◆6、プロットの解釈と構成
○プロローグ
【(1)プロローグを書いた理由】
小説の構成はアレンジしました。
構成アレンジした理由は矢上という人間を表現するには、用意されたプロット通りの順番で話が進むより、現在の喫茶店を始めるきっかけとなった原体験から物語を始まった方がいいと判断したからです。
設定の中にあった「たまたま立ち寄った喫茶のコーヒーに感動する」に着目して、過去編らしくセリフ最小限にしてプロローグを書いてみました。
○日常パート
【(1)客がいない店内とラテアート】
まず、客が来ない喫茶店という指定がありましたが、静かな喫茶店だけ描写だけでは寂しいと思いました。
そこで、アルバイトしている心春の様子を書いて私のキャラ解釈をした心春の紹介する場面にしようと決めました。
プロットを解釈すると「すのうどろっぷは常時、閑古鳥が鳴き続けるほど静寂がある」。
しかし、心春は「一年近く『すのうどろっぷ』で働いている」。さらに「店の経営を心配している」「宣伝には積極的」という設定から――心春はすのうどろっぷが静寂が普通なのを知っている。暇な時「ただぼーっとして暇を潰すんじゃなくて、お店のために体を動かしていそう」と解釈しました。
そこから「SNS映えするラテアートとか挑戦してお店に貢献しようとしていそう」という発想に至って、ラテアートさせました。
心春と矢上の掛け合いについてですが、掛け合いはキャラクターが勝手に喋ってくれるので解説のしようがありません。
私自身、なんでそんな語彙のいい言葉で喋っているの? と思っています。
【(2)料理(ピラヴ)について】
トルコ料理の指定があった今回のプロット企画ですが、私はトルコ料理食べたことありませんでした。何の料理を書けばいいん? から始まりました。
トルコ料理わからん。ケバブも食べたことないし、そもそも料理描写もあんま書いたことない。料理本見ても味の想像できないし、作って食べる気も起きないわ。
じゃあ食べに行って体験をもとに書けばいいか。
そう決めた私はすぐにネットでトルコ料理のレストランを探し、見つけたお店の情報を頼りに外食へ向かいました。
めちゃくちゃ顔の濃い店員さん達に出迎えられ、彼らから「何食べたいんですか?」と笑顔で気さくに声をかけられながら注文しました。
なんで服屋さんじゃないのに日本語で声かけてくるの? と、内気な私は、内心めっちゃ怖かったです。
そこの料理店で「ウルファケバブ」と呼ばれる羊や牛の挽き肉を串焼きにした料理を注文しました。
スパイスをほとんど使わず、肉の脂と塩だけで焼き上げるのが特徴のケバブでした。
ウルファケバブは美味しかったです。牛肉のほろほろとした食感に、クセがある羊肉の歯応え、スパイスがないから辛くなくて、野菜と包みと一緒に食べた時の相性も良き。ハンバーガーのバンズやカレーのナンとは違う主役を引き立てる野菜と包みの合わせた感じが良かったです。
なんでそのケバブを書かなかったの? と思ったそこの人。
ケバブのお供についていたお米(ピラヴ)が個人的にめっちゃ美味しかったんですよ!!
日本の水分でしっとりとしたお米と違った、舌の上でちょっと転がる感じの絶妙な油に包まれた米の食感、塩気がある風味に、炒飯と似ているのに違う口の中でパラパラとほぐれて、程よく口に残る感じが新鮮でめっちゃ美味かったんです!!
