……(ふぅ……)。インクが凍る前に、記しておきましょう。
この子は、私の店『氷晶の止まり木』を訪れたことはありません。私と直接言葉を交わしたこともない、見知らぬ小さな迷子です。
けれど、サーヤたちが届けてくれる日記の文字の隙間から……かすかに、ひどく純粋で冷たい「深い森の匂い」が漂ってくるのです。
【Page.07:クーシェ】
■ 役割
見知らぬ街の酒場でサーヤたちが出会った、小柄な少女。
かつては豪奢な屋敷で庭を整える使用人だったようですが、今は命じられた「役割」をこなすことでしか、自分を保つことができないようです。その命が凍りつく寸前、彼女はサーヤの作る『暴力的なまでに温かいスープ』の熱に縋り付き、命を繋ぎ止めました。
■ 特性:『壊れたオルゴール』
精神がひどく摩耗しており、世界の捉え方が真っ当な日常からズレています。「痛がっているお豆さん」を治そうと息を吹きかけるその純真さは……あまりに無垢で、いびつです。
それはまるで、「エルフ」という枠組みすらも被り物であるかのような、人間とは違う不思議な理(ことわり)で動いているように見えるのです。
■ 宝物:『真鍮の高枝切りバサミ』
自分の背丈ほどもある重いハサミ。彼女にとってそれは魔物を倒す「武器」ではなく、己の存在意義を果たすための「手足」のようなもの。病魔や冷たい不純物を切り落とし、世界を健康な状態に整えようとするための『メス』なのです。
■ 技術:『まなざしの剪定(チョッキン)』
敵の殺気や狂気を、ただ剪定すべき「余計な枝」として捉えます。彼女が無表情のままハサミを鳴らすたび、そこには不快な呪縛や悪意が音もなく切り落とされた、美しい静寂だけが還るのです。
【店主の余白書き】
彼女の擦り切れた服の背中には、見えない「何か」が隠されているような気がしてなりません。
感情が揺れた時にだけ、そこから微かに漏れ出す燐光と、むせ返るような森の匂い。……ええ、まるで、羽を隠した小さな森の妖精のような。
彼女がかつて取り残された凍える庭で、襲い来る『何か』を泣きながら剪定し……どれほどの恐怖から逃げてきたのか、私には知る由もありません。
ただ、冷たい闇の中で同化することを拒絶し、生きるために必死に『泥だらけの太陽の熱』を探し求めたその小さな足跡は……ひどく痛ましく、愛おしいのです。
私の知らない場所で、確かな熱に出会えた小さな庭師さん。
いつか、あなたがこの宿に辿り着くことがあれば。
……その時は、その小さな背中に、世界で一番温かいラベルを貼ってあげましょうね……(ふぅ……)。
忘却を恐れてラベルを貼る私と。
全てを忘れて、ただ一つの役割に縋る彼女。
私たちは、この残酷な世界の「端っこ」で、消えゆく体温を必死に繋ぎ止めようとする……。不器用な共犯者なのかもしれませんね。
▼ 彼女のズレた世界と、無垢なチョッキンを見に行く
(https://kakuyomu.jp/works/822139844773294798)
琥珀 のえる