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出塞の三部がおわりました。
本当は最終話まで描き切って、ナツガタリに応募しようと思ったのですが、どう考えても文字数が超過してしまうので、ここで一区切りとして3部で一旦完結とさせていただきます。
9日以降、また続きを掲載していこうと思っていますので、読んでいただけたら嬉しいです。
さて、三部までについての小話を少し。
【時代背景について】
あくまで中華ファンタジーなので架空国家・捏造時代ではあるのですが、読んでくださった方はなんとなくお察しかもしれませんね。唐時代の制度なんかを下敷きに、話を考えています。
【緞煌のモデルの話】
緞煌のモデルは、名前から察しのつく方も多いと思いますが、敦煌です。(そのまますぎる・・・)
敦煌は河西回廊の西の端、砂漠の縁のオアシス都市。ここが面白いのは、地図の上では国の果てなのに、交易の上では道の真ん中だという点です。西から駱駝が来て、東へ絹が出ていく。所謂シルクロードの要地です。
特に唐代において、絹とは非常に価値の高い重要な財産だったそうで、都から見れば辺境、隊商から見れば要衝。作中で白明遠が「緞煌は栓ですよ」という台詞がありますが、あれはこの二重性の話をしています。
また、市に九つの言葉が飛び交う描写も、実際の敦煌から出た文書には、漢語のほかにソグド語、チベット語、ウイグル語など、多様な言語が残っています。作中で「九つの言語が~」と表現しているのは、これは異民族の名前の比喩で、あまり用語を増やすと読むときにわかりにくくなるので少数部族や外国の名前はつけず、言語の数で表現してます。
城外の丘の仏窟は、言うまでもなく莫高窟から。旅立つ隊商が祈り、戻った隊商が窟を一つ足す、という設定は創作ですが、広大な砂の海を渡って商売をする人たちにとって、あの土地で祈りと商売は隣り合わせにあったとは思います。
月神祭だけは完全な創作です。独特なお祭りがあったらいいなと。ただ、乾いた土地なので水を大事にするような話にしようかなと。月神祭という名前は、唐時代の辺境詩ではよく月が歌われるので(本当は哀愁や望郷の表現で使われてるんだとは思いますが)その名前にしました。
【節度使という役職の話】
裴崇義が任じられる「節度使」は、唐に実在した役職です。
辺境の防衛のために置かれた地方長官で、特徴は権限の大きさにあります。軍を持ち、民政を執り、税を握る。三つを一人が兼ねる。中央から遠い土地で即断即決するにはこれが合理的で、実際、うまく回っている間は非常にうまく回っていたそうです。
作中の節度使制度は架空のものですが、骨組みはこの唐の制度から借りています。
【白明遠について】
彼は兵法書に口がついたようなおしゃべり軍事思想家という人物像を考えてつくりました。
性格は、有能で、失礼で、変人。身分に関係なく間違いは間違いと言うので、まず妬まれ、次に煙たがられます。ただし本人に悪気はまったくなく、感情表現はむしろ豊かで、喜ぶときは盛大に喜びます。戦の理論を検討するのが趣味で、訊けば頼んだ倍の長さで返ってくる。負けた戦の検討がいちばん楽しそうにやる、という困った趣味です。
武芸はだめで、馬も下手で、行軍は荷駄の車に乗ります。頭の中身以外に、この男を守るものはありません。
【裴崇義について】
裴崇義については、名門の生まれで、律儀で、忠義に篤い人物像を考えていました。おそらく、このような時代では律儀で忠義に篤い人間がいちばん苦しむんじゃないかなと思います。
また、、この男は大事な相手ほど本音が下手です。忠義や大義は堂々と語れるのに、私的な好意になると途端にぶっきらぼうになり、気配りを指摘されると言い訳をしたりします(ツンデレともいう)。私的な好意を恥ずかしいと思っているのか、ただ本人以外は今日もツンデレだなぁと思ってます。
【題名の話】
「出塞」という題は、唐詩から取りました。
王昌齢の「出塞」は、秦時の明月、漢時の関。国境の要塞を出て征く者を歌う、辺塞詩と呼ばれるものです。
辺塞詩では、過酷な国境地帯の自然や、そこで戦う兵士たちの哀歓を詠んだ詩のジャンルではあります。それでも、詩人が歌う果ての孤城の内側には、そこに暮らしている人々の普通の暮らしがあったんじゃないかと思っています。この話の第三部(緞煌編)は、その詩に歌われる辺境の地の暮らしを、生活している人々の側から書こうとしたものでもあります。
17話の題でタイトルの回収をしていますが、このタイトルにしようと思った意図は、もっと先にありますのでよければお付き合いいただけたらと思います。