「公園通り」が、まだ「区役所通り」だったころ
『渋谷レミニセンス』の舞台は1970年です。
今では渋谷を代表する通りの一つである「公園通り」も、ヨッシャたちの時代には、まだ「区役所通り」と呼ばれていました。
現在の神南一丁目交差点付近から渋谷区役所へ向かって上っていく坂道です。当時はまだPARCOもありません。現在のようなファッションと若者文化の街というより、喫茶店などが点在する、ずっと静かな通りだったようです。実際、1970~71年に撮影された写真を見ると、今の公園通りとはかなり印象が違います。
ただし、新しい文化の芽はすでに生まれていました。
1969年、区役所通りに面した東京山手教会の地下に、小劇場「渋谷ジァン・ジァン」が開場しています。PARCOより4年も早いことになります。
『渋谷レミニセンス』の冒頭に「パルコはまだ生まれていなかった」
「公園通りにはジァン・ジァン等、少しずつ若者文化が芽吹き始めていた」
と書いたのは、そんな時代の渋谷をイメージしたものです。
そして1972年、翌年に開業する渋谷PARCOをきっかけに、区役所通りは「公園通り」と命名されました。「PARCO」がイタリア語で「公園」を意味すること、そしてこの坂が代々木公園へ通じていることが名前の由来です。渋谷区の公式説明でもこの経緯が紹介されています。
1973年にはPARCOが開業し、この坂はファッションや演劇など、新しい若者文化を発信する場所へと大きく変わっていきます。
先日、久しぶりにこの辺りを歩きました。
ジァン・ジァンは2000年に幕を閉じましたが、舞台があった東京山手教会の建物は今も公園通りに残っています。
そして、この通りにはもう一つ、ボクにとって忘れられない店がありました。
コロンバン渋谷店です。
渋谷公会堂の向かい側にあったコロンバンは、第4話にも登場します。家族で昼食を食べに出かける場面を書きながら、子どものころに見た店内や、公会堂周辺の景色を思い出しました。
そのコロンバンも今はありません。かつて店があったあたりの風景もすっかり変わり、現在は公衆トイレやハチ公バスの停留所がある場所になっています。
ジァン・ジァンがなくなっても、東京山手教会は残っている。
コロンバンがなくなった場所には、まったく違う街の風景がある。
1970年から半世紀以上。建物が残る場所もあれば、跡形もなく姿を変えた場所もあります。
でも、街を歩いていると、ときどき昔の渋谷が今の渋谷の下から顔を出す。
そんな記憶をたどりながら、ヨッシャたちの1970年を書いています。
「東京山手教会 撮影:Rs1421 / CC BY-SA 3.0」