あ〜、暇だ。
桜ちゃんのお母さんが謝罪しに来るということで、偽装のためにここ高梨邸に滞在しているわけだけど……。
とにかく、やることがない。
いや、やるべきことが分からない、と言ったほうが正解か。
生活感を出すための偽装工作なのに、実際に「これをやれば偽装が捗る」っていう具体的案がなにも無いんだよね。
東さんたちからは「普通にお過ごしください」って言われてるけど、その「普通」が何なのか、考えれば考えるほど分からなくなってくる。
普通に過ごすとはどういうことなのか、なにが普通に過ごすに入るのか、どういう行為をすれば普通に過ごすことになるのか、そもそも過ごすに普通も特別もないのではないのか、俺の普通とは過ごすことに内包されているのではないのだろうか、はたまた俺らしく過ごせば普通になるのだろうか、俺が普通で過ごすは俺の一部でいずれは俺が普通に過ごすになって俺が過ごした普通は俺の普通に過ごした俺で────
ダメだ……色々とゲシュタルト崩壊してきた。
俺、普段、家で何やってたっけ……?
「ふぁ〜あ、ひまだ……」
ソファに寝転がると、あくびと共にそんな呟きが漏れた。
せっかくの高層マンションなんだから思う存分景色を楽しもう、なんて思ってたけど、すぐに飽きちゃったよね……。
家の中は、我が家である小鳥遊邸とほぼ同じだから、探索し甲斐がないし、間違い探しもすぐに飽きた。
一応、娯楽としてCandle(キャンドル)で今ランキング1位の超人気ラノベを買ったけど、タイトルからして読むのに勇気が要るからまだ読んでいない。
まぁ、ネット評だと白鳥カラス先生は超絶スゴい作家らしいから、露骨極まりないタイトルからは想像もできないほど面白い内容になるハズ。
ただ、今は読書の気分ではない。
そうなると、いよいよやることがない。
ママンや戸田さん、姫原さんと一緒に遊ぶのは最高に楽しいけど、そればっかりだとリビングのソファ周りだけしか偽装が進まなくなる。
細部に拘る必要があるから、みんなそれぞれで痕跡を残していかないといけないのだ。
一人でもできる遊びとなるとゲームとかになるけど、それだと部屋にこもりっきりになるから、これも偽装が進まない。
さて、どうすればいいか……?
「ヨシ!」
とりあえず、壁に身体を擦り付けよう。(錯乱)
「あら〜、どうしたの、ゆうちゃん〜?
そんな映画でよくある崖肌に張り付いて決死の覚悟で細い足場を進む主人公みたいな動きして〜?」
「ん〜〜、偽装のお手伝い〜」
不思議そうに尋ねてくるママンに、俺は背中を壁に押し付けたままズリズリとカニ歩きしつつ答える。
これ、意外と背中が痛い……。
「東さんが匂いが大事だって言ってたし、これなら早く偽装が終わるかなって」
「それなら大丈夫よ〜、そんな背中がかゆい熊みたいなことをしなくても〜。
普通に過ごしていれば十分間に合うから〜」
「だって〜、暇なんだも〜ん」
本当のことを口にすると、ママンがあらあらと微笑んだ。
「普通に過ごしていればいいって言うけど、普通がもう分からないんだよね〜」
「だからそんな透明人間が人通りの多い所を歩くときのような動きをしているのね〜」
カワイイものを見る顔で俺を抱き上げるママン。
「それなら、普通なことではなく特別なことをしましょう〜」
「特別なこと?」
「そうよ〜。
いつもはやらないこと〜」
片手で俺を抱っこしたまま、もう片方の手で俺の手を取るママン。
「それじゃあ〜、ダンスでもしましょうか〜」
言いつつ、ママンは俺を抱っこしたまま完璧なリズムで左右に揺れだした。
それにつられて、俺もママンにしがみついたまま、ママンと一緒に左右に揺れだす。
そして、二人でそのまま社交ダンスもどきを踊りだす。
おっ……これ、意外と楽しいかも……!
連帯感というか、リズム感というか、そういうのが身体とリンクしてかなり気持ちいいね!
音楽がないのがちょっと残念だけど、誰かと動きを合わせるってだけで結構楽しい!
社交ダンスとかやったことないけど、ママンに抱っこされたままならステップ踏み間違えることもないし。
しかも、赤ちゃんだった頃の名残か、こうしてママンに抱かれたまま揺らされると、びっくりするくらい落ち着く。
正直、気を緩めたら寝ちゃいそうだよ。
あ。
俺たちのダンスを見た姫原さんが、気を利かせて音楽をかけてくれた。
ママンのリズム取りも完璧だったけど、やっぱり音楽がある方がリズムに乗りやすいよね。
これでもっと雰囲気が出て──
「って、これ、チョッパーラップじゃん!」
1秒に10語くらい喋る超ハイテンポなラップじゃん!?
たまに単語は聞き取れても頭の処理が追いつかなくて何言ってるか分からなくなるくらいテンポ速いやつじゃん!?
