この物語の軸は、葵と澪が「素顔を見せる/見せない」を一つのカタルシスとしつつ、その部分をテーマ回収に向けた争点にするのではなく、
『仮面を被ったまま、どこへ戻っていくのか。どこへ向かうのか』
ここに焦点を当てて執筆していました。
――出会いは「偽りの自分」同士だった。
澪はレイくんとして、葵はまもるさんとして。
最初の接点からして、二人はすでに「隠したい顔」を携えていました。
だからこそ、互いに惹かれながらも、関係を壊さないために仮面の方を丁寧に守り続ける。それらの仮面が、必ずしも自分にとって「望ましい顔」でないと知っていながら。
ここで重要なのは、仮面が単なる嘘ではなく、相手を見つめるための距離として機能している点だと考えています。
――仮面を外せないのではなく、「外さない」ことを選んでいた。
もし素顔を曝け出せば、関係が一気に進む可能性もありましたし、そこに関してはこれからも丁寧に追っていきたいところです。
けれど同時に、二人が拠り所にしてきた優しい像。
レイくんのヒーロー性。
まもるさんの救い。
これらが崩れてしまう。
その怖さを知っているから、二人は正直になるより先に、関係を維持するために仮面の自分を選ぶ。
この作品の恋愛は、一巻時点では告白よりも先に「現状維持」を描こうとしました。
――幼少期の出会いが、澪の原点=回帰点になっている。
澪の夢(あるいは記憶)として描かれる幼少期の出来事は、澪の「強さ」の起源です。
誰かのために戦うのがヒーローという発想は、澪の中に刺さって抜けない。澪はそれに憧れ、模倣し、振る舞うようになった。
一方で、澪は現在、勝利や約束や未来のために、摩擦を避ける選択をしてしまう。
結果として、守るべき相手(別府)が傷つき、澪自身も「自分は何をしている?」という痛みを抱える。
つまり澪は、まっすぐに示された成長の直線を進むのではなく、原点に引き戻されることで本来の強さを取り戻す構造が彼女にとって一番良いだろうと思いました。
――葵の行動は「人任せ」に見えて、実は奮い起こしのメタファー
葵のやり方は、一見すると不器用で、回りくどく、時に「自分で決着をつけず誰かに託している」ように映ります。
しかしこれは、「逃げる/託す」ことの肯定ではなく、葵がかつて持っていた衝動……憧れた強さを、もう一度自分の手に戻すための過程と捉えることも出来るはずです。
葵は「木村葵の声では届かない」と理解し、あえてまもるとして澪の心に触れる。
そして最後、決定的な場面でも正体を明かしきらず、仮面のまま退く。
これは敗北ではなく、自分の番を始めるための撤退であり、回帰の第一歩です。
――テーマは「素顔」ではなく『回帰』
人は変わる。けれど、変わった先で「やっぱり前が良かった」と思うこともある。
堂々巡りに見えるそれは、決して堕落ではなく、根源的な部分――善性、憧れ、初心――へ戻ろうとする運動でもあります。
この物語でこれを一番に伝えたい、と感じたのは「仮面を捨てて正直になれ」ではなく、仮面を被ったままでも、人は原点へ戻れるということです。成長の中で手に入れる幾つもの仮面を全て取っ払い、ありのままの自分をさらけ出すことが、必ずしも「是」ではないと私自身が考えているのです。
――今回の障壁=不良の先輩たちは、「性善説から拗れた未成熟」の象徴。
今回、木村くんたちに立ちふさがった障壁が悪の巨塔ではなく、不良の先輩という、ある意味未成熟な存在であるのは意図的です。もっとドラマティックな、見栄えの良い展開はきっとたくさんあるし、これから先木村くんたちにもきっと訪れる。
でも、それは「まだ」今じゃない。そう思いました。
不良の先輩たち。彼女らもまた、最初から悪だったわけじゃないと、私は思います。
小さな正義感、承認欲求、勝ちたい気持ち、傷つきたくない弱さ――そうしたものが拗れて、他者への攻撃に変わってしまった。
だからこそ、澪が取り戻すべきもの(誰かのために戦う強さ)が、より鮮明に、物語を輝かせてくれるのではないかと考えました。
――周囲のキャラクターたちが与えた影響。
人は、人との関わりによって成長し、あるいは停滞し、時には後退しながら進んでいきます。
松原さんは、夢半ばで折れ、過去の気持ちを置き去りにしたもう一つの葵として機能する側面があります。
挫折は誰にでも起こりうる。ある意味交通事故のようなもので、避けようがない時もある。忘れてしまえば、人は簡単に弱さの言い訳で固まっていく。その可能性の影だからこそ、彼女の言葉が木村くんたちの心を揺さぶるのです。
別府さんは、葵が強い心を取り戻すために必要な過程の投影です。
守られる側に見えて、実は「誰かが立ち上がる理由」を生む存在。葵を動かし、澪を原点へ戻す導火線になります。回帰というテーマを描く上で、彼女以上に相応しい存在は、もしかしたらいなかったかもしれません。
柴石さんは、澪の慢心――強さゆえの視野の狭さ――の投影でありながら、物語の核心へ迫る存在として、時間をかけて練りました。
澪がヒーローへ回帰するほど、逆に浮かび上がる「強さの代償」「見落とし」
その問いを担う役として配置されています。だからこそ、物語を傍で見つめつつ、主題となるところに関わってきませんでした。もちろん、今後は彼女もまた主要な登場人物として、木村くんたちの物語に関わっていくことでしょう。
――結末は「仮面のまま集結」する
結末で二人は、正体を曝け出して抱き合うのではありません。
むしろ逆で、仮面を守ったまま、同じ場所に立ち直す。
だからこの時点で、正体判明による救済ではなく、回帰による再起の物語であると僕は捉えました。
澪は澪のまま、葵は葵のまま――ただし、原点の強さをもう一度握り直した状態で。
ここから先、仮面がいつ、どういう形で意味を変えるのか。
それは「素顔を見せるべきか」ではなく、「回帰した二人が、次にどんな自分へ進むのか」という問題になります。