https://kakuyomu.jp/works/11054822662270578340/episodes/11054822663027247149
4時間目に体育の授業があることで憂鬱になっていた私に悪魔のようなささやきが3時間目の授業の前になされた。
「ねえ愛佳、4時間目の授業――メイド服に着替えない?」
耳を貸したことを軽く後悔した。私がナメック星人ならば耳をちぎって投げつけたいところである……彼らは口笛が弱点。
後悔の表情があからさまだったのか、それとも海外からやって来た天才お嬢様には人の心を読み取る能力があるのかは分からないけれども、彼女は苦笑いをしながら咳払いをして。
「私の”メイド”になるならば、特権で体育の授業は免除できるわよ」
恐らく「アホなこと言わないの」とツッコミをしようとした北上さん(いつの間にか髪が触れそうなくらい近くに来た)「あ」と漏らした瞬間に口を閉ざした。
自分のメイドになれば体育の授業は免除できるというのは、恐らく全世界どこに出してもアホな発言である、是非にもツッコミを入れて頂きたい。
だけども、私にとって体育の授業というのはサボれるものならばサボりたい鬼門だ。前々まで難題だった「二人組作って~」は北上さんが「私の所有物ですが何か?」と言わんばかりに確保していくのは、まあ懸念が解消されたという事でとやかく言わないけども――
けれど、体育に参加しなくても良いというのは実に甘言だった。
そんな特権がそもそも存在するかについては棚に上げるとしても、オーバーハンドトスをすれば顔にぶつけ、アンダーハンドトスでは胸にボールがぶつかる有様なのだ、北上さんがパスでそこを狙っている説があるけれども、試合形式ではちゃんと私というお荷物をカバーしてくれているのでセーフ。
「……それは役まわりとして、甲斐原さんと同じになるって事ですよね?」
教卓の間近という拷問みたいな席で主人よりも意気揚々と授業に取り組んでいるメイドさんは、休み時間には主人そっちのけでクラスメートと歓談に励み、その主人よりも親しみを込められている。
授業中に誰も手が上がらなかったときにキレイに垂直に手を上げたのもよかったのかもしれない、間違ってたけど(その後ヴィルへルミーナさんが正答した)
「ええ”メイド服”を着て佇むだけ、たまに応援してくれれば私のやる気も出るわ」
天秤が体育にでなくて良いのならばに傾いていく、どのような応援かは気になるけれども、たいしたことはないはず。
「……どのようなメイド服かだけ聞いても良いですか?」
「……」
ヴィルへルミーナさんの視線が明後日の方向に向き出した。彼女はメイドになれ、メイド服に着替えろとは言っているけれども、どのようなメイドであるか、もしくはメイド服であるのかの説明はない。
状況として甲斐原さんのクラシックな(お帰りなさいませ~って感じではまったくない)メイド服を着させられる可能性はあるけれども、よもや彼女に「脱げ」と命令して、おずおずとそれを羽織るなんてことになれば色んな意味で居た堪れない、片方がメイド服で片方が下着姿で体育を見学なんてなれば、私を含めた一部の面々の悪評は千里を走ることだろう、海外には届くまいが。
「それは当然、甲斐原と同じものよ?」
「こっちの顔見て言って貰えますか?」
相手をあんまりにも疑うのは可哀想だけれども「甲斐原と同じものよ」「ただし、彼女に着せようとして拒否されたけどね」「脳内では着せたもの」といくらでも言い訳が聞く、どうあがいても見えにくいとしか言えないくらいの文字数やフォントサイズで、とんでもない規約が書かれている文書と同じ。
「甲斐原さんと同じ、露出の少なくてクラシックなメイド服なんですよね?」
「ぽんぽこたぬきさん……」
ちなみにイエスの場合は「はちみつくまさん」でノーの場合は「ぽんぽこたぬきさん」である。
体育の授業に出なくても良いという特権は得られるかもしれないけれども、人として大切なものを失いそうな恰好はしたくないので慎んでお断りさせて頂いた。
そのデザインを見せてもらった北上さんが「紐じゃん」と言ったけれども、どの部分が、何が、紐であるのか追求するのも怖かったので、ひとまず彼女の甘言は内容も聞かずに断ろうと思う。