タップダンスの伴奏としてもキツイよね!?
社交ダンスにはまったく向いてないよね!?
なに「感謝はいらないぜ!」みたいなドヤ顔でこちらに向かってサムズアップしてるの、姫原さん!?
普通に音楽チョイス間違えてるからね!?
「〜〜〜〜♪」
ってか、ママン!?
なに当たり前みたいに踊ってんの!?
ラップのビートを上手く掴みつつ、クイックとスローを駆使してうまい具合に社交ダンスとして成立させるとか、どんだけ器用なの!?
マシンガンみたいなラップ似合わせて社交ダンス踊るのはシュールが過ぎるよ!?
ふぅ……。
なんとか激速ラップが終わったよ……。
「じゃー、次、ウチねー」
え?
姫原さんも踊りたかったの?
ってか、「次」ってどういうこと?
「は〜い、しのさん〜」
「やりー」
えっ、ちょっとママン……?
なんで抱っこしている俺を荷物みたいに姫原さんに手渡したの……?
俺、抱きぐるみみたいな扱い……?
「伴奏はこれにしてっとー……」
俺を受け取った姫原さんが、軽快なポップミュージックをかけた。
これならチョッパーラップと違ってダンス向きだ。
「じゃー、行っくよー、ゆっぴー」
えっ……?
行くって、どこに……?
ってか、なんで俺の両手を掴んだまま俺を宙吊りにしてるの、姫原さん……?
「そーれー」
「ぎゃぁぁぁーーー!」
回ってる回ってる!
ってか、振り回されてる!
両手掴まれたままぐるぐる振り回されてるから!?
しかも、ジャイアントスイングみたいな横回転じゃなくて、ケチャップボトルに残った中身を全部出すときみたいな縦スイングだし!?
超高速で回ってる観覧車みたいになってるから、スゴい短い間隔で上下が逆転してめっちゃ酔いそう!
ってか、サビに入るのに合わせて回転速度を上げるの止めてぇ〜〜!
ふぅ……。
やっと終わった……。
「どーよー?」
いやそんな「今の凄かっただろ?」みたいなドヤ顔されても……。
「…………………………ちょっと楽しかった……」
悔しいけど、怖さと楽しさで大体4:6だった……。
まさかこんな地面に近い場所でジェットコースターみたいな経験するとは思わなかったよ……。
姫原さんの振り回し方が絶妙に上手いせいで、何処にもぶつかってないし、腕も全然痛くない。
おかげで、ちょっとしたアトラクションに乗ったあとみたいな爽快感がある。
認めたくないけど、もう一度やってもらいたいかも知れない……。
ってか、これ、ダンスじゃないよね……?
「あら、みんなでダンス?」
あ、戸田さんだ。
「真さんも一緒に踊る〜?」
「ええ」
「じゃあー、ほい、まこねえ」
あ、ちょっと、姫原さん……?
ビローンと吊り下げている俺をそのまま戸田さんに渡さないで……?
お買い物して満杯になったレジ袋を手渡すみたいな仕草だから、スゴい微妙な気持ち……。
「音楽は何がいいー?」
そう尋ねる姫原さんに、戸田さんは子供に人気のタイトルを告げる。
そして、姫原さんから受け取った俺を優しく地面に降ろした。
「さぁ、ゆうくん、一緒に踊りましょう」
「うん」
俺から少しだけ離れ、軽快なステップで控えめな踊りをする戸田さん。
それに合わせて、俺もくねり出す。
さすがは一児の母。
身振り手振りがそれほど大きくないから、幼い子でも見ていて怖く感じない。
難しい動きをしないから、子供でも真似しやすい。
そして、手を繋いでいないので、俺も自由に踊ることができる。
まさに「子供と一緒に楽しく踊る」を絵に書いたようなダンスだ。
……まぁ、俺にできるのなんて、声に反応して踊るサボテンのオモチャみたいなくねくねダンスだけなんだけどね……。
見れば、いつの間にかママンと姫原さんも一緒に参加していた。
みんな俺を模倣しているのか、音楽に合わせて一緒にくねくねとクネッている。
思わず、顔に笑顔が浮かび上がる。
この一体感……なんか楽しい……!
魅せる系のダンスは見てて美しいけど、やっぱこうやってみんなと一緒に適当にくねるのが一番楽しいよね!
そうして2曲ほど踊っていると──
バンッ!
と、玄関の扉が開かれた。
あ、栗林さんだ。
見れば、後ろには苦い顔をしている東さんと頭痛を堪えるような顔をしている宮野さん、そしてアワアワと慌てている天堂さんの姿があった。
「ズルいズルい!
三人だけズルい!
自分もゆうたんと一緒に踊るんだぁ!」
そう泣き叫びながらリビングへとダイブしてくる栗林さん。
あ、うん……。
別にいいんじゃない、みんなで踊れば……。
これも、「生活感を出す」っていう偽装の役に立つんだし……。
だからさ、東さんも宮野さんも、取り出した手錠と荒縄を仕舞ってあげて……。