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🎀転生JDと新たな秦王朝、第2話 アンヌ、張麗華の秘密を明かす

第1話と第2話を全文掲載してみる。

🎀転生JDと新たな秦王朝、https://x.gd/Zwr9K
 咸陽編 完結
 第9話 妊娠した張麗華
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 項羽死闘編
 秦末漢初の編年史:始皇帝の死から紀元前205年まで
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 第1話 張麗華の艶やかな入室
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 第2話 アンヌ、張麗華の秘密を明かす
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第1話 張麗華の艶やかな入室

【紀元前205年1月、咸陽】

 張麗華が女児を出産して半年が経った。安女(アンヌ)は韓信と張麗華の娘の名前は韓麗信と名付けた。韓は父韓信の姓を継ぎ、麗は母張麗華の『麗』から、美貌と妖艶さを表し、張麗華の貴公子風の容姿を継ぎ、信は父韓信の名前からとった。

 韓信の家の者たちには、韓信様の遠縁の家の女児ということになっていた。遠縁の家の父母共々亡くなり身の拠り所がなくなって、韓信様が引き取ったということを家の中でも外でも公にしていた。

 韓麗信の母親が張麗華であることを知っているのは、安女(アンヌ)の部下の羌族の女たちだけだった。彼女たちに張麗華の出産を手伝わせたので、安女(アンヌ)は張麗華の女である秘密を明かしたのだった。だが、韓麗信の父親が韓信であることを羌族の女たちも知らなかった。

 安女(アンヌ)は、出生後半年のお祝い、と勝手に決め込んで、韓麗信のお披露目をしようと決めていた。儒教の『礼記』内則篇にも秦の法にもそんなお祝いはなかったが、儒教のしきたりや法の決まりなど安女(アンヌ)は無視した。

 紀元前205年1月の咸陽は慌ただしかった。項羽の諸侯に下した分封は不公平極まりなく、旧秦の降将を優遇し、滅秦の功臣を冷遇したことで、諸侯の不満は鬱積していた。そこに項羽による義帝殺害(紀元前206年、10月)の報が加わって、天下は騒然としていた。韓信は漢中じゅうを駆け回り、項羽に対する戦争準備に明け暮れていた。

 忙しい中で、韓信はしばしば蕭何への報告という名目で、一緒に行動している副官の張麗華を毎月咸陽に派遣していた。もちろん、それは名目で、張麗華が韓麗信に会えるようにという計らいであった。

 出生後半年のお祝いの席に韓信は韓信宅に不在であったが、張麗華は招かれていた。お祝いは安女(アンヌ)の閨房の奥深くの一室で執り行われることになっていた。

 出席者は内祝いということで、内々に、第一夫人の秦瑛、第二夫人の盧氏瑛を呼んでいた。彼女たちの侍女は、安女(アンヌ)の思惑で遠慮させた。

 それに、秘密だが、母親である張麗華はもちろんのこと、第三夫人ということになっているが、実質上の韓信家の実力者の安女(アンヌ)の四人とお祝いの配膳などを司る羌族の女五人の合計九人である。羌族の女五人は、張麗華が実は女性であることを知っているが、秦瑛と盧氏瑛は知らない。

 秦瑛と盧氏瑛からは、お祝いの引き出物が届いていた。 紅蛋(赤く染めた卵、生命力の象徴)、粟や黍の餅、絹布、小さな銅鏡や玉佩(ぎょくはい、腰に帯びた玉製の装身具で長寿祈願)などの色とりどりの品が上座に並べられていた。

 安女(アンヌ)は、祝いの席の食事として、黍粥、羊肉煮込み、野菜和え、鶏と魚の蒸し物、粟飯と葡萄酒を準備していた。妊娠中の盧氏瑛にはいっぱい食べてもらおうと安女(アンヌ)は考えていた。

 お祝いの引き出物を眺めていると、張麗華が息せき切って甲冑姿で現れた。蕭何への報告を終えて急いで来たのに違いない。さて、甲冑姿もねえ、お祝いの席では……と安女(アンヌ)はニヤッと笑った。

「安女(アンヌ)殿、娘は?韓麗信は?」
「韓麗信は奥の部屋で侍女に着替えさせていますよ」
「そうか、かたじけない」と奥の部屋に行こうとする張麗華を呼び止めた。
「張麗華様、あなたもお着替えするのですよ」
「私は着替えを持っておらんぞ?」

