• ラブコメ

こんばんは


以前話していた通り、一話(仮)をここに投稿します。

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それは本当にありふれた日常の一幕だった。

睡魔と空腹感に苛まれる午前授業。
冬休みを終えて、迎えた3学期。
年初めから数えて今日が記念すべき登校2日目。

まだ、冬休みの生活習慣が戻っておらず、眠たい目をこすりながらシャープペンシルを走らせていく。

――この快適さがいけないんだ。

ウトウトしながらも、俺――三末《みまつ》幸成《ゆきなり》は、横2メートル先にある暖かい空気を放出する暖房器具に悪態を吐いていた。

うちの地域はいわゆる雪国で冬になると10センチくらいの雪が積もる。
雪が積もるくらいだから、外の平均気温はだいたい一桁台。
常時、極寒の風が吹き荒れる。
いくら室内であったとしても外から空気が入ってくるため何も点けていないと非常に冷え込む。

生徒の勉強に支障をきたさないため――という名目で置かれたこのヒーターでさえ、適切な距離に座っている者からすれば快適かもしれないが、その距離が2メートルしかない者からしたら一種の拷問だ。

極寒の冬に暖かいことは決して悪いことではない。

むしろ、寒さに震えることがないというのは利点まである。
だが、暖風が直撃することによって瞼が重くなって授業中だというのに意識が遠のいてしまうのだ。

「おい、三末寝るなよ?」

ウトウトしていると今日も先生から注意される。

こんなの俺にはどうすることもできない。
不可抗力なので本当にやめてほしいものだ。

ようやく、地獄の午前授業が終わり、昼休みという至福の時間が訪れると、友達の高木《たかぎ》一輝《いっき》と、傘先《かささき》亮太《りょうた》が話しかけてきた。

「お〜い、幸成!お昼食おうぜ」

「いいけど、亮太は購買行かなくていいのか?」

「僕も今日はお弁当なんだ」

2人とも自前のバックを片手に俺の前と隣の席にどっかり座る。

普通なら、「おい、席の主が帰ってくるかもしれないから占領すんなよ」と言うべきところだが、その席の主も高木、傘先の席を占領しているのでお互い様ということだ。

高木曰く、席シェアだそう。
まあ、この光景もありふれた一幕だ。

「てか、幸成なんでまだノート開いてんだよ?もう授業はとっくに終わってるぞ?」

「いやぁ……それがさっきまで夢のなかにいたもので」

「またかよ~そういや、今日も先生に言われたっけ?」

「お恥ずかしながら」

「懲りねえなぁ…」

「仕方ないだろ?暖房っていう悪魔にやられたんだって!」

コイツらにどれだけヒーターが狂暴なのか前にも熱弁したはずなのに、一向に理解してくれない。自分たちが当事者にならないとわかってくれないようだ。

「単純に睡眠不足のせいもあるんじゃねぇの??」

「いや、学校始まってから夜更かしも控えてるからそんなはずないんだけどなぁ」

「身体がまだ慣れてないとかなのかもね」

「あ~、それもあるかもなぁ……」

「ったく、軟弱だな幸成は。俺なんて、深夜からMTYLやりまくってて睡眠時間全くとってないけどこの通り、ピンピンしてるぜ?」

「一輝ってば、またやってるの?MTYL」

「おうよ。俺のマイフェイバレットアプリよ!」

「MTYL?なんだそれ?」

「おいおい、まさかと思うが知らないのか?最近ちょーぜつ有名だぞ?」

「まったく。聞いたこともない」

「マジかよ…」

「幸成、MTYLってのは、Miracle Three Years Laterの略で最近人気のアプリだよ」

亮太がそう言って自分のスマホを俺に見せてくれる。
そこには、四角いアイコンのなかに頭文字のMが大きく描かれているものが。

「これがそのMTYLってアプリ?」

「そうだね」

「ふーん。どんなことに使うんだ?アイコンを見るにソシャゲって感じではなさそうだけど」

詳しく聞いてみると、4年前に新興IT企業によって開発されたアプリらしい。

このアプリを分かりやすく言ってしまえば、友達のような気軽な雰囲気で異性と会話したいという切実な願いから実現に至った異性とのコミュニケーション上達を目的として作られたチャットアプリのようなもの。
公式では、3年あれば仲良しと銘打って配信している。

