あらすじ
五月、初夏の気配が漂い始めた大学のTCGサークル部室で、カイたちの賑やかな日常が動き出す。
瞳とメロディの対戦中にカイと紗弥が合流し、姉妹喧嘩の件で、紗弥は丁寧に礼を述べる。
カイは感謝の印として手作りクッキーを持参しており、その完成度の高さに一同は驚きつつも和やかな空気になる。
会話は自然とカイの料理スキルや“万能さ”へと広がり、冗談混じりに執事扱いされるが、軽口を交わしながらもそれぞれの距離感が少しずつ縮まっていく。
やがて瞳の提案で、カイが料理を教える流れとなり、紗弥とメロディも参加を希望。
さらに話の流れで、紗弥の家で料理教室を開くことが決定する。
なおメロディは料理そのものというより、紗弥の家でゲームをしたいという目的も含めての参加である。
56.5話 おまけ小説
料理教室の話題で盛り上がり、部室にはいつものような賑やかさが戻っていた。
そのとき、瞳がふと思い出したように手を叩く。
「そうだ。料理教室やるならさ、雰囲気大事しょ」
「雰囲気?」
カイが嫌な予感しかしない顔をする。
「うちのバイト先、イベント用の衣装貸し出しやってんだけどさ……ねぇ、ちょっと着てみない? 絶対似合うって。さやっちのメイド姿、見てみたいんだけど」
「待て」
「メイド服、人数分あるよ」
「あるな!」
メロディの目がきらっと光る。
「メイド服!? 着るネ!? 絶対楽しいヨ!」
紗弥がすっと一歩前に出る。
「……そのようなもの、必要ありませんわ。メイド服なんてきませんから」
きっぱりとした拒否。
揺るぎない声だった。
しかし瞳はニヤッと笑う。
「えー! サヤっちの家でやるんでしょ? なら“おもてなし感”出したほうがよくない?」
「おもてなしってのは気持ちであって、衣装から入るもんじゃないだろ」
「ほらほら、カイっちもさ。どうせ準備するならさ、こういうのも込みで“本気”出しなよ」
「どんな本気だよそれ」
メロディは完全に乗っている。
「やるヨやるヨー! メイドカフェごっこデス!」
「遊び方が急にズレてきてるんだけど」
紗弥は少しだけ沈黙したあと、ため息をひとつ。
「……わたくしの家で、ですのよ?」
「だからこそネ!」
「意味わかりませんわ!」
結局、押し切られる形で話は進んでいく。
カイは頭を抱えながらも、どこか諦めたように笑った。
「……まあ、やるならやるで、ほどほどにな」
瞳が満足そうに親指を立てる。
「決まり。じゃあ当日、衣装持ってくるわ」
メロディーは両手を上げて喜ぶ。
「メイドパーティー楽しみデース!」
紗弥は小さく目を伏せて――
「……カイ君。責任、取ってくださいませね?」
「なんで俺なんだよ」
そう言いながらも、その場の空気はどこか楽しげだった。
カイは薄く息を吐く。
(なんか、どんどん話が変な方向に転がってないか?)
だが同時に、少しだけ思う。
こういう騒がしさも、悪くないなと。
そのとき瞳が、さらっと追い打ちをかける。
「あとさ、カイっちの分は執事服ね。ちゃんと用意して送っとくから」
「は?」
カイが固まり、空気が一瞬止まる。
紗弥も、そこで初めて少しだけ反応する。
「……執事、ですの?」
だがすぐに表情を整え、静かに視線を逸らす。
しかし瞳が一言。
「じゃあカイっち執事でバランス取ればよくない?」
紗弥の動きが止まる。
そして、すっと姿勢を正す。
「……でしたら、わたくしも参加いたしますわ」
「さっきの拒否どこ行った!!」
カイの叫びは、当然のように空気に吸い込まれていった。
誰も拾わない。
その静寂を一瞬でぶち壊すように、メロディが勢いよく手を挙げる。
「ハイハイハーイ!! じゃあメロディ、当日ぜったい一番かわいいメイドになるネ!! そして写真いっぱい撮って、アルバムも作って、永久保存版にするデスーー!!」
紗弥はというと、何事もなかったかのように微笑んでいた。
「ふふ……楽しみですわね」
その笑みは穏やかで、上品で――だからこそ余計に、さっきの手のひら返しの速さを際立たせていた。