「私が準備しておきました。今日は内祝いですので、出席者は、秦瑛様と盧氏瑛様、私と羌族の侍女五人です」
「内祝いだからな。韓信殿は忙しいので残念だ。韓信殿がおられないから、安女(アンヌ)殿が韓麗信を抱いてお披露目されるんですな?」
「何をおっしゃいます。母親がおられるでしょう?母親が娘をお披露目させずしてなんとします?」

「安女(アンヌ)殿、私が女であることも韓麗信が私の娘であることも羌族の五人以外には秘密ではないか?韓麗信は韓信殿の遠縁の娘になっているではないか?」
「今はそうですが、いつまで、秦瑛様と盧氏瑛様にそれを秘密にいたしますの?韓麗信がいつまでも韓信様の遠縁の娘では不憫でありましょう?」

「そうは言っても……」
「張麗華様、私もあなたも韓信様に抱かれた身、韓信様の女でございますよ。秦瑛様と盧氏瑛様も同じく、韓信様の女でございます。少なくともこの四人は韓信様にとって信頼できる四人です。秘密があってはなりません。今晩は、張麗華様には女装をしていただきます。女装というよりも本来の姿になっていただきます、その準備はしてあります」
「いや、しかし、それは……」
「もうすぐ、秦瑛様と盧氏瑛様が参ります。武人らしく覚悟をお決めあそばせ」

 安女(アンヌ)はパンパンと手を叩くと、羌族の女を呼んで、ぐずつく張麗華を奥の間に連れていかせた。張麗華は男の心理の時は武人として毅然たる態度だけど、女になるとダメンズだわよね、と安女(アンヌ)は思った。

 十数分経って、廊下から華やいだ声が聞こえてきた。秦瑛と盧氏瑛だ。後宮の后たる二人だが、仲はすこぶる良いようだ。後宮にある嫉妬や怨嗟もない。韓信の子を妊娠した盧氏瑛に対して、秦瑛は自分が妊娠したかのように何くれと世話を焼いているようだ。

 帷幕が優しく開かれ、二人が安女(アンヌ)の閨房に足を踏み入れた。

 まず入ってきたのは秦瑛だった。彼女は淡い桃色の絹袍を纏い、裾に金糸で鳳凰の刺繍が施され、秦の宮廷を思わせる華やかさがあった。袍の下からは薄い紅の襦裙が覗き、腰には翡翠の帯締めが輝き、歩くたびに軽やかに揺れる。髪は高く結い上げられ、玉の簪と金の歩揺が朝の光を反射してきらめき、頰には薄い紅を差し、唇は朱を塗って艶やかだった。

 18歳の若さが満ち、初夜を過ぎたばかりの体は柔らかく輝き、歩みは優雅で、まるで阿房宮の姫が蘇ったようだった。彼女の目は好奇心に満ち、笑みを浮かべて部屋を見回し、「今日はおめでたい日ですわね」と明るく声を上げた。

 次に盧氏瑛が入ってきた。妊娠五ヶ月ほどの腹を優しく包むように、淡い青の絹袍を纏い、裾はゆったりと広がっていた。袍には銀糸で蘭の花が刺繍され、穏やかな気品を湛えていた。髪はゆるく結い下げられ、シンプルな玉の簪が控えめに光り、頰は自然な紅潮を帯び、妊娠の喜びが体全体に満ちていた。歩みはゆっくりと慎重で、腹を気遣うように手を添えながらも、顔には満面の笑みが浮かび、「おめでとうございますわ、安女(アンヌ)様」と明るく声をかけ、二人の絆を感じさせる温かさがあった。

 二人は手を取り合い、互いの衣装を褒め合いながら部屋に入り、安女(アンヌ)の前に並んだ。秦瑛の華やかな桃色と盧氏瑛の穏やかな青が部屋を明るく染め、妊娠の喜びと初夜の余韻が混ざり、後宮に珍しい和やかな空気を生んだ。

 二人は目を輝かせ、韓麗信の姿を探すように部屋の中をキョロキョロと見回した。

「お二人共、よくお越しくださいました」と安女(アンヌ)は秦瑛と盧氏瑛に拝跪した。二人も慌てて安女(アンヌ)に拝跪する。第一、第二夫人とは言え、安女(アンヌ)はこの家の屋台骨なのだ。それに二人は秦瑛の一つ上、盧氏瑛と同い年の19歳とはいえ、年齢にふさわしくない経験の重さを感じていた。

