【入力】
・『村田の刃』とは何か、についての検討
・二次創作/オリジナル創作の差異
・ヒップホップ、ブレイクビーツ、デトロイトテクノにおけるサンプリング文化
・「物語とは何か」をめぐる議論
【発見】
・『村田の刃』は鬼滅の刃の続きを描きたい作品ではない
・村田というキャラクターよりも、「鬼滅の刃」という共有された物語そのものをサンプリングしている
・物語は設定やプロットから演繹されるというより、後からそう説明される現象に近い
・村田、満州、ノモンハン、遊牧民などの断片を接続した時、予想外の物語が発生する
・創作の快楽は説明や主張ではなく、「接続の快楽」に近い
【判断】
・『村田の刃』を「鬼滅二次創作」として説明しすぎない
・キャラクター愛や設定考察より、サンプリングと接続を重視する
・物語論を直接語るのではなく、作品そのものを実験として運用する
・プロモーションも作品解説より「何と何を接続したか」を示す方向で考える
・大規模な読者獲得より、同じ接続に面白さを感じる少数との接続を優先する
【仮説】
・『村田の刃』は鬼滅批評というより、物語そのものに対するサンプリング実験かもしれない
・物語は創作されるというより、接続された翻訳回路の結果として析出する
・主体や人格も、設定によって与えられるのではなく、物語との往還の中で立ち現れる
・「登場人物にも人権がある」という感覚は、主体発生の問題として読み直せる
・物語界隈にも、ヒップホップにおけるブレイクビーツに相当する実践者が存在する可能性
【印象】
・村田を満州へ連れていった瞬間から、すでに作品は始まっていた気がする
・「なぜ村田なのか」を考えていたはずが、「物語とは何か」に移行していた
・キャラクターを作るという感覚より、レコードを掘る感覚に近い
・新しい物語を発明したいわけではなく、既存の断片を繋げた時に発生する現象を見たい
・説明より先にグルーヴがある
【宿題】
・物語をサンプリングとして扱う先行事例の探索
・ヒップホップ/テクノと創作実践の比較検討
・『村田の刃』を構成するサンプル群の整理
・「翻訳回路」という概念の精密化
・同様の感覚で創作している人間を探す