作者の業

 ふと思い立ち、昨夜書き始めてしまった短編小説『私の愛する元カレ』 https://kakuyomu.jp/works/16818622170388502014 ですが、あらためて読み返してみると、僕の読書体験(の一面)が強く映し出されている気がします。

 もっとも色濃く出ているのは、冲方丁の『マルドゥック・スクランブル』。物語冒頭で圧倒的強者による理不尽な戯事の標的となり、ほぼほぼ死に至らしめられるヒロイン・バロット。最低最悪の地点から(周囲の助力もあって)立ち上がり、成長しながら巨悪に向かい、理解を深め、そのうえで己の信じるものに従う。
 名前を与えられていない本作ヒロインのイメージは、バロットが置かれた最初の境遇の極端さを仕舞い込んだ僕の趣向に影響されているようです。

 また、元カレの設定についても柴門ふみの『P.S. 元気です、俊平』の1エピソード(家庭教師先の生徒・布由子のJKらしい葛藤に対する俊平の対処)に強く影響をされています。布由子から、そんなのその場しのぎなだけとなじられる俊平が、その場しのぎでも、それをずっとやっていけばいい的なことを言う場面です。
 無論、そんな持続力などあろうはずもないのですが、その場では本心でそんなことを思いつき口にしてしまう浅慮。このタイプは『駅ヰタ』でも今連載中の『ボクの名は』でも時折みられるメタファーですが、短篇だとより顕著にあらわれてしまいますね。

 参加賞狙いの軽い気持ちで取り組んだのが、思いのほかに自分の作風を見つめ直すハメに陥っております。この浅はかさ、つまりは作者そのものなのでしょう……orz

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