かつて日本と云う国がまだ幕藩時代であった頃、日本人には独自の史観に文化に風土に心がありました。農民は田を耕し、商人は商いし、武士は地を治め、幕府これらを統べる。このような階級ごとに役割があり、生き様がありました。が、日本が開国し明治維新が興されます。この時代は大変皆が楽天主義でどの階級の人々も等しく国民になっていきました。このことは司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』に朗々と語られています。ヨーロッパに続いて日本にも近代的国家の礎が築かれていきます。憲法が施行され、国会が開設し、産業が興されてアジア第一の国になり、日清戦争、日露戦争に勝利しました。このことはアジア各国に希望になりました。この勝利はただの『戦争』に勝利しただけではないとも云えます。アジア各国の植民地は日本を中心に解放し、独立して肩を取り合うはずでした。しかし、日本は欧米列強の一国として、東南アジアを植民地化し、満州国や朝鮮などの傀儡国を擁立させ、中華民国と対立します。日本には資源がなく、やむを得ない部分もありましたが、敵味方問わず、沢山の犠牲を被りました。その結果、英米と対立して、太平洋戦争が開戦します。先の文章はたった百年の出来事です。現代ではおおよそ人一人の人生分の時間です。たったこの短さで日本は世界を凌駕した零戦や四十六糎の巨砲を九門備えた世界最大の戦艦大和を作り上げました。が、物量も乏しく日本は敗戦を迎えます。多くの御霊が桜花の如く散ってしまいました。八月一五日のニューヨクタイムズの社説に、アメリカは日本のことをこのように記しています。「この醜き姿の化け物を我々は世界の平和のために、二度と生き返らないよう、徹底的に解体しなければならない」と。この文の通り、日本は徹底的に解体されました。教育、文化、言語、史観、神話、漢字、産業、政治、憲法や風習までも当時の日本がかつての日本の国体を取り戻せないようにするためにです。二六〇〇年間、万世一系を維持していた天皇陛下さえも国の象徴という曖昧な定義に位置づけられてしまいました。敗戦国日本はこのようなアメリカの占領下で大和魂が排除された教育を施されてしまいました。私が敬している方のひとりである文豪、三島由紀夫氏は、国家と民族の将来を憂いて、遂には、有志を募り、市ケ谷台の自衛隊の本部に乱入し、隊員たちに決起を促しましたが、かなわずに自決をいたしました。三島氏が案じていたこの国はの未来、懸念のとおりに、心身ともに衰弱の道をたどり、今日の日本国の国体にあります。このままでは日本人は衰弱したまま混乱した世界に投げ出されて慣れないポピュリズムやレイシズムに侵されてしまいます。世界一体の観点から日本も拝受した多様性やグローバリズムは果たして本当に正しいことでしょうか。かつての日本が外国の文化を取り入れた際は切に楽天的でありましたのに如何に今の日本は悲観的すぎるのでしょうか。それは今はなき日本民族の謙虚さや思慮深さを担う大和魂が欠けているからではないでしょうか。