※ ※ ※
こちらは、
『万年シルバーランクのおっさん、史上最高の冒険者となる~パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ~』
(https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
ヴァネッサ編とヘリオス編のネタバレを含みます。
※ ※ ※
※ ※ ※
その部屋には、払われることなく降り積もり続けた諦観と理解が凝っていた。
「無意味だよ。どこまでいっても私は予備でしかない。求められているのは波風を立てることの無い、程良い優秀さだ。第一、君の言うような成果を出してどうなる? 私の人生は何も変わらない。いっそのこと、兄を暗殺でもした方が未来は拓けるだろう」
へーちゃんのお部屋には本が沢山ある。
第一王子のメリオール様は、結構甘い所があって、どこかでふと漏らしただけのへーちゃんのやりたいことを、過剰なほどに叶えようとする。
無能な第一王子が、有能な第二王子に媚び諂ってる、なんて口さがない人は言うけれど、へーちゃんはお兄様に代わって王位に着こうなんてまるで考えてない。
本だって、半分も読み切ってるのを見たことがなかった。
途中で飽きるみたい。
本人は先が見えたと言ってるけど。
「今のは失言だったな。ふふ、どこかで聞き耳を立てている侍従が大臣にでも報告するかもしれない。第二王子に謀反の疑いあり、とかなんとか」
笑ってみせた冗談も、風が吹いて止めば興味が失せる。
へーちゃんは理解してる。
貴族としての責務とか、次男として生まれた運命とか、自分がこれから辿るだろう人生っていうものの結末を。
飽きて捨て置いてる本みたいに。
だけど時間はゆっくりとしか進まなくて、人生は本を閉じるみたいに終わってはくれない。
先が読めているのに延々と、退屈な時間ばかりが続いていて、変化らしい変化もない。
「それでへーちゃんが楽しく生きられるなら、ヴァーちゃんは手伝ってあげてもいいなー」
せめて、もう少し笑った横顔を見ていたくて、退屈な冗談へ乗っかってみる。
けれどもうへーちゃんからすれば結末の見えた会話だったみたいで、眉一つ動かさないで言葉を読み上げる。
「二人揃って処刑されるだけだ。国というのは、少なくともこのイース王国は、存外に基盤がしっかりしている。経済の中心たる西方諸国から東へ外れた位置にありながら、少なくない影響力を持ち続けているしね。日がな一日我が事しか考えていない無能な貴族を平気で養っていられる程度の税を、安定的に徴収し続けている事実も無視できない」
「はいはーい」
夢がないなあ。
そーいうの、てきとーでいいんだよ。
なんかやりたいっ、それだけでさ、いいと思うんだよー。
「……ヴァネッサ。君もいい加減、こんな場所へ通うのは止めて自分の未来を考えるべきだ」
「でたー。へーちゃんはヴァーちゃんのお母さんですかー? 結婚とかやだしー、嫁入りしゅぎょーとかめんどくさーい」
「人には未来を、などと言っておいてその言い草か。ご両親の苦労が偲ばれるな」
「お互い様でーす。へーちゃんだって私のこと言うじゃん。貴族の娘だから結婚しないといけません、落ち目のリード家が生き残るには相手を選べないこともあります、そんな……退屈でどうでもいい未来なんていいじゃん」
結局同じところに行き着いた二人が肩寄せ合っているだけ。
元々は予備の第二王子の妻とかいう、程良い立ち位置を欲しがった両親が私をここへ送り出した。
けど外国との結婚話も出たりして、徐々にへーちゃんを婿入りさせたい人が増えたことで立ち消えた。
別に、お互い好きとかどうとか考えたこともないけど。
決められた自分の未来に飽き飽きして、私は全部から逃げて、へーちゃんはしっかり役割を果たしてる。
そういう意味では、へーちゃんの方が偉いのかもしれないけど。
「ねー、へーちゃん」
「なんだい」
新しく積まれた、真新しい本から目を離して、彼は代わり映えのしない窓の外へと視線を投げた。
見たかった訳じゃない。
意味なんてない。
この先も、ずっと。
「追いかけっこでもする?」
「……私達はもうお互いに成人しているんだ」
それが童心に戻っちゃいけない理由にはならないよ。
なんて言葉も浮かんできたけど、逃げ回ってる自分への言い訳みたいに感じられて、私は口を閉じた。
私達の時間はそうして、静かに、凝って、降り積もった時間の底になにがあったかも忘れてしまいそうなほど、淡々と進んでいく。
あった筈なのに。
昔は、もっと、何か。
でも、なんだっけ。
もう思い出せないや。
※ ※ ※
「は――――あっははははは!! その時の連中の間抜け面は中々な見物だったよっ、ヴァネッサ!! いつものようにサボらず社交会へ参加していれば、君だって面白いものが見れたのにさぁ……、はははっ」
だけど、変化が起きた。
唐突に。
本当に前触れもなく、それは起きた。
いつもの様に実家から逃げてきた私へ、珍しくへーちゃんが上機嫌で話し始めたと思ったら、置いてけぼりで笑い出しちゃった。
「制御の難しい、危険な組織ではあると言われてきたが、ここまでおかしな話は想像だにしなかったよっ」
「よくわかんないんですけどー」
「兄の側近達が冒険者ギルドへ相当額をつぎ込んで依頼を出していたのさ。内容については、まあこの際関係ないか」
一人で納得して、一人で笑って、なんだかとっても疎外感。
つまんないなー。
そもそも冒険者ギルドへの依頼なんて普通にあることじゃないの?