あ! これいい! なんでこの米が主役じゃないん!? と思うくらい衝撃でした。
それに、矢上のキャラ的に見た目が地味なピラヴがいいとか、事前に書いていたエンディングで心春が急にかきこんで食べ出すシーンと相性いいなーとなってピラヴにしました。
あと、本編には載せていない裏話ですが、矢上は当初エビのピラヴ「カスデスピラヴ」ではなく、蒸し鶏のピラヴ「タヴクルピラヴ」を新メニューにしようとしていました。
ただこのタブクルピラヴ…色合いが茶色と白! 素朴さNo1なピラヴです。
ですが、普段からSNSや見た目を気にしている心春の影響を受けて「見た目はちょっと豪華なものにする」という矢上の中で妥協したのがカスデスピラヴでした。
まあ、心春には言わないし、彼女が生魚苦手なのは知っていましたが、試作を味わってもらう最初のお客さんの心春に気に入ってくれたらいいなーとぼんやり考えていたそうです。
○暗転
【(1)情報屋 桐谷の誕生】
暗転の場面でプロットには書かれてはいた「知り合いの情報屋から矢上が心春が拐われた情報を得る」シーンにて、知り合いの情報屋がまずどうやって矢上に、その報を知らせて、どう接触するか問題がありました。
私は電話で知らせる手段にしました。
理由は、店に直接顔見せるより、電話で顔を決して見せないミステリアス情報屋は格好いいと思ったからです。
それと個性として、金にがめついウザキャラにしました。
では、どうしてこんな個性的なキャラを情報屋にしたのか。これは矢上と対話した結果です。
脳内矢上に「『(金額)出すから情報を言いなさい』っていうスタイリッシュ台詞を冷静に言って欲しいんだけど、どんな相手なら言えそう?」と質問しました。
その時矢上が「情報の価値をしっかり理解していて、人の神経を逆撫でするような悪癖がある人間」と答えてくれました。
その言葉を聞いて、私は考えました。
「めっちゃクズだけど仕事できるキャラなら言ってくれるってことか〜。よし。金しか目がない人の心を置いていったクズキャラを情報屋にしよう!」
こうして交渉事に感情を絶対持ち込まない金のみ動く現実主義キャラの桐谷が誕生しました。
ただイケおじ台詞を言わせたかったヘキが炸裂してこういった展開になっております。
【(2)入店しようとする客を断る矢上】
プロットにあった「矢上は店じまいをして現場に向かう(入店しようとする客を断る描写を入れる)」という指定についてですが。
私は矢上をあえて丁寧な断りを入れさせました。
平穏を愛していると解釈している矢上が、『立ち寄ったお客さん絶対に蔑ろにしない』と考えたからです。
むしろ、出会いには感謝して、裏の一面を見せるギアをかける前の演出にできそうと思って、とても丁寧に断っています。
○戦闘場面
【(1)苦手すぎる戦闘描写】
戦闘の場面では3つ問題点がありました。
1つ目『戦闘描写が苦手』大問題。
はい。私は戦闘描写書くのクソ苦手です。
戦闘描写のテンポの感じを出すやら倒れた人数の計算、倒すアクションを書くのが苦手です。
流れるようなアクションになっていないのでは? とか。あれ? 今何人倒した? という事態を味わいながら書きました。
それと、矢上の素手戦闘…ほぼ書いてないやないか。と思う方…その通りです。
せっかくクラヴ・マガという実践術指定があったんですが、この武術だけで武装した相手の敵全員を10人気絶させる流れが私には思いつきませんでした。
というか、そもそも武装する武器すら分からん…敵の武器あるの? 武器を取り上げる→無力化の実践を繰り返すだけだと絵的に単調になる。どうすればいいんだ?