 それは確かにそうなのだ。曽根崎アンヌ(20歳)が紀元前207年に17歳の張蓉(ちょうよう)に転生してから既に二年経っていた。この過酷な古代中華世界で、アンヌが生き延びてきたこの二年間の経験は、アンヌを大人に成長させていた。それも普通の転生者の経験ではなかった。同じ転生者の斉藤和子と佐藤恵子を内に蔵した呂雉と宦官の|芮晨《ぜいしん》と張り合ってきたからだった

「あら、安女(アンヌ)様、今日は長崎弁(調の中国語)の蜀の訛りでお話なさいまへんの?」と秦瑛が目をグルグル回してイタヅラっぽくに問いかけた。落ち着いた盧氏瑛と違い、彼女は少し我儘なワンパク姫なのだ。ただ、初夜を過ぎてからは多少は落ち着いたようだ。
「今日は正式の場でござりますれば、標準語でお話させて下さい」
「あらあら、標準語って変な言葉ですわね。標準語とは、本来、ここ咸陽、長安、洛陽の王朝の言葉なのに、標準語ってさらに東の中原の言葉やおへんやろか。京都弁(調の中国語)の漢中の訛りが標準語であるはずどすのに……」

「結局、どこの出身の者が天下を中華を統一したか、ということで、標準語が決まるんでしょうね」と安女(アンヌ)。秦瑛は、自分の秦の王朝が滅びているのに今更ながら思い当たって少し暗い顔をした。

 安女(アンヌ)は続けて、「でも、秦瑛様、あなたが子を宿され男子であれば、その子は、始皇帝嬴政様の異母妹の子。秦朝を継ぐものになりますよ。盧氏瑛様も同じです。お腹の子が男子なら、それは嬴政様の従姉妹の娘の子でございますよ」
「安女(アンヌ)様、おたわむれを。既に秦朝は滅びております。その再興などありえないこと……」
「さて、どうでしょうか?歴史はどう動くのかわかりませんよ……さて、韓麗信の準備もできたでしょう」と安女(アンヌ)はパンパンと手を打って合図した。

 奥の帷幕が静かに開かれ、羌族の侍女月葵と風雀に両脇を支えられるようにして、艶やかな秦朝の朝廷の后の衣装を纏った張麗華が韓麗信を抱いて入室してきた。

 張麗華の姿はまるで阿房宮の深奥から蘇った后妃のようだった。

 彼女は秦の貴族后妃の正装である深紅の曲裾袍を纏い、裾は長く引きずられ、十二単のように重なり合う絹層が歩くたびに優雅に波打つ。袍の生地は最上級の蜀錦で、緋色の地に金糸で雲気と鳳凰が刺繍され、光を受けて妖しく輝いていた。

 袍の下からは黒の襦裙が覗き、腰には翡翠の帯締めと玉佩が下げられ、歩揺の金の飾りが髪の動きに合わせて軽やかに揺れている。髪は高く結い上げられ、鳳凰の簪と珠玉の飾りが散りばめられ、頰には薄い紅を差し、唇は朱を塗って艶やかだった。普段の男装の凛とした武人姿とは打って変わり、女の本性を露わにしたその容姿は、息を呑むほどの美しさと妖艶さを放っていた。

 張麗華は両腕に柔らかな絹の布に包まれた韓麗信を抱き、ゆっくりと部屋の中央へ進んだ。半年の赤児は目をぱっちりと開き、母の胸に寄り添うように眠っていた。羌族の侍女二人は張麗華の袍の裾を優しく持ち上げ、歩みを助け、彼女の入室を荘厳に演出した。

 部屋に満ちていた和やかな空気が、一瞬静まり返った。秦瑛は目を丸くし、息を呑んでその姿を見つめた。盧氏瑛は妊娠の腹を押さえながら目を見開いた。

 安女(アンヌ)は満足げに微笑んだ。

第2話 アンヌ、張麗華の秘密を明かす

【紀元前205年1月、咸陽】

 秦瑛は、韓麗信を抱いて入室してきた見知らぬ女官に驚くあまり声がでなかった。彼女は絶世の美少女。盧氏瑛も安女(アンヌ)も美しい容姿だ。しかし、彼女らは18歳、19歳のまだ成熟しきっていないあどけない美しさを残していた。だが、この女官の美しさは限度を外れている。成熟した女性が持つオーラが内から滲み出ている。

 盧氏瑛はまだ落ち着いていた。安女(アンヌ)に「あのぉ、この女官の方はどちら様どすか?どこかで見たことがあるような、ないような……」と安女(アンヌ)に耳打ちした。
「あら、盧氏瑛様、もっとお近くでお顔を拝見されては?」とすっとぼけて答えた。

