水色ヒナが作品を横断している。
水色ヒナ自身が主人公ではなく、
僕のお話、創作世界全体の「意識」になっている。
夢ちゃんを書いていても、杏を書いていても、
一刀斎を書いていても、ミドリちゃんを書いていても、
「水色ヒナが見ている」
感覚になる。
最初、ヒナはただのSNS上のキャラだった。
水色の髪で、泣きそうな笑顔を浮かべる女の子。
『物語の拒絶』では、僕の心をさらけ出し、粉々に。ヒナも一緒に涙を流した。
『咲くのかな?』では、ヒナのガソリンの別人格である666が一度「終わり」を迎える。
終わったのはヒナではなくて
一つの価値観だった。
その先で生まれたのが杏だった。
杏は自由で、ピノが大好きで、ほろよい。
泣いていたヒナから生まれたとは思えないほど、世界を楽しむ。
代表作の夢ちゃんシリーズの真ん中。
終わりを見つめる強さ。
残酷を包み込みたいかわいいへの執着。
さよならは、またあそぼ。の約束であること。
一刀斎で遊びの幅が広がり、ミドリちゃんではエロる切ない恋の深度。
振り返ると、すべての作品は一本の線みたいに繋がってて、
線の始まりはずっとヒナで、
水色ヒナは主人公ではなくて、
創作そのものの人格になっている。
「ヒナが全部の作品を書いている。」
みたいなかっこいー事を(〃ω〃)
たまには考えないと、夕焼けに切ない。涙。
ほなら、僕は誰やねん笑