生存報告という名のSS
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夜の王都。月下。
向かい合う影たち。
「これ以上は逃げられねえぜ――」
眼光鋭く、一挙一動を見逃さず注視するはヴァイト。
探し続けていた敵をようやく追い詰めたという、血なまぐさい歓喜が口元を歪めている。
対する影も、悲観的なところはなく歓喜に近い雰囲気を醸し出している。
「――逃げる? 馬鹿なやつめ」
罠にかかったのはお前だと言わんばかりの口ぶり。
互いに算段がある様子。
ヴァイトは得物を抜いた。
「その強がりがてめえの最期の言葉だ」
両者に緊張が走る。
武器を握る感触、指先まで研ぎ澄まされる意識。
生命の最期に向けて極限まで高まったその時。
その場に混ざっていた少女が言葉を発した。
「……まずい」
その言葉を真意を探るために、ヴァイトは前へ向かっていた意識を押し留めた。
生死を左右する場においてはあまりにも不吉な発言。無視は出来ない。
言葉はさらに続けられ、
「あまりにも甘すぎる」
という言葉が足された。
見逃せば死に直結する可能性がある。
ヴァイトは生存本能を無理やりせっつかせ、不吉の在り処を探った。
――考えろ。
見逃した罠があるのか。もしくは力量を図りそこねているのか。
考えればキリがないが、考えなければ命を落とすことになる。しかしこれ以上の停滞は許容出来ない。隙というには充分な間だ。
ヴァイトはプライドを捨て、真意を聞くべく少女の方へ視線を移した。
すると視界に映った少女は、
「もっちゃ、もっちゃ」
と、何かパンを食べていた。
というか、よく見れば武器すら持っていない。パンしか持っていない。
そんで勝手に憤っていた。
「甘ければいいってものじゃないよまったく」
空気が滞った。
その様子に、敵は馬鹿にされたとでも思ったのか、
「ふざけやがって、そんなに死にたけりゃさっさと――」
と、何か勝手に攻めてきた。
「まじかよ……」
結果、全てが上手くいった。
なお、ヴァイトの嫌いな食べ物にジャムパンが追加された。
◇◆◇
夜の酒場兼アジトにて。
「この度、――今ここで不殺のちかいをちかいます」
そう宣言したのは桃色髪の少女アリア。
周囲の人間は、また面倒事が起きたぞといったような顔をしている。
「一応聞くが、理由はなんだ」
そう聞いたのは、裏では苦労請負人と噂されているヴァイト。
アリアはなんてことない感じで答えた。
「善行でもしてみようかなって」
「……あいつを見ろ」
ヴァイトは酒場のある席を指した。
そこにはテーブルに顔をつっぷした男がいた。
「何はとは言わないが、あいつは計42回の禁酒に成功している」
対象の男は、ピクリと身体を震わせると顔を上げ、
「38回だ! 間違えるな!」
と叫ぶと、またテーブルに顔を合体させた。
アリアは目をぱちくりとさせ、素直な感想を述べた。
「あれはもう諦めた方がいいと思う」
聞こえているのかいないのか、酔っ払いの男はぶつぶつ何か呟いていた。
「酒は液体なんだ……。水と同じなんだ……。だから俺は水を飲んでる……っう」
どう見ても、色々と限界そうだった。
ヴァイトは一応フォローした。
「……あれでもシラフの時はかなり使えるヤツなんだ」
そんなやり取りをしていると、酒場にお客さんが入ってきた。
「ここが噂の酒場か――」
「ふん、しけた所だな」
「いるやつも大したことなさそうだぜ」
中にいた客は、その三人組に対してちらりと視線を送るとすぐに元に戻った。そのまま歓談に戻る組や、一人の世界で飲んでいる者も、様々。
その様子に気に食わなかった三人組の一人は大きく声を張り上げた。
「てめぇら! 血を流したくなければ――」
給仕していた女が割って入った。
「申し訳ありませんが、ご要件をお伺いしてもよろしいですか?」
「ああ? 舐めてんじゃねえぞっ」
男は威圧するような空気を表に出すと、手で給仕の女を払いのけようとした。――が、当然ただの女ではない。粗雑な手を容易に避けてみせた。
しかし、その代償として、お盆に乗っけていたいちごパフェが床に落ちることになった。
グラスの砕ける音が鼓膜を鋭く揺らす。
酒場の空気が一気に凍った。
客の三人組はその空気の変容に満足いったのか、得意気な笑みを浮かべた。
「ようやく分かったようだな。いいか? 俺達はあの悪名高い――」
三人組は言ってる途中に気付いた。酒場の人間の視線が自分たちにはない。
「おい、どこを見て」
三人組には知る由もないことだった。
そのパフェを待っていた人間が誰であるかなど。
剣を抜く音を知覚する前に、首が一つ落ちた。
「なっ」
驚いて硬直した身体、その左胸に剣が突き刺さる。
残りの一人、逃げるべく振り返った矢先、背中を右肩から腰元まで袈裟に斬られた。
事が終わると、凍った空気が無事に解凍された。皆、予想通りの未来が訪れてほっとした。巻き添えさえ回避出来れば何でも良かった。
そこで、ヴァイトは素直な感想をアリアに向けた。
「なぁ、不殺のちかいって何だったんだ?」
アリアは数秒置くと、『あ、しまった』みたいな顔をした。
「何か勝手に倒れてびっくり? いやぁ、不思議なこともあるんだなぁ」
ヴァイトは呆れたような目をした。
「その剣に付いてる赤いものは何だ?」
「……い、いちごジャム」
「そこで倒れてるやつは?」
「なんかデカイいちご」
なんかデカイいちごの内、背中を切られたいちごはまだ息があった。
「た、助けて、くれ……」
床で這いつくばっている。大量のジャムが流れ出ていた。
アリアは一つの単語を思いついた。
「いちご狩り」
無事、収穫された。
めでたし