となった結果、テーザー銃とスタンブレードを取り入れました。小道具に頼ってしまいましたね。
電流で気絶させたりとかできる道具です。軍で改造されたものをなんで持ってんねんというツッコミやら、テーザー銃で気絶はない。というツッコミもあったりします。
あまりにも苦手すぎて、書くのを最後に後回ししました。そして日常パート、暗転パート、エンディング全てを書き終えた後の締め切り最後の1日で書き上げました。
ちなみに完成した順は①日常→②エンディング→③暗転→④戦闘です。セリフしか書いてなかった戦闘パートをほぼ一発書きで書いています。
地獄でした。脳みそ飛ぶかと思いました。
とにかくアクションは流れが大事! と思って、思いついた格好いい動きをさせて何とかなったと思っています。
【(2)バイクの演出】
2つ目『矢上の登場シーンどうする?』問題。
プロットの設定では戦闘する場所は神居市北区の廃ビルの高層階で敵が10人全員武装している状態です。
廃ビルの高層階で歩きで颯爽と登場するのもいいけれど、戦闘後には警察に見つからないように去らなきゃならない。
歩きでそそくさ見つからないように帰るのは、戦闘後の余韻として演出が弱くないか? と思いました。
そこで私は、某少年探偵アニメ映画みたいに乗り物で派手に階段を駆け抜けて登場して、人知れず静かに派手なアクションで帰った方が映える演出になりそうと考えました。
脚本家としての私が「矢上のキャラ的にバイク乗らなくてもいいじゃない? あとバイクの知識ないのにかけるの?」と囁きましたが、演出家と監督の私が「かっこいいからバイクに跨るんだよ! ロマンは正義!」という意見のゴリ押しが強かったので採用しました。
バイクの知識ほぼゼロなので、苦労しましたが、形にはできたかなーと振り返っています。
フィーリングでBMWあたりのバイクをイメージして書いています。
【向井彰について】
3つ目の『向井を逆上させる演出』問題。
これに関しては……なんか向井が勝手に喋り出して、それを地の文で表現したらああなりました。
本当はあんなにタラタラ長く書き予定じゃなかったんです。
矢上に劣情やら憧れやら同情やら仲間意識がぐちゃぐちゃになってたいたとこちらに語りかけてきたので、まあいいかー。と監督の私がOKしたせいで、戦闘パートが8000文字になっていました。
キャラが勝手に動いたんでしょうかね。向井に関しては書きながらキャラが出来上がりました。
○エンディング
【(1)矢上が喜ぶ贈りもの】
エンディング場面でのプロット設定は以下の4つのみでした。
・その週の金曜日喫茶店19時頃、客は誰もいない
・まかないでトルコ料理を出す(心春がすのうどろっぷで一番好きなメニュー)。カフェオレも出す。
・心春が先日の礼を言いつつプレゼントを渡す(プレゼントの内容は筆者の自由)。
・矢上が喜ぶ。
これまでの日常、暗転、戦闘の3パートと比較して指定が一番ゆるい、逆に言えば筆者の再構成力が最も試されるパートと解釈しています。
要するに…めっちゃアレンジして遊んでいいパート思って書きました!
執筆前の所感でも触れましたが『心春がお礼と言いつつ、プレゼントを渡す』『矢上が喜ぶ』の2点が難題でした。
そこでエピソードを書く前に私は、脳内で心春と話し合いました。
「矢上マスターって何が一番喜びそうかな?」と彼女に質問しました。
手作りコースター? ネクタイピン? 感謝の手紙を書いてプレゼン? と色々アイディアが出ましたが、しっくりきませんでした。
最終的に「心春が挑戦している姿を微笑んで見守っている矢上(自己解釈)なら、挑戦中のラテアートを使ったサプライズが一番感謝を伝えられるんじゃない?」というアドバイスをすると、心春は頷いてくれました。
【(2)キャラを信頼して流れを任せる】
エンディングに関して、私は全部キャラに演出と脚本をぶん投げています。
どういうことかといいますとーー
日常、暗転、戦闘の3パートでは「私(筆者)が演出と展開を導き、キャラクターに合いそうな台本を渡していた」のに対し、このエンディングでは「役者であるキャラたちに演出と脚本を委ねて、私は観客として見守る立場」に切り替えました。
要するに、この場面だけ【キャラが勝手に動いてくれる執筆スタイルに変えています】
