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物語の解剖書を出します。

はい。白川 優雨です。

 以前から考えていた事ではあるのですが
作品の解説もとい、解剖書を書こうと思います。

如何せん、私の作品は
 「じっくりと読み込まなければ、裏筋どころか作品の核すら掴めない物が殆どであるので、作ってみてもいいんじゃないか」
 などと実に有難いアドバイスを友人から頂きましたので、苦肉の策で書きます。



これは私個人の見解ではあるのですが

小説というものは、読んでいく上で様々な思惑が巡り合い、今後の展開や、物語の核心などを
想像し、時には読み返してみたりして、
自分なりの作品の結論に至る。というものだと考えておりました。

その為、物語の設定や登場人物の心境などを筆者本人が断言してしまっては、醍醐味を壊してしまいます。100人が100人同じ小説を読んで寸分違わぬ風景が頭の中に出てくるのであれば、それは小説である必要はなく、漫画やアニメでよいと考えておりまして、読み手によって視点が変わり、受け取る感情が変わり、また、作品の核をそれぞれが彩っていく繊細さこそが、字体である意味なのではないかと、ここまでが私の見解でございます。

 まぁ、そんな講釈を垂れましても無名のuserが何言ってんだと言う話になってしまいますので、私の作品の意図を読者の皆様によく知ってもらい、名前を売るひと手段とする事にしました。

今後投稿していく私の作品の意図を、作品単体や解剖書込みであっても、皆様に汲み取って頂ければ幸いです。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます

1件のコメント

  • 読者は作者以上の作品の理解者だと最近思うようになりました。昔から作家のインタビューを見てなぜこんな人があの作品を書けたのだろうと疑問に思うこと多々ありました。もちろんなかには作品とは別たてでいたく感銘を受ける作家もいます。でも多くの場合は前者のように思えます。作品は発表された瞬間から作者とは別のものとして存在するようになり、読者はそこに現れる文学的空間、時間に浸りそれを感じるのでしょう。だからちょっとした動作一つにも何らかの意味を見出す。その意味が全体に通じていけば作者の意図とは恐らくかなり異なる意味づけがなされるのだと思います。だから作者は作品のことを語りたくないし、語れない。自分以上の理解者が多数いることを知っているからです。
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