東には魔境とか迷宮とか、高級な素材の取れる産地が沢山あって、そこから供給されるものはイース王国が西方諸国で発言権を得ていく上で重要な戦略物資になってる、んだよね。
勉強は嫌いだけど、その程度なら私でも知ってる。
「詳しいところは私でもその場で全てを把握できなかった。けど、お偉方が厳めしい顔してギルドマスターを迎えていたことからも、相当に力を入れていたのは分かるよ。それがっ、ははは」
「へー、どーなったのー」
適当に促すと、またへーちゃんは思い出し笑いをする。
変なの。
すっごい、変なの。
でも笑ってるなぁ、めずらしいなあ、いつもはすぐ止めちゃうのにさ、なんて思ってたら、流石に私の表情に気付いて咳ばらいをする。
口元は妙に楽し気だけど。
「『スカー』のギルドマスター、ウォーゲン氏は招かれた社交会の場でまずはこう告げた。『ご依頼の研究資料は、要望の通りに確保できたそうだ』と」
「へー」
「それで満足げに頷いていた連中は、続く言葉に唖然とした。『だが、そいつを達成した冒険者が、気に入らねえから処分したと抜かしてきた。そんな訳で依頼は反故だ、悪いな』とねっ!! クエスト失敗ならまだ分かる。けど、達成までしておきながら、気に入る気に入らないで報酬を蹴るなんて誰も思わないさっ。冒険者は制御できないものだとは言うけど、彼らだって生活する為に依頼を受けて報酬を得ているんだ。受け取れる報酬や社会的地位を示すランクだってどうなるか……!! そんなっ、自分の人生丸ごと棒に振りかねない決断を気分でしてしまうなんてさっ!!」
なんとなく、何がそこまで笑えるのかまでは共感できてないけど、理解はした。
本を半分も読まない内に先が見えたと放り出してしまうへーちゃんにとって、その冒険者さんはあまりにも予想外だったんだ。
加えて自分を抑えつけてくる人達が揃って、おまぬけな顔をしていたっていうのもあるんだろうね。
素知らぬ顔して、お利口さんぶってるけど、たまに蔑むような、疎むようなこと言ってるもん。
不満はある癖に、分かった顔して黙ってる。
本当は、反抗してみて失敗するのを怖がってるのだって知ってるもん。
男の子ってそういうとこあるよなー。
転んで膝擦りむいてても平気な顔するの。
痛いでしょって、私が消してあげるねって言っても、痛くないし、転んでなんかいないって言い張るの。
恥を掻きたくない。
見栄を張っていたい。
優秀で、立場や役割を理解して、諦めているのも本当だけど、結構幼稚で格好付けたがりだもんね、へーちゃんは。
だからこうして大笑いするのだって堪えちゃうのに。
「すっごい冒険者さんなんだね」
「いいやっ」
ちょっとだけ嫉妬して言うと、すぐさま否定がきた。
なんでか、すごくないって言うのに楽しそうで。
「彼はシルバーランク。しかも、今回の件で降格も決まっている、中年の熟練冒険者だったらしい」
「どんな感じなのか分かんないけど。兵士さんで言うと?」
「十人長くらいかな?」
「ひっく!!」
「はははっ!! けど同行していたギルド職員が言うには、彼でなければ甚大な被害が発生していた可能性もあったという話だ。いいかいヴァネッサ。シルバーランクというのは低ランクではあれど、なにかしら一芸に秀でた熟練、いや玄人とも言うべき者達が在籍しているものなんだ。本来クエストを受ける筈だった、オリハルコン級の魔術師からも推薦されていたみたいでね。殆どの者は失敗の言い訳に違いないと懐疑的だったが、ウォーゲン氏やその証言をしていた女性の顔付きを見れば嘘ではないと分かる。ふふっ、伝説にも語られる竜殺しまで振り回して、そもそもが達成していながら気に入らないで報酬を蹴る人物なんだからさあっ」
得意げに語るランクだの熟練だのっていうのは、きっとその場で聞いただけのことなんだろうな。
それを自分の知識みたいに語ってみせるへーちゃんを見て、つい、あぁ懐かしいなって思った。
お互いに自分の未来も理解していなかった、無邪気に日々を生きていた頃。
へーちゃんは、自分の知った楽しい、を。
誰かに聞いて聞いてと語るのが好きだった。
「気に入ったんだね、その冒険者さんのこと。どんな人なんだろ?」
「興味あるかい? ふふ、実はもう調査させているんだ。立場上、外部戦力となり得るギルドへ私が直接接触することはできなかったから、母の古い伝手を頼ることにはなったんだけどね」
それからも、楽しそうに話を続けるへーちゃんを眺めて、私はうんうんと頷きながら時間を過ごした。
ちゃんと聞いてるよお。
けど、楽しそうなの見てると、こっちまで楽しくなってくるんだよ。
「一芸あるランクとはいえ……大きな組織へ平気で唾吐く胆力を思えば、いつまでもシルバーランクに留まっている筈はない。なにか切っ掛けを得られたなら、その内面に見合うだけの位置へ一気に昇っていくことも考えられるだろう。私の見込みでは、オリハルコンランクは固いと思うが、ヴァネッサはどう思う?」
「そもそもヴァーちゃんは冒険者さんのらんくーをよく知りませーん」
「仕方ない。まずはその辺りから説明していこう。いや、すまない。お茶も出さずに長々と。今用意させる」
「いーよぉ。あーでも、やっぱりお茶は欲しいかな。喉乾きそうだもんね」
へーちゃんが。
「今日はじっくりお話しましょうっ。うん。たっくさん聞くよ。たくさん、教えてね」
昔のように、笑ってる。
だから思った。
へーちゃんの言うように、すっごい冒険者さんなのか、そうなっていくのかも私には分からないけど。
この日見た笑顔の分だけ、その人にはいつか恩返しをしたいなって。
いつか、きっと。
そう、
未来を望んだ。