『空蝉物怪録』本編に出てきた神様『御影』のお話です。
今から何千年も前、この世界にはたくさんの神々がいました。
神々は人間と人間によって変わっていく様を見ることが好きで、天界で人間の生活を見て過ごしていました。
人間が生まれて数百万年たった頃、ひとりの神が言ったのです。
「同じ日々を繰り返すだけでつまらん。ひとつ大波乱を巻き起こすのはどうじゃ?」
その言葉に他の神々も賛同しました。
神々は、数いる兄弟の末っ子であり、万能な能力をもつ創造神に頼みます。
「人ならざるものを創れないか?」
創造神は、体は小さいこそすれ、莫大な知識でなんでも創造できました。
神々は条件を付けていきます。
「神の力を持つのはどうかね?」
「それでは私たちの意味が無いではないか」
「ならば、人ならざるものだけが使える力はどうじゃ?」
「なるほど、面白い」
「人間に悪事を働かねば」
「そして人間を操るのも面白いね」
「いいですよ」
疑うことを知らない純粋無垢な創造神は、条件をすべて飲んで快く承諾しました。
創造神は、不思議な力を持ち人に害をもたらす人ならざるものを創ったのです。
人ならざる者がひとり現われただけで、現世は大混乱に見舞われました。
神々は喜びました。
逃げ惑い、心を喰われる人間を見て笑う神々。
創造神はとても複雑です。
兄たちが喜んでくれるのは嬉しいですが、代わり映えのない日々を過ごせる現世も美しいと思っていたからです。
神々はもうひとり、もうひとりと、人ならざるものを増やすよう創造神に頼みました。
神々の世界は年功序列。
末っ子であった創造神は、兄たちの意のまま。
逆らえば、存在を消されかねません。
創造神は言われるがまま、人ならざるものをひとり、またひとりと創りました。
壊れていく現世に創造神は、泣いて謝ることしか出来ません。
末っ子の自分を気にかけてくれていた兄たちの姿はもうありません。
利用してくるだけの存在となってしまったのです。
創造神はそんな悲しみを和らげるため、自分のそばに居てくれる生き物を創りました。
創造神の小さな腕の中に収まってしまうほどの小さな龍です。
その小さな龍を抱いて、ずっと泣き続けていました。
そんな日々が続いて、数百年。
神々の前にひとりの神が現れました。神々の中で最上位に位置する太陽神です。
太陽神は言いました。
「おぬしらが自らの愚行を省みる日を期待していた私が馬鹿であった。この世界において神はもう要らない」
そうして、太陽神は神々を焼き尽くしました。
たったひとり創造神を除いて……
小さな龍を抱きしめて、創造神は神々しい太陽神を見つめます。
「……私のことも焼いてしまわれますか?」
「焼かないよ。おぬしのような優しい子はね」
「ひとりは寂しいです。これからは一緒に居てくださいますか?」
「ああ、居ろう。現世を元の姿に戻すまでは」
二人の神は、地上に蔓延る人ならざるものを消し、元の代わり映えのない日々を過ごせる美しい現世へと戻しました。
「私の役目はもう終わった」
「兄さんも消えてしまわれるのですか?」
悲しみに暮れる創造神。
「……でしたら、私も兄さんと共に消えます」
「それはあってはならん!」
「心配はいりません。私の能力と記憶はすべてこの子に託します」
「その龍にか?」
「はい。これからこの世界の神は『龍神』です」
「……おぬしはそれでいいのか?」
「はい。ひとりは寂しいのです。兄さんとずっと居りたいのです」
「……そうか」
太陽神は、暖かな微笑みを創造神へ向けました。
「では、名を与えよう。そやつの名は『|御影《みかげ》』だ」
太陽神は龍に名を与えます。
創造神は小さな龍に記憶と能力をすべて引き継ぎ、太陽神とは手を繋いで消えていきました。
ぽつんと残された小さな龍………
いえ。その姿は創造神そのものでありました。
御影は現世に降り立ちます。人間と友達になりたいと願ったからです。
ですが、人間には自分の姿が見えていませんでした。
――なら、人間が思い描くものを創ろう。少しだけ人間の気持ちがわかるかもしれないから。
そして、御影は人間が想像した人ならざるもの『|物怪《もののけ》』を創造しました。
誕生した物怪に「友達になって」と御影は声をかけます。
ですが、知能のない物怪には御影の言葉は理解できないのです。
――僕はこの世界でひとりなんだ。
御影は悲しくて泣きました。涙が枯れるほど泣きました。
「なぜ、泣いておる?」
そんな御影に掛けられた声。それは、焼けるように真っ赤な球体でした。
「坊や。なぜ泣いておる」
「こどもじゃないよ」
「なら、こどもの姿ではなく大人の姿になれば良い」
「こう?」
御影は創造神そっくりの小さなこどもの姿から、大人の男性の姿へと変わりました。
光を吸い込んでいるような奇麗な白髪、朝焼けが見せる一瞬の輝きを閉じ込めたような金色の瞳、川のせせらぎのようなずっと耳を傾けていたいと思える声。
「大人に姿になったよ、どう?」
「まだ話し方がこどもだな」
「どうすればいいの?」
「そうだな。ふむ、おぬしの近くに居ったものの話し方を真似てごらん。ひとアレンジを加えてのう」
こうして、世界にひとりとなってしまった神様に、初めてのお友達ができました。
顔も体もない、なのに喋る赤い球体です。
「わしの名は『御影』だ。おぬしの名は何と申す?」
「それは……、まだ秘密だ」
これは、『|空蝉《うつせみ》』の始まりの物語。