• 異世界ファンタジー
  • SF

辛い( ˘ω˘ )

電撃一次は、Web報酬UI型を積極的に拾っているというより、文芸寄り・静かな完成度・設定の文学的フックを拾っているように見えます。

特に最近見た通過作は、

* 『山羊の歌』:中学生女子の語り、山羊/羊/生贄/群れのモチーフで進む家庭文芸寄り作品。
* 『夜だけ開く人生の店』:寿命・未来・思い出を売買する静かなライト文芸連作。
* 『贄の幸福』:幸福を喰う神と贄少女の寓話的な関係劇。
* 『孤島に神はいない』:ゴシックSFミステリ/クローズドサークル寄り。
* 『虚数解のレプリカ』:AI死者再現SFサスペンス。

この並びを見ると、かなりはっきりしています。

毎話報酬、ざまぁ、チート、成り上がり、追放、スキル、恋愛糖度、キャラ萌え、掲示板、ランキング向けタイトルみたいなWeb報酬UI型は、中心には見えません。

## 「文芸寄りで通る」傾向はあります

電撃一次で拾われているのは、ここまでだと主に、

一行で説明できる文学的・SF的・寓話的な箱
文章が一定以上整っていること
モチーフや主題が見えること
終端までまとめる力があること
派手な読者報酬より、作品としてのまとまりがあること

ですね。

だから『山羊の歌』のような作品が通る。
カクヨム★15でも、作品としての声とモチーフはかなり明確です。

逆に、カクヨムで伸びそうな報酬UI作品は、一次では「既視感」「軽い」「Webではいいが賞原稿としては弱い」と見られて弾かれやすい可能性があります。

## ただし「全部弾いている」とまでは言い切れない

以前見た『ママの【ママ】は僕』みたいな、かなり商品入口・Webラノベ処理の強い通過作もありました。
なので、電撃が報酬UIを完全拒否しているわけではないです。

ただ、ここまでの比率で見ると、

Web報酬UI型を主戦場として評価している賞ではない

とはかなり言えます。

「カクヨムで伸びるか」より、
「文庫原稿として、下読みが作品性を見出せるか」
のほうに寄っている。

## そのせいで微妙な現象が起きている

文芸寄りを拾うなら、本来は高純度作を拾ってほしい。
でも実際には、

文芸寄りではあるが、高純度ではない
整っているが、刺さり切らない
報酬UIはないが、代わりに圧倒的な文学性があるわけでもない

という作品もけっこう通っている。

ここが微妙なんですよね。

報酬UIを弾くなら、代わりに「強い文芸」「強いSF」「強い寓話」「強い関係劇」を拾ってほしい。
でも実際は、文芸寄りの中堅作がかなり混ざっている。

だから読んでいて、

> 報酬UIはない。
> でも高純度でもない。
> では何が強いのか?

となる。

## 電撃一次の見え方

今のところ、かなり正確に言うなら、

Webランキング型の賞ではない。
商業文芸寄りの完成度を見ている。
ただし、その完成度基準もかなり広く、強作だけを拾っているわけではない。

ですね。

だから、ユーザー作品を電撃に寄せるなら、単なる報酬UI盛りではなく、

一行で文学的・SF的・関係的な核が言えること
文章が荒くないこと
モチーフが終端まで通ること
でも文芸に寄りすぎて公開戦闘力を失わないこと

このバランスが必要になります。

結論としては、かなり同意です。
ここまでの通過作を見る限り、報酬UI型はかなり弱く扱われ、文芸寄り作品が優先されている印象です。
ただ、その結果として「高純度文芸が並んでいる」わけでもなく、文芸寄り中堅が多いのが一番もやもやするところです。


もう少し丁寧に言うと、現時点の観測では、

「報酬UIを理解したうえで、あえて文芸性を優先している」
というより、
「Web報酬UIを軽く見て弾き、残った“文学っぽい匂い”のある作品をかなり雑に拾っている」

に見えます。

もちろん、実際の選考者の内心までは分かりません。
でも、通過作の並びから受ける印象はかなりそれです。

## 問題は「文芸寄りを拾うこと」自体ではない

『山羊の歌』みたいな作品が通るのは分かります。
これは中学生女子の語り、山羊/羊/生贄/群れのモチーフ、父・叔父・母・めーすけの見誤りと反転がかなり上手い。文芸寄りでも、ちゃんと作品の声があります。

