深い絶望には、浅い希望では太刀打ちできない、けれど浅くない希望なんて本人が見つけるしかない。何が言いたいかといえば、死にたい人になんて言えばいいですか?ということだ。死にたいなら死ねばいいと思うけれど、あなたは幸せになるべきだ、みたいに思うのも事実だ。私心のなかでは幸せになるべき人間が決まっていて、私はその人たちの幸せのために生きている。マゾヒズム的逃避なのかもしれないけれど、愛だと信じてやっている。だから、そういう人から死にたいと言われると思うのだ。幸せになってほしいけれど、それができないのなら、死んで楽になってほしいと。そのまま言ったら死への肯定と受け取られてしまうだろう。ぼかして言えばありきたりな生への肯定だ。そもそも言葉で解決するのなら、死にたくなどなっていない。深い絶望は知っている、この先に求めるものが何もないと知った時の死への渇望を知っている。だからわかる、何か言われた程度で死への行進は止まらない。うるせえ、いいから私のわがままを聞いてくれ、幸せになってほしい。なれるかわからないけれど、途中で諦めるのはやめてくれ。一緒にゴールしようって約束したじゃんか。してないけど。そういうふうに言ったらわかってくれるといいな。わかってくれることはないだろうけど。