執筆スタイル手順③の「場面によってはキャラがアドリブで演じる即興劇を見守って、アドリブした内容を読者向けに翻訳を施した」のは、エンディングだけです。
なぜキャラ主導の執筆スタイルに変えたかといえば、前の3パートを通して積み重ね、育った二人の自我を、解放して自立した物語で締めた方が絶対面白い。
そう、読者の私が判断したからです。
そのため、このエンディング場面の二人は生々しいセリフばっかりだったと思います。
書いているというより、目の前で芝居を見せてもらっている感覚でした。
最後までセリフと舞台を演じたところを見守り、次は地の文で描写の補強作業が始まります。
演じきってくれた矢上と心春に「二人はどうしてこの掛け合いや演出にしたの?」と質問を投げ、それぞれの心情を大まかに聞き、私はこう思いました。
これ、矢上視点でエンディングを迎えたらめっちゃエモそう〜と。
そんな冷静な顔つきで、落ち着いた感じでセリフ言っているのに、クソデカ感情抱えながら喋っているとか――人間的すぎて面白すぎだろう…これは書きたい! となりました。
まあ、簡単に言えば…作者として書きたい欲にぶっ刺さりました。
おかげでめっちゃ締切ギリギリになりましたけどね。
【(3)矢上(主人公)との対話と、執筆スタイルに真骨頂】
一人称視点にすることを方向性に固めたら、それまで三人称神視点で描いていた小説を一人称にするために、なるべく読者にストレスなく自然に視点切り替わるよう調整しました。
さらに矢上に演じた時の心情を事情聴取のごとく詳しく聞き取り、客観的に心境がわかりやすいように翻訳を施しました。
どういう感じでキャラと対話、気持ちの翻訳作業をしたかというと――アドリブでエンディングを演じ切った脳内矢上に声をかけます。
私「矢上さーん。悲しそうな雰囲気は伝わったんだけど、心春に嫌われたかも、お店やめるかもって思った時気持ちは感じた?」
矢上「…心春さんがいなくなってしまうのが嫌な感じがしました」
私「あのねー。ただ嫌な感じがしたって、一言地の文で言われても、あなたが感じた嫌な感情の深みが読者に全く伝わりません! 言語化! 見える化しましょう! はい、その嫌っていうのは、とても悲しかったって言い換えられますか!?」
矢上「はい…悲しかったです」
私「その悲しかったってことは、どんな色合いです? 感情って点とか原色だけとか、単色で表現するんじゃなくて、色々混ざり合ったグラデーションがあるんです。同じ悲しみの青でも、青と何が混ざったのかで悲しみの度合いが違うし見方も全然違うんです。絶対にその悲しみには色々なものが混ざっているんで言語化してください」
矢上「…難しいですね」
私「じゃあ質問です。その『悲しみ』は、いなくなりそうな喪失感がしたのが嫌だったんですかー? そのときの悲しいって表現するとしたら、胸にぽっかり穴が開いた感じですか? それとも胸が締め付けられている感じでしたかー? それとも裏切られた感じがして怒りも感じましたか? 嘆く感じでした? 泣きたくなるような感じでした?」
矢上「心が引き裂かれそう、が一番しっくりきます」
私「OK。想定以上に悲しくて胸いっぱいだったんだね! さらに深掘りしようか!」
こんな感じでキャラに押し問答しまくって、適切な言葉を引き出させています。ほぼ脅しです。
脳内矢上は割と言語化が得意だったようで素直に答えてくれましたが、全然素直に言ってくれなかったり、言語化が苦手なキャラの事情聴取はすごく苦労します。
結果、ただ心春が気まずくなってお礼のサプライズをしてから笑顔でエンディング予定が、何故か矢上のトラウマが判明して心春が少し救う展開になりました。
いや、なんで? プロット通りの終わり方にはなったけど、なんでこんなドラマできたん? と、思ったそこのあなた。
私もなんでこうなったのか、わからんかったです。
なんでプロット課題にあがっていた3パートより濃密になってんの? さっと終わればよかったじゃん。
おかげでエンディングが物語の山場になっちゃったよ!? プロット設計的に山場はきっと戦闘シーンなんだけどなーと言うツッコミもあります。
私もそう思います! 絶対もっとサクッと終われたよ! というか、エンディング書く前は心春視点で終わらせる予定だったのに、なんか矢上視点になったんですよ!