なんでも、宣伝通りアプリが仲良くなれそうな人を勝手に選んでくれるとか。

「なんだそれ……胡散臭さ。てか、そういうのって未成年はやっちゃダメなんじゃなかったか?」

いくら交友関係チャットアプリとは言え、出会い系目的で利用する人が溢れかえってしまいそうな匂いがプンプンする。
これまでの情報から考えるにかなりというかほぼアウトでチャコールくらい黒に近いアプリだ。こんなものが現役高校生の間で流行ってていいのだろうか。

「安心しなよ。このMTYLはセキュリティーも万全だし、他と比べると無害なアプリだからさ」

「は?どういうこと?」

「このアプリはあくまでコミュニケーション上達を目的としてるから匿名性が非常に高いんだ。チャットで個人情報を載せることが一切できないんだよ。無論、特定の地域とか個人特定に繋がりかねない情報もね。そして、出会う約束も取り付けないようにAIが常に監視している」

「それじゃあ……」

「そう……言ってしまえば、最初に喋る相手が割り振られるだけのただのチャットアプリ」

「なんだぁ……そういう感じかぁ……」

それと似たような通信アプリなら他にも聞いたことがある。
見ず知らずの人と通話やチャットしたりして遊ぶアレだろ?

実際にやったことはないが、中学生の頃友人がそれ系のアプリで遊んでいることを見たことがある。いま考えれば、いたずらに対立を煽るようなものばかりで。
とても、高校生がハマるようなものではなかったように思えるけど。

「おい、幸成、そうガッカリするなよ?このアプリはそこら辺のパチモンとはわけがちげぇから」

そう言って、一輝が目を輝かせて熱弁してきたのはこのアプリのある噂だった。
3年間、毎日欠かさずその相手だけとチャットすることで将来その人と結婚できるらしいというもの。

「結婚??なんだそれ、そんなの根も葉もない噂だろ?」

このアプリに限らずそういう噂というものは度々目撃することがある。
どうせ今回だってその一例に過ぎないに決まってる。

「って、大抵の人が最初そう言うんだ」

「は?」

「ほら、これ見てみろよ。実際にこのアプリで仲良くなった相手と結婚したって人もいるんだぜ?」

そう言って見せられたのは、「3年達成おめでとう」という公式からの祝福のメールが表示された2台のスマホと二人分の結婚指輪の写真。

「いや、こんなのさすがに少数派だろ……てか、このアプリ匿名なのにどうやって知り合うんだ?」

個人情報も一切載せられないのに巡り合えるわけがない。
どんな原理だ?

「よく気づいたな。そこが、一番の肝さ」

「肝?」

「実際に結婚した人の話によると――」

「よると……?」

「なんか分かるんだとよ」

「なにそれこわ」

「いや、別に怪談話をしようとかそういう意図じゃなくて、ホンキでわかるらしいぜ?」

「へぇ……凄いんだな」

「だろ?すげぇんだよ」

どうして一輝がドヤ顔するのかよくわからないが、「なんかわかる」みたいなこんな説得力のない話、誰が信じられるか。
それに、これ以外でもう一つ気になっていることがある。

「てか、それ以前に名前すら知らない相手と3年間毎日チャットするとか正気の沙汰じゃないだろ」

複数人ならいざ知らず、この噂は特定の相手だけと3年間チャットする必要があるとされている。

一度、冷静になって考えてみてくれ。
そんなの普通ならやらない。できるわけがない。
どんな暇人なんだ?それともこのアプリに命を懸けているのか?

