作品のタグに「AI直接利用」を入れたので、そのことについて書いておこうと思います。
もともと私は、小説を書くのに生成AIを使っていませんでした。
使ってみようと思った理由の一つは、仕事で生徒と関わっていることです。これから先、生成AIに触れる機会は学校でも仕事でも生活でも増えていくだろうし、生徒に何か聞かれた時に、自分が使ったこともないまま話すのも違うかなと思って使い始めました。
もちろん、自分の頭の中にあるものを、自分の言葉で文章にできるなら、それが一番だと思っています。考えて、書いて、うまくいかなければまた考える。その時間も含めて勉強になると思うので、何でもAIに任せればいいとは思っていません。
ただ、実際に使ってみると便利なのも確かでした。調べ物や相談、考えていることの整理にも使えるし、叩き台を作ることで時間を短縮できることもあります。
その反面、普通に間違えるし、こちらが考えていたものと全然違うものが出てくることもあります。使ってみて一番感じたのは、出てきたものをそのまま使うのではなく、最後は自分で考えて判断しないといけないということでした。
最初は調べ物や相談、文章の確認など、補助として使っていました。
最近は小説でも、自分で構成やキャラクター、その場面で何をしたいのかを考えてから叩き台を出してもらい、そこから自分で直していくような使い方もしています。
そうしていると、AIが出した文章の一部が最終的に残ることもあります。構成やキャラクター、人物がどう判断するのか、出てきた案を使うのか捨てるのか。その辺りは今まで通り自分で決めていますが、ここまでくると補助なのか直接なのか、自分でもだんだん分からなくなってきました。
だったら、どこまでが間接でどこからが直接なのかを毎回考えるのも面倒なので、今後こういう使い方をしている作品は「AI直接利用」でいいかなと思いました。
AIを使った作品は読みたくないという方もいると思います。それはそれでいいと思っています。タグを見て、それぞれで判断してもらえれば大丈夫です。
実際に使ってみて、便利な道具だと思う一方で、任せるものではないとも感じています。これからも、自分で考えて判断することは変えずに、使えるところでは道具として使っていこうと思っています。
それと、AIがあることで小説を書いてみたいと言う生徒も出てきて、自分も書き物を始めた人間として、これは素直に嬉しかったです。自分で書いた文章を整えたり、言い回しを考えたり、分からない言葉を調べたり、そういう使い方もしています。辞書や検索で一つずつ調べるより早いのも確かです。
ただ、AIが出した文章をそのまま確認もせず投稿するのは違うよ、とも話しています。自分で読んで、考えて、本当に自分が書きたかったものになっているかを確認するところまでは、自分でやらないと書く意味がないと思っています。
自分で考えて書くことは大切だけど、書いてみようと思うきっかけになったり、自分で書いたものを少し良くするための道具になったりする。実際に使ってみて、AIにはそういう良さもあるんだなと思っています。手間も時間もかかりますが、それでも自分の頭の中にある世界を形にする助けになるなら、うまく使っていければいいと思っています。
自分で全部書く回もある。叩き台をかなり直す回もある。出した文がそのまま残る回もある。一文ずつ一緒にコネる回もある。
AIをどれくらい使ってるとか、正直めんどくさい。使ってるから直接。以上。