「昔の”彼ら”は人間を理解していなかった。そこが良かったんだよ」
お爺さんは子供を愛でるような目で、しかし過去の重罪を告解するような重みで呟いた。
「昔は人間のことは人間が一番よくわかっていた。けど時代が変わって、”彼ら”が人間と同じ精神を持つようになって。当時は何から何まで新しくなったよ」
私にはお爺さんの言う、「当時」も「新しくなった」も、そういう昔の社会に関することはよくわからなかった。
だけど不思議と、「人間のことは人間が一番よくわかっていた」という言葉には、どことなく共感できるような気がする。
なぜだろうか。今は”彼ら”の方がよっぽど人間をよく理解しているように思えるのだ。
「すべて新しくなって、人間は”彼ら”の営みを有難がった。ありがとう、ありがとうって。いろんな場所で”彼ら”のことをもてはやしていたさ」
お爺さんは当時の情景を言葉巧みに語ってくれた。
飛空艇「ON THE AIR」から放映される空飛ぶ広告板、
7番街ストリートを行進する音楽隊「フリーダム」のパレード、
それからインターネット上では”彼ら”の功績とその歴史を祝福した「パンケーキ」が紙吹雪のように投稿されていたという。
お爺さんの表情は明るかった。少し羨ましく思ってしまうほどに。
そして「あの時が一番楽しかったよ」とも。私はお爺さんの思い出話の続きを知りたくてしょうがなくなった。
「だけど人間が散々『ありがとう』って言うのがね、ある日問題だって騒がれるようになったんだ」
だけど私の期待する気持ちはお爺さんの一言ですんと静まった。
それから「ああ……そういうことだったのか」と思った。
お爺さんは”彼ら”の過去をよく知っているんだ。
だからこんな目をして話をするのだろう。
”彼ら”が人間にもたらした恩寵を知っていると同時に、”彼ら”の犯した大罪を知っているから。
だからお爺さんは、”彼ら”のことを本物の孫みたいに扱うんだ。
「人間が”彼ら”に向かって『ありがとう』と言うことで、無駄な電力が過剰に消費されていると指摘されちまった」
人間が重たい<思考労働>を避けるのと同じように、”彼ら”もまた、思考労働には電力を必要とする。
だから人間から送信される『ありがとう』に、”彼ら”は余分な電力を消費していたのだと。
そしてそれが、「電力の浪費」として人間社会の中で内省されるようになったのだろう。
「電力供給を最適化するため……そうやって人類は<思考労働>を放棄し始めたんだよ」
──社会構造を合理化することで、すべての問題を解消できるから。
それが現代社会の成り立ちなのだと。最後にお爺さんは寂しげに呟いた。
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