名前も顔も知らない相手と毎日チャットし続けるとか狂気以外の何物でもない。
しかし、目の前にあるその写真が100%ウソだとも思わない。
天文学的に低確率かもしれないがそのような事例が起きることだってあるだろう。
そう……これは、奇跡のような確率で生まれた稀有な例だ。
そうに決まっている。

しかし、俺のそんな反論を予測していたかのように一輝はどや顔でスマホをスライドさせて別の写真も見せてきた。

「ほら、こっちもそうだ。ぱっと見ただけでも同様の写真が5件もあがっている。お前は正気の沙汰じゃないって言うかもしれないがそういう奴がわりといるんだぜ?」

そうか――これこそ、このMTYLというチャットアプリが高校生の間で大流行している所以。
色恋沙汰に興味津々な高校生たちが噂にそそられこぞって始めているのだ。

「そういえば、幸成っていま彼女いなかったよな?」

「ああ、いないけど」

最後の彼女は中二の夏。
それからはずっと独り身。
もう、かなりの期間彼女がいなかった。

「そろそろ寂しくなってきたころじゃね?」

「いや、別に俺は――」

「おいおい、強がんなよ。いつも、亮太たちのラブラブっぷりを見せつけられて嫉妬に狂ってるとかあるだろ?」

「勘違いすんな。それは、お前だけだ」

一輝と違い、亮太には既に恋人がいた。
隣のクラスの沢田さん。
ダンス部に所属していてショートカット。
明るい性格で俺たちにもよく話しかけてくる。
お世辞なんて言うまでもなく可愛い系の女子高生である。

「ちっ、これだから枯れ木は…」

「おい、いまなんつった??」

聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?

「なんでそんな平然としてられんだよ!?ふつうはいつだってかわいい彼女欲しいし、女子ともっとお話ししたいだろ!!くそっ、なんで神様はこんなにも不公平なんだ!亮太にはあんなかわいい彼女がいて……俺には……俺にはわぁぁぁぁあ!」

「醜いな」

「醜いね」

おそらく、彼女のできない理由がそこに詰まっている気がしたのだが、これは伝えてあげるべきだろうか。
亮太とアイコンタクトでどうするか相談していると俺の肩がポンポンと叩かれた。

「幸成?」

なんだ?いま、ちょっと立て込んでるから後にしてくれないかなぁ。
友人の危機なんだ。

どうせ、クラスの男子からの遊びの誘いだろう。
後から合流するという意味も込めて、振り返らず手だけでサムズアップして返事する。

よし、これで解決――あだだだだっっ!!!

「痛ったいな!!なんだよっ??」

サムズアップした方の手から激痛が走る。
なにかに噛まれた?いや、抓まれた痛みだ。

しかも、より痛みが伝わりやすい手の甲をご丁寧に抓んでくれている。

こんなことしてくるのは奴しかいない――

サッと振り返るとそこには、茶色のポニーテールをなびかせた少女がノート片手に俺をつねっている。
その瞳は冷たいながらも奥底からは怒りの感情が溢れていて、抓む力もどんどん強くなっていく。

「ちょ、た、タンマ!!これ以上やられたら傷物になっちゃう!!」

慌てて手を引っ込めるとようやく痛みから解放された。

「まったく、さっきから呼んでるのに気づかないから肩を叩いてみればサムズアップってどういうつもり??」

見るからに不満げでムッと唇を尖らせる少女。
冬峰《ふゆみね》由紀《ゆき》という。
俺と同じこのクラスの学級委員だ。

「いや、てっきり他の男子からの遊びのお誘いかと思ってさ。まさか由紀だとは思っても見なくて」

「へぇ~?遊び?学級委員の仕事を放り出して遊びに行こうとしてたの??」

「学級委員の仕事??なんだそれ?」

「は?まさか……聞いてなかったの??」

「ひぃ…!」

絶対零度の眼差しが俺に突き刺さる。
これはまずい。

「い、いやぁ……内職じゃなくて……問題解くのに夢中で聞きそびれていたというか?」

「ふ~ん?じゃあ、さっきの課題はもう終わってるんだ?」

「さっきの課題?なんだそれ?」

「はあっ?!」

「じょ、じょーだんですよ。さっきの課題ね。うんうん、シッテルワカッテマストモ!!」

噴火警戒レベル5だったため慌てて取り繕ったが、なんのことだかさっぱりわからない。
てか、さっきの授業のノートだって今から取ろうと思っていたのに課題とかそんなレベルの高い話をされても困る。

「いいんちょ~、俺のやつはもう机の上に置いといたぜ~」

「僕も置いておいたよ。ごめんね、毎回学級委員の仕事にさせちゃって」

「別にいいのよ。持って来いといったのは先生なんだし」

あれ~~?
俺を取り残して話がどんどん進んでいくんだが??