 羌族の侍女月葵と風雀が張麗華が座れるようにと長椅子を勧め、彼女を座らせた。盧氏瑛はにじり寄って張麗華に近づき、彼女の顔を見上げた。羌族の侍女たちが腕によりをかけて張麗華に化粧を施したので、いつもスッピンでも美しい彼女が超絶な美貌を持って輝いていた。

「お美しい……あら?……まさか……ちょ、張麗華将軍?!」盧氏瑛は驚いて仰け反ってしまった。
 それまで驚きのあまり沈黙していた秦瑛も近づいて女官の顔を見た。「え?え?え?た、確かに、貴方様は張麗華将軍どすえ!」

「おふた方、当たりですわ。この方は張麗華将軍です」と安女(アンヌ)がニタニタして二人に言う。
「安女(アンヌ)様、張麗華将軍、ご冗談がお好きですわね……私と盧氏瑛を驚かそうと思って、まったく!しかし、まあ、普段の甲冑姿でもお美しいのに、秦の貴族后妃の正装を着られて、化粧を施されて……女装をされると張麗華様の美貌が一段と……」と秦瑛が腕組みして感心している。

「秦瑛様、女装は男性が女性の着物を着ることでございますよ。普段の甲冑のお姿は、将軍が男装をされているということ。このお姿は、女装ではなく、本来の女性の格好をされているということでございます」と安女(アンヌ)が前置きもなくサラッと張麗華の秘密をバラしてしまった。

 今度は秦瑛が驚いて仰け反ってしまった。「安女(アンヌ)様、ちょ、ちょっとお待ちを!え~っと、え~っと、張麗華将軍が女性と今おっしゃいましたの?」
「ええ、そう申しましたが?」とシレッとして安女(アンヌ)。

 張麗華は、慣れない女装姿で秦の貴族后妃の正装を着せられ、化粧をされて、壊れそうな生後六ヶ月の韓麗信を抱いているのだ。落ち着かないことこの上なかった。それで、盧氏瑛と秦瑛に顔をシゲシゲと覗かれて、恥ずかしいやらいたたまれないやら。

 さらに、安女(アンヌ)の野郎がシレッと私の秘密をバラしやがる。ファウンデーションが浮いてしまうほどの滝汗が出た。秦瑛と盧氏瑛に何か言おうと思うが、女性であることを隠していた言い訳をすればいいやら、何を話していいのかまったく思い浮かばなかった。顔が強張ったまま正面を向いているしかなかった。

「まあ、まあ、張麗華様は韓信様をいつもお守りくださる副官ですわ。女性であろうと男性であろうと我が家の大事な客人であることに変わりありませんわ」と秦瑛がなんとか言葉を絞り出した。「さぁさぁ、張麗華様、赤ん坊を抱いているのも慣れないでしょう。私にも韓麗信を抱かせてくださりませんか?」と自分だって赤ん坊を抱くのは慣れてないだろ?と安女(アンヌ)は思った。

「秦瑛様、母親から娘を取り上げてはいけませんよ」とまたまた安女(アンヌ)がシレッと言う。ますます滝汗が流れる張麗華。

「はぁっ?!?!」と盧氏瑛。
「はぁっ?!?!?!?!」と秦瑛。

「ですから、母親である張麗華様から娘の韓麗信を取り上げてはいけませんったら。麗華のお披露目なんですから」

「……安女(アンヌ)様、今、母親と言われましたの?」
「そうです。張麗華様は韓麗信産みの母でございます」

「はぁっ?!?!」と盧氏瑛。
「はぁっ?!?!?!?!」と秦瑛。

 いやいや、21世紀のマンガでも、これだけ美少女が仰け反ってあっけにとられるコミカライズされた光景を実物でみたことがないわ、と安女(アンヌ)は思った。

 衝撃的な話しをされて、秦瑛よりも冷静な盧氏瑛が、「え~、え~、つまり、張麗華様は韓麗信をお産みにならはった……韓麗信は韓信様の遠縁の子と言われていた……韓・麗・信……韓・麗・信……韓は我が家の苗字……麗は張麗華様のお名前からとった……では、信は?信は?信は?」と聡く推測した。
「盧氏瑛様、ご明察です!父親は、私たちの旦那様、韓信様でございます」この話には、秦瑛と盧氏瑛だけではなく、傍に控えていた羌族の女たち五人も驚いたのだった。

