両方を自社で手掛けているレーベルに固定ファンがついている現状に起因していると考えられる。」(p258)
どういうことかというと、アルファポリスが立ち上げたレジーナブックスが、ライトノベルレーベル別売上(2015年度)で角川ビーンズ文庫に次ぐ14位と好調ぶりが目立つということ。

ケータイ小説の動向はといえば、ブームを牽引したスターツ出版が2007年に「野いちご」を立ち上げ、投稿・閲覧プラットフォームと出版を手掛ける形態へと移行。さらにはライト文芸を中心としたスターツ出版文庫を創刊。
「少女小説では2008年頃から「姫嫁」化が進行し、ジャンルの幅が狭まったのとは対照的に、ケータイ小説は多様性を獲得する方向に進み市場を広げつつある。」(p261)

というわけで最後にライト文芸について。
「ライト文芸はキャラ文芸とも呼ばれ、一般文芸のエンターテイメント小説とライトノベルの中間に位置する小説として登場した新しいジャンルである。(中略)ライトノベルのパッケージングを元にしつつ大人向けにアレンジされている点が特徴となっている。」(p263)
2009年12月にメディアワークス文庫が創刊。「電撃文庫を読み続けた世代が大人になって手に取るレーベル」「読者層はライトノベルより高い年齢に設定」。
2015年版『出版指標年報』もライト文芸に言及。「いずれも表紙はマンガ的なイラストだが、ライトノベル特有の萌え要素はない。」「ライトミステリ」「女性が主人公」「書店などお店が舞台」と。うーむ。

そして集英社はというと、コバルト文庫での実験的な試みを経たうえで、2015年1月にオレンジ文庫を創刊。
…………私、我ながらあほだなあとは思うのですが、ここで引用されてる手賀美砂子編集長のお話になんか泣けちゃったんです。
「キャラクターが魅力的な作品といえば、ミステリーでもSFでもファンタジーでも、コバルト文庫では氷室冴子先生や赤川次郎先生などがずっと書いていらっしゃったじゃないか、という思いがあるんですよ」
「とはいえ少女小説、あるいはライトノベルが、だんだん読者層を限定してきているのは確かで、そうしたジャンルのなかにあることで埋もれてしまっているおもしろい作品というものもあると思うんです。なので、新しくパッケージをつくることで、ジャンルに捉われずおもしろい作品を読者の方々に提示していきたいと思い、オレンジ文庫を創刊しました。」(p268)

2016年、コバルト文庫の母体雑誌である『Cobalt』が五月号をもって休刊。前身である『小説ジュニア』時代を含め50年の歴史をもつ雑誌媒体が終了したのでした。

80年代の爆発的ブームから懐の広さを見せた90年代、少女小説とともに青春を歩んできた私にとって、その後の少女小説の変化は寂しく感じられたりもして。
でも、著者あとがきの最後の言葉に励まされました。
「少女小説は死なない!」

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