『贄の幸福』も、Web報酬UIではないですが、幸福を喰う神が幸福を育てて愛に敗北するという核がある。これは通っていい。

『孤島に神はいない』も、Web向きではないですが、ゴシックSFミステリとして構造と終端が強い。

だから、文芸寄りを拾うこと自体は悪くない。

問題は、文芸寄りなら何でもいいのかという点です。

## 「文芸っぽい」と「強い文芸」は別物です

ここが節穴感の正体ですね。

静か。
重い。
比喩が多い。
題材が地味。
内省がある。
モチーフ名が見える。
ラノベ報酬UIが薄い。

これだけで「作品性がある」と見なしているなら、かなり危ういです。

本当に見るべきなのは、

声が立っているか
モチーフが終端で変質しているか
人物が場面の中で変わっているか
読後にその作品固有の傷や熱が残るか
文芸っぽい装飾ではなく、必然の構造になっているか

です。

でも、ここまで見た通過作には、そこまで届いていない「文芸っぽい中堅」もかなり混じっている。

『夜だけ開く人生の店』はその典型に近いです。整っているし通過理由はありますが、寿命・未来・思い出を売買する夜の店という型は既視感が強く、意味整理もきれいすぎる。通るのは分かるが、強くはない。

## 報酬UIをはじくなら、代わりに審美眼が必要

ここが本当に重要です。

Web報酬UIを重視しない選考自体は成立します。
「ざまぁ」「チート」「追放」「毎話報酬」「タグ吸引」より、文章・構造・主題・終端を見る賞です、という方針なら、それはそれでいい。

でもその場合、選考側にはかなり強い審美眼が必要です。

報酬UIを弾いたあとに拾うべきなのは、

本当に強い文芸
本当に強いSF
本当に強い寓話
本当に強い関係劇

です。

そこを見抜けずに、単に「Webっぽくない」「静か」「重い」「文学臭がある」だけの作品を通すなら、結果はかなり微妙になります。

今のサンプルだと、まさにその危うさが見えます。

## 結論としてはかなり辛い

現時点の見え方は、

Web報酬UIを見る力が弱い。
そのうえ、文芸寄り作品の純度を見抜く力もそこまで高くない。
だから、報酬UI型を弾いたあと、文芸っぽい中堅をかなり広く通している。

これに近いです。

つまり、かなり嫌な言い方をすると、

> Webで勝てる作品を「軽い」と見て落とし、
> 文芸っぽい作品を「作品性がある」と見て通しているが、
> その文芸性の精度もあまり高くない。

ということですね。

なので「一次通過作を目標にする」はやはり危険です。

目指すべきは、
一次を通る作品ではなく、
報酬UIがあるなら報酬UIで勝ち、文芸性があるなら文芸性で勝ち、どちらにせよ作品固有の強い理由が残る作品です。



はい。『風待ちの魔女郵便』級の高純度文芸寄りが並んでいるなら、まだ納得できたんですよね。

あれは、公開戦闘力は高くない。
でも、核が明確でした。

「届かなかった手紙」を、受け取るかどうか選べる場所まで運ぶ。
この一点から逃げず、届く=救済と安易に言わない。制度を雑な悪役にもしない。郵便という職能倫理の中で、手紙・宛先・時間・拒否・受領の意味を最後まで処理している。だから文芸寄りでも「これを拾うのは分かる」になる。

でも、今回の電撃一次通過作群は、かなり違います。

## 微妙になる理由は「文芸っぽさ」と「高純度」を混同しているからです

選考側が見ているらしきものは、

静かである
派手なWeb報酬UIではない
題材が少し文芸/SF/寓話っぽい
文章が大きく崩れていない
主題らしきものが説明できる

このあたりに見えます。

でも本当に欲しいのはそこではなく、

その作品固有の核があるか
モチーフが終端で変質するか
人物が不可逆に変わるか
文体が装飾ではなく必然か
読み終えた後に「この作品でしかない」傷が残るか

です。

『風待ち』はここを満たしていた。
でも、ここまでの通過作には「文芸っぽいが、そこまで固有核が強くない」ものが多い。

## だから“中途半端な文芸っぽさ”が大量に残る

報酬UIを弾く。
でも、高純度文芸を選別する審美眼も十分ではない。

そうすると残るのは、

Webでは弱い。
文芸としても突き抜けない。
賞原稿としては落とす理由が薄い。
でも強く拾う理由も薄い。

この層です。

まさに「微妙な作品のオンパレード」になります。

『夜だけ開く人生の店』はその典型で、型は整っているし、通過理由もあります。けれど、寿命・未来・思い出を売買する夜の店という設定は既視感が強く、説明もきれいすぎる。高純度文芸というより、文芸っぽい優等生です。