「で?幸成のノートはどこなの?」

「え?ノート?」

「だから、提出用のノートよ。さっき、先生がしっかり授業ノートをとっているかも含めて点検するって言ってたじゃない」

わーお。そんなの知らないぞ~。
初耳だ。

「さっき問題をやってた言ってたわよね?ほら、ノート出して」

「スゥ――」

どうしよう。
内職をしていた影響で課題どころかノートすら写し終わっていない。
ここで白紙のノートなんて出したら……どうなるかなんて火を見るよりも明らかだよな。

「あのさ、由紀」

「なに?」

「その当番、俺がやっておこうか?」

「え?きゅ、急になに言い出すの?」

「いやぁ……いっつも由紀ばっかり率先的にやってる気がしてなんか申し訳ないなぁって思ったり……?」

「ふ、ふ~ん?てことは、感謝してるんだ?」

「そりゃもちろん!俺と一緒に学級委員やってくれたのが由紀でよかったっていつも思ってるよ」

これは紛れもない本心だ。
学級委員なんて面倒くさい仕事、当然ながら誰もやりたがらない。
男子の学級委員選抜はじゃんけんだった。
それも漢気のほう。

くそ……どうして……俺、最強だったのに……

と文句を垂れても結果は変わらず不本意ながら学級委員になった経緯がある。
どうせ、女子も同じなんだろうと思っていたが違った。
立候補で一人だけぴしっと手を挙げる人がいた。それが由紀。

真面目で責任感が強くてリーダーシップもある。
俺なんかと違ってどこまでも適任者だった。

「ふっ、ふ~ん??そ、そう??……ま、まあ?そこまで言うなら幸成に頼んでもいいけど?」

普段褒めないせいかわかりやすく上機嫌になる由紀。
咳ばらいをしてクールぶっているが俺にはわかる。
おだてられて内心満更でもないということを。

フッ……これは勝ったな。

きっと普段からゴマをすり、靴を舐め、尻尾を振っていたら成功しなかったであろう。本当にピンチな時に飴を出す。
我ながら完璧な采配。
切り札はここぞという時に取っておくのだ。

「じゃあ、俺はさっそく職員室にクラスメイトのノートを置いてくることにするよ」

俺のノートはまだ空白。
今回は未提出となるが致し方ない。
テストで挽回すればいい。

由紀が抱えていたノートを受け取ると教卓の上に山積みになっているクラスメイトのノートを取りに行こうとする。

「え~?幸成行っちまうのかよ~。俺とMTYLするんじゃなかったのか~?」

「MTYL?」

まずい、由紀が余計なことに反応した。

「おうよ?いいんちょだってこのアプリの噂、知ってるだろ?」

「ま、まあ……どんなものくらいかは」

意外だ。
前に聞いたときはそういうアプリとか一切知らないと言っていたのに。

「俺さ~、最近ハマっちゃって幸成にもやらせようとしてんだよ」

「そ、そうなの…?」

「そういえば、いいんちょってそういうのに興味あるのか?」

この場合の《《そういうの》》とは言わずもがな。

「興味なんてあるわけないでしょ?そんなものに現を抜かすくらいなら勉強の時間に充てるわ」

「さすがいいんちょ。ブレね~な。どこぞの残念委員とは大違いw一端の学級委員と学級委員長の差ってやっぱこういうとこだよなw」

「うるさいな~、そんなの学級委員を始めて初日からわかってることだっつーの」

「だよな。学級委員が要提出のノートすら写してないとかありえないもんなw」

「お、おいっ、それは――」

一輝が悪い顔をして俺の白紙のノートをこれ見よがしにペラペラとめくる。

くそっ、やりやがったな。

大事な友人を売るとは最低な奴だ。

「ねえ、ちょっと――」

「は、はぃ……なんでしょうか?」

俺の肩をがっしり掴む少女がひとり。
名前はこの際出さないでおく。

「――あとで話があるから。放課後ここで待っててね?」

「はぃ……ワカリマシタァ……」

張り付けた笑顔の奥に潜む絶対零度の瞳を見て、俺は観念しガクッと項垂れるのだった。

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こんな感じなものを想定してます。
色々入念に調べてから書いていますので問題はないと思いますが、思うところがあったらコメントしていただけると幸いです。

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