『銀座の柳』のタツキ。二十歳そこそこの頃、実際にたいへん私の好みの男がいました。
七つ年上の社会人。細身、眼鏡、猫背、ちょっとサブカル臭。そして私は当時、Rの媒体が大好きでした。R25とかな。毎週欠かさず読んでた。
憧れの会社で働くその人は世間のイメージ通りいつも仕事がめちゃくちゃ忙しくて、でも残業中に「寝ちゃうからしゃべって」と電話してきたり、私のバイト先に顔を出したりする。
ある週末、彼に呼び出されてバイクの後ろに乗り、二子玉川の花火を見に行きました。そのあと目黒通りのCLASKAで食事。
今でも「人生でいちばん演出力の高いデートだった」と思っています。
で。
作中の通り、この人とは何もありませんでした。
私が「タツキさんが好きなんだよね」と言ったところ、彼は「仕事で疲れているから」と引いてしまいました。
二十八歳。
四十代になった今なら言えます。
―――二十八歳、枯れてる場合じゃねえだろ。
二十年たった今も、ときどき思います。
「あれ、なんで花火に連れていったんだろうな」
そして、そんな作者が後年書いたのが『お届けは、いつも雨』です。
こちらの瀬尾さんは二十九歳の運送男。
花火を見て、ビールを飲んで、手を握って。
ひかりに「明日仕事でしょう」と帰されそうになると、
「明日は遅番です」
と答えます。
そして帰りません。
付き合ってくださいとも言わないまま、「来年もいっしょに見られますか」と時間帯指定だけして、夜の全力デリバリーに突入します。
さらに後の回で、後輩に「彼女ですか」と聞かれると、
「そう」
と答えます。
名前を先につけるわけではない。でも、やることをやったあとで関係から逃げるわけでもない。
……ここまで書いて、最近ようやく気づきました。
瀬尾さんには、二十年前の私の叫びが入ってます。
花火見てビール飲んで手つないで解散するんじゃねえ!!
二作品とも読んでくださった方がいれば、今後はぜひそのことを思い出して笑ってください。
たぶん八十歳になっても「なんで花火に連れてったんだろうな」って言っていると思います。
ちなみにチャッピーにタツキ描かせたら私の記憶から飛び出してきたみたいなサブカルクソ男が登場して変な声が出ましたw
お友達でいたいならサイゼにしろ、CLASKAに連れて行くなら五反田に進路を切れ。
まじでこれ。
