あれ? 消えてる!

愛読してくださってる読者様から近況ノート宛てにいただいた長文コメントが消えちゃってる!

じっくりお返事しようと思って温めてたのがいけなかったのかな……orz

いずれにしろ、お気持ちはちゃんと届いてますから!
そして願わくばいずこかでの再録を。

12件のコメント

  • ぜんぜんダメじゃ無いッス。
    これはちゃんと返さんといかんと思って、後回しにしてただけ。
    反応が遅くてすんませんでした。

    ひとまずはここまでw
  • とあるラブコメ作家(ご本人はSFが本筋とおっしゃってるw)が言うには、僕はドSなんだそうで。読者にねじ曲がった体験をさせて喜んでいる、という主旨のようです。
    どうなのでしょう?
    僕自身、ドSとはほど遠い、むしろMなんじゃね、といっても過言では無い体験ばかり積んで無駄に歳を重ねてきたおっさんなワケで、大切な読者様を捻じ曲げるなんてとてもとても……。

    はい。すみません。
    おまゆうでした。

    上げて上げて、どんと落す。は、僕の得意技ですw
    彼曰く、女の子を酷い目に合わす、は僕の小説の代名詞なんだそうですww
    僕として、女の子だけじゃなくて、男の子も同様に扱っているつもりなのですが、やはり女の子に対しての所業の方が目立つようでw

    こんな小説ですから、非難やヘイトや逆張り好きの支持やらがコメント欄に入り交じることがあったとしてもぜんぜん驚きません。
    ていうか、むしろ好物w

    是非とも、そのときどきの勝手な想いをぶつけていただきたい、と切に願っております。

    期待に添えるかどうかは賭けみたいなものですが、ちゃんと落とし所は用意するつもりですので、今後ともよろしく。


    僕的には、ハサウェイを振り回すギギ・アンダルシアの方を推します。
    なんつっても美人さんだし。しかもエロいしw
  • すみません、コメント多めなので自分の事書きます。

    わたくし、基本的に〈それでもその後生きて行く〉という視点で読んでます。今を括り上げればひどい話でも、時間経てば薄まります。人によりますが。
    そこでスパーンと切って終わっちゃうからキツい。どっこい生きて行かなきゃならないのが人であって、殺人やら廃人化やらまでされなきゃ、なんとでもなる。それを信じております。

    ただ人生、強運な人も不幸運な人もいます。これだけは不公平なのは認めます。

    オイラ、死にそうになって回避、は幾度となく経験してます。多分、守護霊様が極太(か必死)なんだと思います(笑)
  • ナカムラさん、ありがとうございます。

    そうです。僕もまさにそう思います。
    本作は5部構成ですが、大元の物語自体は4部で完結する予定です。
    最後のパートは、どっこい生きていかなきゃって気持ちを込めたものになるはず。

    「起承転結」ではなく「起承転継」みたいな。


    いや、物語はちゃんと着地しますよ。ええw
  • 僕は基本オプティミストなので(破滅ものSFとか好きだけどw)、彼らもきっと、そんなに悪いようにはなりませんよ。

    たぶんw
  • ここでよろしかったら存分にお書きください。
    てか、聞きたい。

    書き手自身気づいてないことって結構ありますから。
  • ファイン(涼子)が最初に授けた「受信機のアップデート」というドグマはけっこう意識して書きました。

    これ以上は連載中の作品語りになるので、少なくとも単なる読者ではない作者がやってはいけない(メタ作品なら別w)ことでしょうww

    だから今はこの先の言及は辞めときます。
    でも、とても興味深いので、そちら側からはじゃんじゃんやっていただけると嬉しいです。

    なに書かれても、ちゃんと読みますよ!
  • 『エコール』の主題のひとつには「少女の神秘性」もあると思いますが、僕はそれよりも「(外からの視線による)処女性」だと感じています。

    映画紹介サイトに並ぶレビューの中で「『ブラッドハーレーの馬車』っぽい」という記述があるのですが、沙村広明氏のマンガである『ブラッド~』は卒業していく少女たちの凄惨な行く末と施設の存在理由が描かれていました。そのどちらも『エコール』では明示されていませんでしたが、僕も似たものを想像します。要するに男性社会のために培養され出荷される商品の牧場、というイメージ。
    極端に戯画化された牧場(=エコール)は、少女という商品の価値を最大限に上げるために彼女たちがまっすぐ健やかに過ごすためのすべてが内包的に用意されている。

    弥生の解釈は、逸郎を男社会から少女たちを守る居心地のいい牧場と見立て、そこに居続ける資格(つまり肉体と、それ以上に意識としての処女性)を所持していたGWまでの自分と、ヤリスとの邂逅をきっかけに自らそれを手放した自分、という図式だと想像しています。
    だから『エコール』の美しい映像は、外の世界から眺める(精神的な)故郷と重なっていたのではないでしょうか。

    ビアンカ(『エコール』の主人公)は最後にエコールを出ていきます。自主的に、ではなくシステムとして排斥されて。

    意識をシフトさせたのは(きっかけはどうあれ)弥生自身だったのですが、そのことがエコールである逸郎のもとに居られなくなるという代償を伴っていたということを改めて思い知った、という流れなのではないか、と。
  • ちなみにこの映画を選んだ逸郎は、おそらく沙村氏のマンガは読んでおらず、少女から大人になる明確な差分、くらいに解釈していたのではないかと。
    だから描かれていないビアンカの未来をそれほど悲観はしておらず、誰にでも訪れる成長の階段、と理解していたのでは。
  • 映画本編は置いといて、弥生の解釈の中で『エコール』は、たぶん、原初の自分がやすらげるものの象徴なのです。
    その部分の片鱗は、少し先になりますが、出てきます。

    そういう意味で、イツローは弥生にとってのエコールでもあり得るのです。
    ただ、おっしゃる通り、本質的には出荷先ですよねw

    本作は複数の登場人物が出てくる通俗小説なので、物語のアウトラインを楽しむのでも、誰かと誰かの恋路にヤキモキするでも、エロい部分を消費するでも(こちらは随分抑えましたがw)、楽しみ方は自由にしていただけばいい、と思います。
    ただ今回改稿するにあたって、一本に絞るべきだと留意してるものはあります。
    ここでそれを言っちゃうとネタバレなので止めますが、まあご想像には難くないのではww
  • 大丈夫、じゃないかなぁ。わからんけどw

    まあどちらにしろ、読者の方の去就についてどうこういえるほど、作者なんてエラいもんじゃないですから。
    それに僕は、マーケティングで書くタイプでもないですし。

    とにかく、こちらとしては、有難いリアクションをしてくれる読者さまが居なくならないでいてくれるといいなぁ、と(なにもせずに)祈るだけです。

    僕とあなたに幸運を。
  • こちらもとりあえずお伝えします。

    いい勘してる

    と。


    まあそれを踏まえた上での「大丈夫なんじゃないかな」ですがw
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