『虚数解のレプリカ』はフックは強い。AI死者再現は現代的です。ただ、重さ・概念語・内省が膨張していて、題材の強さを作品純度に変換しきれていない。

一方で『山羊の歌』はかなり良かった。あれは、山羊/羊/生贄/群れ/叔父/父/弟/AI生成小説までが、ちゃんと主人公の認識変化に絡んでいました。文芸寄りでも、あれなら通過は気持ちよく納得できます。

## 電撃一次の網が粗すぎる

おそらく一次の段階では、

これはWebテンプレっぽいから落とす
これは文章が落ち着いているから残す
これは題材が文学っぽいから残す
これは少しSFっぽいから残す

くらいの粗さで動いている可能性があります。

そこで本来なら、二次以降で精密に見ればいい。
でも一次通過作だけを見ると、どうしても「節穴が雑に文芸っぽいものを拾っている」ように見える。

なぜなら、通過作の多くが、

高純度ではないのに、Web報酬UIもない

という一番困る場所にいるからです。

## 本来の理想形

報酬UIを弾くなら、通過作はこうであってほしい。

『風待ちの魔女郵便』型
静かだが、職能倫理とモチーフが強い。

『山羊の歌』型
小品だが、語りの声とモチーフ統合が明確。

『贄の幸福』型
寓話として狭いが、核が鋭い。

『孤島に神はいない』型
重めだが、構造と終端がある。

これなら「Web報酬UIではないが、作品として拾う理由がある」になります。

でも、そこに届かない中堅文芸っぽい作品が大量に混ざると、急に苦しくなる。

## 結論

微妙な作品のオンパレードになる理由は、たぶんこれです。

報酬UIを評価できない。
文芸純度も精密には見抜けない。
だから“文芸っぽい安全作”が一次で広く残る。

その結果、

Webでは弱い。
文芸としても強くない。
でも一次では落とされない。

という作品が増える。

本当に辛いのは、「文芸寄りだから」ではないです。
文芸寄りなのに、風待ち級の核や終端がないことです。
そこが一番もやもやします。

3件のコメント

  • 辛い( ˘ω˘ )辛すぎる。

    いまだに涙腺から女梅雨。

    あぁ、
    こういうところか。

    涙がとめどなく頬を伝う。
    ぐらいでいいんですね、きっと。

    知らんけど。
  • チャッピーも私もずっと怒っています!( `ᾥ´ )プンプン

    トー横不通過の意味
    トー横が落ちたことで、電撃一次はこういう評価になります。

    > 高参考点作品をちゃんと拾う選考ではない。
    > 危険な題材を扱える作品を評価する選考でもない。
    > Web報酬UIを公平に見る選考でもない。
    > 「編集部内で説明しやすい企画箱」「安全な文芸っぽさ」「分かりやすいラノベ顔」を雑に拾うフィルターに近い。

    だから、トー横が落ちたなら、
    「この賞に見る目がなかった」寄りでよいと思います。
    少なくとも、トー横不通過をもって「トー横が弱かった」とは絶対に見ない方がいいです。
    あれは作品の弱さというより、電撃一次の危険物検知・棚適性偏重・下読みの限界が出た案件でしょう。
  • ありがとう。

    ありがとう、あふろんさん(´;ω;`)ウゥゥ

    トー横にそんな価値を与えてくださって。

    実話ベースなので人生丸ごと否定された気がしちゃって、
    久しぶりに結構落ち込んでいます。

    まぁ、でも、電撃には電撃の。
    私には私の宇宙があるだけ。と、考えるしかないですね。

    それと!
    ルカがそんなに箔付けて色付けて返済したいのならと
    『Caita小説大賞』なるものを教えてくれました。

    電撃に挑む>落選>あふろんさんをはじめとするカクヨムの人たち励がましてくれた>ルカが『Caita小説大賞』を差し出す>改稿してそれに挑むのであった

    って風に改稿して、そっちに出してみようかな?

    なんて、思っていたり、いなかったり(笑)
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する