あと、そんなトラウマあったんだね矢上(そんな設定ありません。めっちゃ捏造しています)エンディング書くまで知らなかったよ。
まあ…10年以上傭兵として戦っていたら山ほどの死を目撃しているからあるんじゃない? 理不尽な仲間の死もめっちゃみてきたでしょ。となって、トラウマ要素見つけたようなものですしね。
ただセリフ先行して書いたものをみて、矢上がどういう心境でこのセリフ言ってんのかなー? って対話したら、とんでもないクソデカ感情を隠し持っていたのを発掘しただけなんです…。
これが思い通りの展開に全然ならない私が確立している「脳内スタジオ経営、キャラと共同制作執筆スタイル」の真骨頂。
「キャラを信頼して話の展開を委ねたら、書き手の私の想定以上の感情と行動原理の理由をキャラ自身がこちらに訴えてきてくれた現象」
キャラ理解を深めて、キャラが勝手に動いてくれる執筆スタイルに切り替えたときに発生する「物語のゴール(オチやキャラの根幹)を見失うかもしれない地図、もしくはキャラ自身が書いてきた台本」を私に持ってきてくれます。
【(4)キャラが吐き出した本音と向き合う】
キャラがこちらの意図を超えた感情を吐き出してくれた時、監督として3パターンの対応方法が存在します。
パターン1 「書かないで記録として保存」
はい、これはせっかくキャラが持ってきてくれた展開を完全拒否して、書かない選択肢です。
これまで辿った物語と一貫性がない。もしくは「読者に見せないで書かないほうがいい」と判断したときにとります。
ですが、パターン1の対応は、ほぼ無いです。私が無意識下に感じていたキャラの根幹をせっかくキャラ自身が言語化してくれたのに、書かないなんて勿体なさすぎるからです。
まあ、物語の序盤に教えてきた時は「ちょっとそれを読者に明かすの早いからしまって」と指示出して、小説として書きませんが、後で使えるネタのメモに書きます。
パターン2「心の声を知りつつも、三人称、もしくは神視点に固定し、全部は書かない」
このキャラが持ってきてくれた感情を表現するには「一人称」で表現するのが適切と考えています。
キャラの生々しい声を反映させ、キャラ自身の声を体感できる視点を使えば、読者にキャラがどんな心情だったのか疑似体験させられる唯一の視点が一人称だからです。
ですが、一人称の視点だと話の流れや視点切り替えの難しさ、テンポが崩れるとなった場合は神視点、もしくは三人称視点のまま、感じてくれた心情を体のリアクション、仕草など非言語な部分で翻訳します。
このパターン2をやると、その場面を読んだ読者には生々しい声はどときませんが、後でか劇重感情を表現仕切った後に見返して、「あれー? これってこの時も思ってた??」みたいな発見をしてもらえるように、調整が必要です。
パターン2は少し楽ですが、私はもどかしいです。
「この子、実はもっとえぐい感情あったんよ!」と言うのを我慢して、読者に片鱗だけ見せるようにするのでねー。
パターン3「一人称で書く」
これが今回の企画でやった対応。エンディングで矢上の一人称に切り替えて、書きました。
大抵この対応をします。
今回の矢上の心境を聞いた監督の私が「いいぜその感情をありのままに解放してみろ!」と倍プッシュしました。
今回の作品ではパターン2の仕草だけで表現するのでも良かったんですけど、短編だしエンディングだけの場面でやるだけだし、いいか。パターン3で、と判断しました。
いざ感情リミット解放して演技が始まると、脳内舞台上で矢上がゴロゴロ大玉転し芸の如く暴れる心情描写や語りが始まって、「ゴールはこっちですよー! 矢上! 心の声もっと大きな声で! でも表情とセリフは冷静に! 表情崩さないくらいの心の声を出し続けてアテレコ!」と何度もメガホンを叩いてカットをしまくり軌道修正しつつ、呼びかけをしました。
多分脳内矢上は「無茶言わないでください」と思っていたはずです。
いやでも、心の声が表現したいくらい複雑なものだって話した君が悪い。脚本と翻訳泣かせ級のでかい心の声を出した君が悪いんだよ。書きたくなるだろう!!