 張麗華が「もう、ダメ!こりゃ、イカン。これ以上は耐えられない……月葵、韓麗信をお願い」と赤ん坊を月葵に渡して、彼女は腰を抜かしているふたりの前の床にどかっとアグラをかいて座った。
「いや、これはなんと言ったら良いのか……秦瑛殿、盧氏瑛殿、あなた方の旦那に抱かれてしまって、ひと夜の間違いで子供ができてしまって……」といつもの毅然とした張麗華とはまったく違ってシドロモドロで話した。

 安女(アンヌ)が「張麗華殿、ウソおっしゃい。なぁにが、『ひと夜の間違い』ですか!あなた様は、男をお嫌いになっとりますけど、韓信様は別、あなた様は韓信様を長年慕っとったじゃありませんか。最初の夜から、あなたと韓信様と私でアンアン、アンアンなされてたじゃありませんか!」とピシャっと言った。(妊娠した張麗華、https://x.gd/63X1M)真っ赤になる張麗華。

 秦瑛が正気に戻って、「つまり、張麗華様は私と盧氏瑛を差し置いて……」と張麗華を睨んだ。
「秦瑛様、張麗華様の最初の晩はですね、盧氏瑛様もこの家にこられる前のことですから、おふた方を差し置いてというのは間違いですよ」と安女(アンヌ)。

「しかし!しかし!しかし!てっきり男やと思っていた旦那様の副官が実は女で、私たちよりも先に旦那様のお子をお産みになって、それで、それで、それで、私の韓信様への想いを伝えさせようとここに送った私の侍女の盧氏瑛が妊娠してはって!それで、それで、それで、私はまだお子を授かってなくって……く、悔しい!悔しい!悔しいわ!」盛大に歯噛みをして悔しがる秦瑛。まあ、第一夫人の心境としてはそうなるよねえ、と思う安女(アンヌ)。

「まあ、まあ、秦瑛様、私だってまだお子を授かってないですよ。これから頑張ればいいじゃないですか。誰が先とかじゃなくて、みんなに子が産まれたら、それは、韓信の家の子供なんですから」

「だって、だって、だって、く、悔しいんですわ!悔しいのどすえ!盧氏瑛!わかってくれはりますやろ?わかってくださいまし!」と秦瑛が盧氏瑛の着物の袖を掴んで裾をグチャグチャと噛みながら、「それもどすえ、それも、それも、それも、安女(アンヌ)様とか盧氏瑛やったらええんですけど。私と似たような年齢の19歳どすもん。他の若い侍女たちだって、ええんですわ!それが、それが、それが、こんな、こんな、こんな、…………成熟した大人の超絶美人が相手どすえ!うぇぇぇぇぇぇぇぇ~ん」と泣き崩れてしまった。やれやれ、と安女(アンヌ)は思った。

 安女(アンヌ)と盧氏瑛が秦瑛を抱いて、頭をポンポンして彼女の鎮めようとした。「秦瑛様は、呂雉殿の後宮に三年いたとは言え、劉邦殿の目に止まらないように漢王府の奥深い離れに幽閉されていましたわね。後宮のドロドロした人間関係をご存じないのは当然です」
「安女(アンヌ)様、わたくしだってガキやおへんわ。秦朝朝廷の後宮のドロドロは話に聞いておりますの」

「話に聞くだけで、身を持って体験したわけじゃないでしょう?でもね、ここはそういった後宮とは違います。跡継ぎ出産レースをしているわけじゃありません。私たち韓信様の女は、この家のことを第一に考えて、誰が正室とか、誰が男子を産むだとかを競争しません。大事なのはこの家の存続なのです」

「安女(アンヌ)様、そんな難しいお話はわたくしにはわかりませんけど……」
「おいおいとわかるようになります。秦瑛様にとっての敵は、盧氏瑛様でもなく、張麗華殿でも私でもなく、呂雉殿なのですから……」

「安女(アンヌ)様、いなことをおっしゃいますわ。呂雉様は主筋の正室、漢の正后陛下にあらせられますのどすえ」と盧氏瑛が反対した。
「主筋の正后陛下であろうとなんであろうと、韓信の家を滅ぼそうと企む人間は私たちの敵です。そう心がけて下さい」
「そう言われましても、私にはサッパリ……」
「なぜなら……なぜなら、呂雉殿は、この世のお人ではないからです……」と安女(アンヌ)はいよいよな最後の秘密を言おうとしていた。

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