〈虎間依姫(とらま・よりひめ)視点〉
わたしの名は、虎間依姫。
警視庁のダンジョン犯罪対策課と呼ばれる部署に勤める、しがないAランク探索者の特別捜査官だ。
探索者の異能を悪事に使う犯罪者から市民を守ることを至上命題に日々、闇探索者どもをぶっころ……逮捕♡する日々を過ごしている。
今の生活に不満はない。
わたしは、自分がやっていることを正義だと信じているから。
自分の力を正しいことに使う、それこそが強者の責務だと受け入れているから。
今日も今日とて歌舞伎町のパトロールを終え、新宿署のオフィスで書類仕事を片付け、得物である銃剣付き狙撃銃を肩に担いで帰宅しようとすると――
「あ、姫ちゃんお疲れ~」
オフィスの最奥にあるデスクに座った細身の、なよっちぃ男が馴れ馴れしく声を掛けてきた。
わたしのことを姫ちゃん(下の名前が依姫だから)と呼ぶ不愉快な男。
卯垣雄太(うがき・ゆうた)。
警視副総監の一人息子だという七光りのお坊ちゃま。
ダンジョン犯罪対策課の課長を務める、わたしの上司でもある。
「姫ちゃん、姫ちゃん。婚活頑張ってるって聞いたけど、最近どうなの?上手く行ってる?」
「セクハラか?ぶっ殺すぞ」
舐めた口利いてくる歳下の上司を殺気を込めて睨みつける。
戦闘力皆無のモヤシ野郎は慌ててデスクの下に潜りこんで隠れやがった。
ふん、根性なしのモヤシめ。
無視して帰ろうとすると、性懲りもなく「ちょっと待ってよ~」と呼び止めてきやがる。
「なんだよ。しつこいな」
「いやさ、姫ちゃんが婚活に苦戦してるって話を聞いてさ。いいこと教えてあげようと思ったんだけどな~」
……どこで仕入れてきたのか、卯垣はわたしの婚活が難航しているという情報を持っていた。
くやしいが、コイツの聞いた話は正しい。
警官として着実にキャリアを積み上げているわたしが唯一苦戦していること……それは、十年前から始めて一向に上手く行かない婚活だ。
仕事一筋だと思われがちだが、わたしだって人並みの結婚願望くらい持ち合わせている。
人並みに幸せになりたいと思うことくらいある。
わたしも今年で四十だ。ついに四十路に足を踏み入れてしまった。
まだ三十代だからセーフとか言ってた頃が懐かしい。
全然セーフじゃねぇよ。
犯罪者憎しで仕事に邁進していたら、立派な行き遅れ女になってしまった。
焦りを感じていないと言えば嘘になる。
「で?なんだ、いい話って?」
「実はね、いいマッチングアプリを見つけたんだ~。僕もハマっててさ。公務員って結構人気なんだよ?もう、入れ食い状態でさ~」
何かと思えば、マチアプかよ。くだらん。
わたしが若い頃は『出会い系』とか呼ばれてた代物だ。
どうせ、セックス目当てのヤリチン野郎しか集まんねぇだろ。
「興味ない」
「まあまあ、そう言わず。最近じゃアプリで知り合って結婚する、なんてのも珍しくないんだよ?」
なに?そうなのか?
わたしが街コンや合コンで苦戦している間に、見下しているマチアプで結婚している連中がいるという事実に少し動揺してしまった。
「……ちょっと見せろ」
「いいよ~」
見せてもらった卯垣のスマホには、交際相手を募集する女どもの情報がズラリと並んでいた。
わたしと同じくらいの歳の奴もいる。
「姫ちゃんもやってみようよ~?これが今どきの婚活だよ~?」
「………」
たっぷり十秒悩んでから、つい「ちょっとだけなら」と頷いてしまった。
こうして始まった、わたしのマチアプ婚活。
最初に苦戦したのはプロフィール作成だ。
「職業は特別捜査官だと怖がられそうだから、公務員の事務職にしとくね~」
「そうなのか?やっぱ、この仕事って怖がられるもんなのか……」
「年齢なんて五歳ぐらいサバ読んでオッケーだよ!」
「はあ?」
「姫ちゃん、顔怖いからイメージ写真はちょっと加工してっと」
「お前、マジでぶっ殺すぞ」
こうして出来上がった、架空の虎間依姫。
年齢三十五歳、職業は公務員の事務職♡
顔写真は加工しすぎて、もはや原型を留めていない。
目ぇパッチリしすぎだろ。K-popアイドルかよ。
この写真の女と出会えると思って実際に会うのが、顔に引っ掻き傷のある強面の釣り目で身長百八十弱の厳つい女だった時の男の気持ちを考えてみる。
……うん、上手く行く気がしない。
「大丈夫、大丈夫。人間大事なのは外見より中身だから。会えばきっと姫ちゃんの良さを分かってもらえるよ」
卯垣は、やたらと自信満々だった。
「あっ、さっそくデートの申し込み来たよ!今夜だって!姫ちゃん、仕事は僕に任せて行ってきなさい!」
「もう帰るとこだったんだよ。なにが『僕に任せて』だ、馬鹿野郎」
「面白い土産話、いっぱい聞かせてね~?」
「お前、おちょくってんだろ?」
結局、わたしの背中をグイグイ押してくる卯垣に乗せられて勝手に決められたマッチング相手との待ち合わせ場所に連れて行かれた。
仕事着である特殊部隊用戦闘服のまま。肩に狙撃銃を担いだまま。
結果がどうなったかって?
皆まで言わせんな。
翌朝、大爆笑で煽ってきた卯垣に向かって狙撃銃を乱射したせいで、半日オフィスの片付けをする羽目になった。くそったれ。
〈虎間依姫の婚活は続く〉
*この物語は、本編とは一切関係ありません。