傳田伊史さんの研究をよく知らないが、
和歌山のこの位置にある小川八幡神社に?
大般若経の何百冊もの本が見つかり、
どーやら渡来系が持ち込んだものらしいと。
時期は正式な歴史とズレますよ?
だけどもこれが、善光寺縁起の仏教伝来のホントのルート、歴史であり?
ここから奈良の欽明天皇の宮に入りお許しが出たから信濃路へ?
長野市芋井に善光寺を建てたという、、、
それで、それより昔にも、九州で渡来系は上陸してたと。
それを神武天皇の子孫とも呼ぶが?
誰かはわからないが、
善光寺縁起の百済からの一行も神武天皇につなげてしまったと?
だから、河北氏と傳田氏は善光寺系の神武天皇の子孫という謎の分裂?
それとも神武天皇の東征時には一緒だったが、どこかで二手に分かれて?
橿原神宮で即位するデモンストレーション派と、
善光寺創建ミッション派に分かれたとか?
で、傳田氏は諏訪大社に挨拶しに行き?
日本の神さまにへりくだる、、、とか?