でも心理描写と表情管理とセリフの差!! ポーカーフェイスにも程がある! こんな内面ぐちゃぐちゃなのに外面落ち着いているってどういうこと? そこ含めるのが今回大変だった。
【(5)超翻訳作業】
キャラの声を聞き取り終えて、ざっくり翻訳を終えたら、感情の機敏を正確かつ繊細に表現するための、さらなる超翻訳するとんでもない地獄みたいな作業が幕開けます。
超翻訳作業では書いて見直すたびに、違うこうじゃ無い! となります。
書いたものを見ると本能的に「この心理描写なに? 矢上が感じたニュアンスと若干違うじゃん! 語彙が足りない! 言い回しが甘い! この言い方だと過激! この言い方は弱い! そんな比喩じゃ伝わらん! この比喩は言い過ぎだ! もっといい単語とかあるでしょう探せ!」と鬼編集者としての私が君臨して、語彙の捜索隊が総出動します。
んなこと言われても、何の言葉が当てはまるんだよ…と翻訳家の私は毎度頭を抱えています。
ですが、この作業で私が目指しているゴールが明確にあります。
それは、自分の感覚と直感で掴んだキャラの感情の輪郭を、頭の引き出しにある語彙力や言い回しで「読者が、そのキャラの感情の輪郭をなぞったり、触れたり、体の内側に入り込むような体感をしてもらえる」キャラへの没入感を味わえるような再現です。
この表現なら、没入感ある…かも、と私の執筆本能が妥協してくれるまでリテイクを重ねて錯綜します。
さらに、ようやく本能の妥協した文章を感情を吐き出してくれたキャラに、読んでもらってニュアンス合っているか確認します。
ここでキャラが「ニュアンス違う」と首を捻ったら、作業やり直します。キャラが納得してくれるまで終わりません。だから、とっても苦悩します。
滅茶苦茶楽しいですけどね。翻訳って、大変なんですよ。
要するに、この翻訳作業はキャラが言いたいことや思考を、第三者にも伝わりやすいように代筆しているだけじゃなくて、自分が意識していない域の創作思考そのものを可視化していく作業なんです。
小説や漫画など、キャラ創作したことある人なら必ず思い浮かべる「このキャラは、これを喋ってくれる。この行動をしてくれるし、ここまで踏み込んでくれる。でも、これは絶対言わないし、絶対こんな行動はしない」というキャラ理解の線引きが存在します。
この判断基準ができている指標、キャラの核心部分を言葉にして、自分の思考を再発見する意味合いも含まれています。
その翻訳を経て、ようやく私が矢上亘という人物を「平穏な時間の中では人との出会いをこよなく愛し、戦場で訪れる刹那の『沈黙』の別れを何度も体験してトラウマになった心が繊細な人間」だと無意識に解釈していたことがわかりました。
出会いを大切にしているのは、別れの辛さ――一瞬の油断や理不尽で命を落とし、魂と肉体の存在ごと消えてしまう事態がいつ起きてもおかしくない、現場に転々として、他人の死を見送り続けていたのに、10年以上ずっと自分だけが生き残り続けてしまった罪悪感も感じていたのかもしれません。
だから、ああいった心の声になったと解釈しています。
その苦労あって、今回のエンディングができました。
【(6)困った場面とラストシーン】
ちなみに急に独占欲出した矢上のセリフがありましたが、あれは矢上が勝手に言っていました。
そんな独占欲あったんかい、と思いましたが、本人は思わず出た感じでよくわかってないようでした。
現場の撮影スタッフ