今書いてる「黒ギャル魔術師、海へ行く」が今大体約6万字ぐらいまで行きまして、想定の半分くらいまで書けました。正直なところ今が話の半分だとして、ここからまた6万字程度に収めるとなるとだいぶ大変だしもしかしたら15万字まで行っちゃいそうで、しかもかなり現時点で情報が錯綜しててかなり分かりにくく、ここからそのとっ散らかった情報をまとめて上手い落とし所を見つけるとなると我ながら心配ですが、なんとか上手いところに着地させるべく頑張ります。
あとついでに小話。こうやってカクヨムで小説書く前からも作品のアイデアやコンセプトを妄想してたんですよ。今と大して変わりませんが。そういう妄想をしてる時、たまにピッタリ妄想と重なる、しかも自分が考えたヤツなんかよりもより上等に形にしてる映画や本を見てしまうことが度々あって、その度にこんな自分のために生み出されたような作品があるなんて!と喜ぶのと同時に、自分の才能のなさに絶望することが度々あるんです。
生きることの意味に関する作品を考えてる時にソウルフルワールドを見て感動すると同時に絶望して、因習村ものを考えてる時にゲゲゲの謎を見てまた泣いてから絶望して、それでもナニクソとやっと妄想を形にするべくカクヨムで活動を始めて数ヶ月、「黒ギャルが終わったら今度は一時代の終焉を描く大河ドラマ的なやつを書きたいな」と妄想してた時に先週見たのが、『オデュッセイア』です。
つまり僕がこの映画を見て、あまりの完成度に絶望したわけです。この荒れた時代に、時代の墓碑であることを自負するような堂々とした作品を見て、もう何書こうがオデュッセイアに叶うわけないじゃん!って半ばヤケになった次第です。
こっからはもうオデュッセイアの話しかしません。この映画は本当にもう見事です。ノーラン作品の中でもかなり分かりやすいうえに、既に色んな人が感想を述べているけどどうしても言いたいことがたくさんあるのでここで書き散らしちゃいます。
僕は1年前くらいに原作を読んで、細かい部分は忘れたけど、あらすじぐらいなら覚えてるって状態で見たんですが、まず驚いたポイントが「骨組みは変わらず肉が全く別物になってるのに原作で感じた印象にかなり近い」という点です。ストーリーの概要はまるまる原作と一緒で、本当に古代ギリシャ叙事詩の映像化として文句なしなんですが、原作に付随するオデュッセウスの味付けがかなりノーラン風味が濃く、演劇やオペラでいうところの読み替え演出のような大胆な肉付けがされています。それほどノーラン風味が濃いのに何故か原作の味を邪魔するどころか原作側がノーラン風味を際立たせるという不思議な状態になっていて、原作を読んでいても新鮮味が全く失われていないと驚きました。
そして僕が語りたいのはまさに「一時代の終焉」の部分です。この映画では古代ギリシャ時代の基礎的なルールとも言える「ゼウスの掟(クセニア)と、」原作にはない青銅時代を終わらせる「海の民」が重要なキーワードになります。トロイア戦争末期、神々への貢物を騙って兵士を忍ばせたトロイの木馬が戦況をひっくり返し、トロイアを敗北へ導くのですが、ゼウスの掟を堂々と破り、当時の価値観で言えば人道に反する手段で勝利を納めたのですが、後にそれはギリシャ全体に大きく影響を残し、掟を守らない者、掟を悪用する者、そもそも掟を知らない者が蔓延り、まさしくその掟の前提を破壊したオデュッセウス自身がその被害に遭い続けることになります。そして終盤では、オデュッセウスは自身の策によってギリシャ全体の信頼関係を破壊し、文明を衰退させた自分が他ならぬ海の民だということを自覚します。
この自身の内省を語るシーンが感涙ものでした。泣きじゃくるほどの感動というよりかはツーっと涙が頬を伝う感じの静かで胸のうちから湧き起こる感動が忘れられません。しかしこの「自身が状況を打破するために行なった作戦が後に世界中を恐怖に陥れることになった」展開はもう既にノーランはオッペンハイマーでやってます。この映画のいいところはオッペンハイマーから更に一歩進んだ着地点を見せているところです。
オッペンハイマーでは聴聞会を自らを罰する為の場として半ば利用し、最終カットでは世界が爆弾によって崩壊していくイメージカットが続き、最後は彼が目を瞑って終わりでした。彼は作中でも、被爆者の写真の上映会みたいなシーンでも目を背けており、本当に自身の罪を背負い切れていないような描写が目立ちます。一方オデュッセイアでは、掟を悪用し、掟によって守られているペネロペの求婚者達を、オデュッセウスが皆殺しにすることで彼の妻や息子の手を汚させることなく、時代の終焉を呼んだ彼自身がその時代のケリをつけて追放を受け入れ、弔いの旅に出ることで物語は幕を閉じました。
オッペンハイマーも言ってしまえば近代の話ではあるものの、時代の終焉ものとも言えます。ノーラン作品に関わらず、古代ローマや平家物語などで、栄枯盛衰の話を描くいわばPre apocalypse的な作品というのは古くからありますが、これほどのクオリティに仕上げた作品は最近ではなかなかないのでは。まだ映画館で上映しているので、こんな黒ギャル魔術師なんてしょうもないもん読まないですぐにオデュッセイアを見に行って見てください。