二人のキャラクターが互いに対峙した場面などですが……。
一人称の描写で〝右(左)に回り込み側面を取った〟とか〝右(左)側に踏み込んだ〟とか、主語を省いて描かれているのに、相手から見て右(左)側になっている描写を良く見かけます。
一人称の描写ならば、普通は主観から見てだと思うのですが……。
もちろん、前後の描写にてどちらから見ての左右なのか読み取れるものも多いですが、それでも、そこの描写だけ文章の視点がブレることになるので、普通にテンポが悪く感じます。
しかし、私見ではありますが、主語を省いて左右を描写する際に〝相手から見て〟となっている場面を(ベテラン作家の作品でも)多く見受けます。あるいは、対峙した時の左右表現は〝相手から見てとする〟みたいなルールや手法があるのかと思うほどです。もし本当にあるなら、それこそ私が勉強不足なだけの戯言ですが……。
それとも、実は一人称で描かれた左右は相手から見てという感覚の方が多数派なんでしょうか? 少なくとも私の周囲は主観から見て左右という人が多いので、それはないと思うのですが……。
単純に文章表現でミスしやすい部類なだけなのか、それとも私の読解力や感性が拙いだけなのか。
なんにせよ、自分で描く時は一人称では主観をブレさせぬよう。三人称の時や、姿勢や構えを描く時は〝〇〇から見て右に〟のように主語を明確にするよう。後は時計回りとか反時計回りとかの、主観に関係ない表現を用いるなどを心掛けています。
心掛けてはいますが──。
「いや、あんたの作品でも左右がわかんない場面あるよ」
──とかなってたら申し訳ない。改めて精進します。