昨晩、半世紀近く謎だったことが、あっさり解けたのでご報告。
きっかけはAIとの何気ない会話。
「1978年ごろに売られていた、単行本サイズで分厚い心霊写真の本って分かりますか?」
そんな曖昧な質問。
覚えているのは、それが小学校3年か4年の頃だったこと。
昭和52年か53年──1977年か1978年ですね。
本屋で見つけて、何気なく買った一冊。
当然、表紙の色も、タイトルも全く覚えていません。
その中に、どうしても忘れられない心霊写真が一枚あったんです。
プールで泳ぐ少年。
その胸元に、別の男の子の苦しそうな顔がハッキリと写っている。
解説には「このプールでは以前、水死した少年がいた」ようなことが書かれていた記憶がありました。
当時の私は、その写真が怖くて仕方がありませんでした。
なのに何度も見てしまう。
それを、何十年経った今でも、鮮明に覚えていたのです。
あのプールの写真、怖かったよなぁ・・・
怪異エピソードを載せながら思い出していたわけです。
で、「50年前のことなんて特定は無理だろう」と思いつつ、聞いてみたわけです。
するとAIは
「それなら、中岡俊哉氏の『続 恐怖の心霊写真集』ではないでしょうか」
即答してきた。
そんな簡単に特定できるの?
どうやらプールの少年、有名な心霊写真だったみたいです。
さらにAIの教えてくれた古本屋のサイトに飛んでみると本の表紙がUPされていて
見た瞬間、思わず声が出ました。
「うわ!これや!!」
表紙に、あの「プールの少年」が載っていたのですよ。
間違いなくその本でした。
それと同時に、小学校の教室の記憶まで戻ってきました。
昼休みになると机の上にその本を置く。
「貸して」
「次、俺」
「その次、俺な」
クラス中が順番待ちになるほどの人気(本が)。
みんな怖い怖いと言いながらページをめくる手は止まらなかった。
あの頃は心霊ブームの真っ只中。
テレビでは『あなたの知らない世界』、書店には心霊写真集。
UFO。
ノストラダムス。
今思えば、世の中全体が「本当にあるかもしれない」という空気に包まれていましたねー
今と決定的に違ったのは「写真」に対する信頼でしょうか。
当時は、写真は事実を写すものでした。
スマートフォンもなければ画像編集ソフトもない。
インターネットもない。
だから写真を見れば、多くの人は「本当に写ったんだ」と思ったんですね。
調べてみると、1970年代でも写真の合成は十分可能だったみたいです。
暗室でネガを重ねる。
二重露光。
現像時のミス。
印刷工程での写り込み。
あるいは偶然できた模様が人の顔に見える「パレイドリア現象」。
今は、そうした説明(フェイク)が有力視されている写真の方が多いですねー
つまり、当時も割と偽物を作りやすかったし、逆にそれを見破ることは今より難しかった。
不思議なのは、そうした事情を知った今でも、あの写真の怖さは少しも薄れないことです。
それは写真だけが理由ではない。
実は、その一枚一枚に、物語が添えられていたのです。
「撮影者は、この後──」
「この場所では数年前──」
「鑑定した霊能者は──」
そんな文章を読んだあとで、写真を見る。
だからただの白黒写真が、現実の出来事の証拠のように思えてしまった。
掲載されていた写真には、今のように高精細なCGや、AI画像はありません。
白黒で、粒子が粗く、何が写っているのかも判然としないものばかり。
だからこそ、見る側の想像力の入り込む余地があった。
見えない部分を、自分の頭の中で補ってしまう。
それが恐怖の本質だったのかもしれません。
結局あのプールの少年は本物だったのか。
合成だったのか。
偶然だったのか。
一つだけ確かなことは、あの表紙を見つけた瞬間、小学校の教室のざわめきまで思い出した。
あの本に綴じられていたのは心霊写真ではなく、「子どもの頃の記憶」だったのかもしれない・・・
なんて格好つけるエピソードでもないっすけどね(´ε` )
『続 恐怖の心霊写真集』(中岡俊哉・編著)
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=437417480