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「秀吉は本当に天才だったのか?」

この視点をもとに描いたのが『施薬院聞書・太閤記』です。

この作品では、実際の秀吉の書状を解釈して、等身大の秀吉を浮かび上がらせることに注力しています。


秀吉と言えば、多くの歴史小説において、その天才性が強調されています。もちろん、氏素性の知れない人物が天下を獲ったという結果から、その天才性は疑いないとは思いますが、どうも結果から秀吉を見すぎているように私は感じていました。
本当に、秀吉は天才だったのか、それを実際の秀吉の書状をとおして、この小説で表現したかったのです。
追々、この近況ノートでこの小説の制作の裏側も書いていきたいと思いますが、とりあえず、今日は私が感じている秀吉像を一言述べたいと思います。

私は、秀吉という人物は、細部にまで気を配り、それを確実に実行し続けることができたことに特異性があると思っています。
実際の秀吉の書状を読んでみると、歴史小説で描かれているようなヒロイックな行動はあまり見られません。それよりも、硫黄や硝石を商人から買い付けたとか、家臣に材木の切り出しを命じたというような、いわゆる事務方の仕事をしっかりこなしている印象が強いです。むしろ、その意味で石田三成のような官僚型の武将が幅を利かせたのだと納得できます。

よくよく考えれば、天下統一など、細かい事務作業の連続です。もし、秀吉に天才性があるとすれば、その事務作業を飽くことなく指示し続けたことにあるのではないかと思います。そのような観点でこの小説を読んでいただければ嬉しいです。

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