「ノアちゃぁぁぁん! アイスティーと世界樹タルト、3卓と5卓にお願いっす!」
「は、はいっ! すぐ持っていきます……っ!」
大蒼樹祭初日。
支援科2年Dクラスの教室――カフェ『風の止まり木』の熱気は、留まるどころか勢いを増す一方だった。
大精霊様特製の、濃紺と白のシルクに翡翠色の大きなリボンが揺れるメイド服。ハーフツインに結んだ銀髪を揺らしながら、ノアはお盆を胸の高さで抱かえ、フロアをパタパタと小走りで駆け回っていた。
だが、普段の授業では戦闘訓練ではなく支援術ばかりしているノアにとって、満席のフロアを縫うように歩くのは至難の業だ。
(うぅ……足元がスースーして落ち着かないし、みんなの視線が痛いよぉ……!)
大樹の加護を帯びたスカートはふわりと軽く、歩くたびに繊細なレースが燐光を散らす。
そのたびに、席についている男子生徒や他校の探索者たちから「ふぐっ」「尊い……」「生きててよかった……」と呻き声が漏れ聞こえてくる。
「お待たせいたしました、ご注文のアイスティーです……っ」
テーブルにおずおずとグラスを置いたノアは、厨房の暖簾からギロッと覗くプロデューサー・早坂リノの鋭い視線に気づいた。
(ノ・ア・ちゃ・ん! “お約束”忘れてるっすよ!)
リノが無言の口パクとジェスチャーで、両手でハートを作るポーズを猛烈にアピールしてくる。
(うぅ……やっぱりやらないとダメなんだ……)
ノアは耳元まで真っ赤に染め上げ、ぎゅっとエプロンを握りしめると、小さな両手で控えめにハートの形を作った。
「お、おいしくなぁれ……の、魔法……かけておきました、ご主人様……っ」
「「「ぐはあああああっっっ!!!!」」」
ドシャァン! と椅子から転げ落ちる屈強な探索者たち。
「おいチェキ! チェキ券はどこだ!!」「チップ! チップを弾ませろ!」とテーブルが激震し、ノアは目を白黒させてオロオロと後ずさる。
「ひゃぅっ!? だ、大丈夫ですか!? 怪我はないですか……!?」
「ノアちゃん、下がって! お客様、落ち着いてくださいっす! ノアちゃんの過剰摂取による急性尊死は自己責任っすよー!」
厨房から飛び出してきたリノが手慣れた様子で客を制止し、他のクラスメイトたちもテキパキと氷水を差し入れる。
最初は「側溝掃除を回避したい」という一心で決まったやっつけ企画だったはずなのに、いざ始まってみればDクラスの連帯感は凄まじかった。
「おい、2番テーブル片付け終わったぞ!」
「あっちの追加注文入った! 紅茶急いで!」
「ノアちゃんに無理させんなよ! うちの看板娘が倒れたらこの店はおしまいだぞ!」
普段は無気力でマイペースな落ちこぼれ揃いのDクラスが、ノアのメイド服ひとつで完璧なワンチームと化している。
そんなクラスメイトたちの頼もしい(?)背中を見つめ、ノアはちょっぴり胸を温かくしながら、厨房の隅へと戻った。
「ふぅ……みんな、すごく頑張ってくれてるなぁ……」
ひと息つこうと、洗い場の横に置かれたトレイへ手を伸ばした瞬間。
キュッ、とエプロンの後ろのリボンが何かに引っかかった。
「……あれ?」
振り返ると、厨房と客席を仕切るパーテーションの金具に、大精霊様が丹精込めて結んでくれた特大の翡翠色リボンがガッチリと挟まっていた。
「う、嘘……取れない……?」
引っ張ってみるが、布地が頑丈すぎるのと結び目が複雑なせいで、引けば引くほど固く締まってしまう。
前にも後ろにも動けず、ノアは金具に縫い止められた格好になってしまった。
「リ、リノちゃん……? 誰か……」
助けを呼ぼうと顔を上げたが、リノもクラスメイトも次々と押し寄せる注文の対応で完全に戦場モードに入っており、誰もノアの異変に気づいていない。
下手に大声を上げて余計な注目を集めてしまえば、また客席がパニックになってしまう。
(ど、どうしよう……! 微弱な風カッターで金具だけ外す……? ううん、大精霊様が作ってくれた大事な衣装に傷がついたら大変だし……!)
両手をお尻の後ろに回し、金具とリボンを必死に外そうと、もぞもぞと小刻みに身悶えするノア。
ハーフツインの銀髪が揺れ、困り眉をハの字にして涙目になりながら、ひとり背中側でじたばたと格闘する。
その姿は、まるで家具の隙間に挟まってジタバタしている白い仔猫そのものだった。
『……ぷっ。あはははは! ちょっとノアっち、何やってんのさー!』
脳内で雷の精霊フルグルがお腹を抱えて爆笑の声を響かせる。
『ウチの電撃で金具ごと消し炭にしてあげよっか!?』
(ダメに決まってるでしょ! 大惨事になっちゃうよ……!)
「……何をもぞもぞやってんだ、お前は」
低く呆れたような声が、すぐ頭上から降ってきた。
「ふぇ……? せ、先生……!?」
見上げると、いつの間にか廊下から入ってきた鳴神冴香が、缶コーヒーを片手に立っていた。
白衣のポケットに手を突っ込み、半目で金具に引っかかっているノアを見下ろしている。
「……教室の外まで行列が伸びてて入れんと思ったら、看板娘がパーテーションに捕獲されてどうする」
「うぅ……金具にリボンが挟まっちゃって、取れなくなっちゃって……」
「ったく、世話の焼ける看板娘様だ」
冴香はふっと苦笑すると、缶コーヒーを棚に置き、器用な手つきで金具の隙間からリボンをスルスルと外してくれた。
「ほら、取れたぞ」
「あ……っ、ありがとうございます、先生!」
解放されたノアは、ぺこりと頭を下げて安堵の息を吐いた。
冴香はポンとノアの頭に手を乗せ、ハーフツインの髪を軽く撫でる。
「外の見回りついでに様子を見に来たが……悪くない盛況ぶりだな。Dクラスの連中がここまで生き生きと働いてる姿なんざ、初めて見たよ」
「えへへ……みんな、すごく張り切ってくれてて。僕は迷惑ばっかりかけてる気がしますけど……」
「バカ言え。お前が真ん中で一生懸命やってるから、あいつらも乗せられてんだよ」
冴香はニッと口角を上げると、ポケットから小銭を取り出し、教卓の上にカランと置いた。
「ま、私もサボりの口実に一杯もらっていくか。アイスコーヒーを頼むぞ、メイドさん」
「はいっ! すぐにお持ちしますね!」
満面の笑みで頷いたノアは、くるりとスカートを翻し、軽やかな足取りで注文の準備へと向かうのだった。