よう! 最近なんか頭が痛いなと思ってたら、いきなり角が生えてきた魔王子ジルバギアスだ。
ついこの間5歳になったばかりなんだが、急に側頭部がじくじくと痛むようになった俺は、深刻な病気の可能性も否定できないと考え、すぐさまソフィアに相談した。
そしたら、角が生えてくる前兆だったってわけだ。ソフィアとの格闘訓練で殴られた痛みとも違うし、全く心当たりがなかったんだが、まさか角だとはな。
「マジでいきなり生えてきたな……」
血でぬめっている角を触って確かめながら、俺は呟いた。まるで無から生えてきたような感覚だ。もう少し、こう……歯が生えかけたときみたいに、角がだんだん盛り上がってきて、肌を突き破ってくるのを想像していた。
魔力が育つに従って、角もデカくなっていくらしいとは聞くが、それにしても初っ端からデカすぎるだろ、頭部に比して。どっから出てきたんだコレ。
「お! ついに生えましたかお坊ちゃま! おめでとうございます!」
と、ソフィアが部屋にやってきて、パチパチと拍手した。
「おう。思ったより早かったな」
「3日でしたねえ」
「これは平均より早いのか?」
「わかりません、確たる統計が存在しないので……」
「……なんだかなぁ」
衝撃的だったのは、魔王国には何万何十万と魔族が暮らしているのに、角の生え方や傾向についての統計が一切存在しなかったことだ。
「いずれにせよ、一般的な動物の角や、爪なんかとは勝手が違うようだな」
「魔族の角は、魔族の魔力の根幹をなす器官でもありますからね」
「5歳で生えるのは早い方なんだよな?」
「私が把握している限りでは前例がありませんね。奥方様もお坊ちゃまの成長ぶりをお喜びになるでしょう」
「うむ……」
「いや、もう『お坊ちゃま』ではなく、ジルバギアス様とお呼びするべきかもしれませんね。定命の者は成長が早いですねぇ」
「おう」
何やらしみじみとしているソフィア。正直、俺は途中から上の空だった。いつもと変わらぬ調子のお付きの悪魔から、目が離せないのだ。
ソフィアを中心に魔力が渦巻いている。――まるで小さな竜巻みたいに。
その体が、物質的なモノではなく、吹き荒む風を無理やり型に押し込めたような、不自然な状態であることが直感的に理解できたのだ。
ソフィアとはそこそこ長い付き合いになるが……コイツがここまで『デカく』見えたのは初めてだ。元々、これだけの魔力差があったにもかかわらず、俺が気づけていなかっただけの話でもある。
「おや、『わかる』ようになりましたか、ジルバギアス様も」
ニヤリと笑ったソフィアが指を動かし、空中に魔力で文字を描き出していく。
「『角なし卒業おめでとうございます』、か」
口に出して読み上げる俺。
「正解! 魔力に満ちた世界にようこそ、ジルバギアス様」
再びパチパチと拍手してくるソフィア。ここまでハッキリ魔力が知覚できるとは、我ながら非常に興味深い。視覚とも聴覚とも違う、まさに魔力的感覚というやつだ。世界の見え方、感じ方が昨日までとがらりと変わってしまったな。
ただ、それはそれとして。
「おい、なんでエルフ文字なんだよ」
「きちんと覚えておられるかの確認でございます」
魔族文字、人族文字を問題なく覚えた俺は、エルフ文字にも手を出した。そうじゃないとエルフの書物が読めないからな。だからエルフ文字を出されても問題はないんだが……俺はジロリとソフィアを睨んでみせる。
「ここは魔族文字にするべきだろ。俺の輝かしい魔族としての記念日だぞ。お前には魔族文化に対する敬意が欠けていると見えるな……」
俺の非難の言葉に、ソフィアはかしこまって神妙な顔を作る。
「申し訳ございません。魔族文化に『敬意』の概念が存在するとはつゆ知らず……」
そのまま顔を見合わせた俺たちは、どちらからともなくブッと吹き出し、ゲラゲラと笑い転げた。
コイツもなかなか毒のある口を利くようになってきた。個人的には気に入っているが、母上や他の魔族の前じゃ絶対できないな。
「言うじゃないか。今度、魔族流の『敬意』というやつを教えてやろう」
「期待しておりますよ、新たな知識は何でも歓迎です!」
俺が拳で小突く真似をすると、ソフィアもニタニタと笑いながら返す。最近、ようやく格闘訓練でソフィアともマトモにやり合えるようになってきた。ただし、ちょっとでもソフィアが本気出したらひっくり返されるし、そこに魔法まで絡むと圧倒的な力量差と言わざるを得ない。
俺の魔力が強まったなら、もう少し『マトモな』戦いができるだろう。ソフィアがさらに本気出してくるだけかもしれないが。
「いや、楽しみだな。ようやく本格的に魔法を学べるのか」
ワクワクするのが抑えられず、俺は手をこすり合わせてしまう。
これまでは、子供だましの魔除けのまじないくらいしか教えてもらえなかったんだよな。角が生えて魔力が強まるまで、魔法を練習してもほとんど意味がなく、そんなことに時間を費やすくらいなら、運動でもして体を鍛えた方がマシと言われていた。
正直、俺としては不満たらたらだったが、今となっては納得だ。
指先に集めた魔力をウネウネと動かしてみる――そもそも魔力が段違いに強まってるし、何よりこの精度! 知覚! 角なし状態と効率が雲泥の差だ。
「おい、ソフィア。早速なにか呪文を教えてくれ、汎用のヤツ」
「構いませんが、まずは血を洗い流されて、目覚めの食事をお摂りになっては」
鼻息も荒く頼む俺だったが、ソフィアはやんわりと制してきた。言われてみれば、その通りだ。頭にべったりとついて固まりかけた血は不快だし、腹も減ってるし。
「それもそうだな。いやはや、楽しみすぎて飯のことなぞすっかり忘れていたぞ」
「ご用意いたします」
ソフィアが鈴を鳴らし、いつものメイドたちや小間使いのインプたちがぞろぞろと入ってきた。
「ジルバギアス様。おめでとうございます」
「おめでとうございます~」
角が生えたことで、口々に祝福してくれる使用人たち。鷹揚に応じながらも、俺は驚愕を禁じ得なかった……インプはともかく、夜エルフや獣人の貧弱さよ!
いや、俺自身、昨日までは角なしだったからヒトのことは言えないんだがな。獣人なんて魔力的には吹けば飛びそうな惰弱さだし、夜エルフも驚くほど頼りない。魔法をロクに習っていない俺でも、呪詛を放てば何かしら悪さができてしまいそうだ。
「……いかがなさいましたか?」
俺の値踏みするような視線に気づいたか、濡れタオルを火の魔力で熱してから角を拭こうとしていた夜エルフメイドのひとりが、鉄面皮を維持しつつ、ややたじろいだように尋ねてきた。
「いや。世界が変わって見えてな」
適当にはぐらかす。火の魔力をハッキリと感じ取れるようになって、それが興味深かったのも事実なので嘘ではない。
ただ……俺は個人的に、なぜか夜エルフが好きじゃないんだよな。彼らの徹底した合理主義、腐ってもエルフ族としての教養文化など、要素だけを抜き出すと嫌いどころか俺好みのはずなんだがな。
でもなんか虫が好かないんだよなぁ……自分でも不思議でならない。
魔族に臣従し、魔王国をあらゆる方面から支えてくれている一級国民として、俺は夜エルフという種族を高く評価している。魔力が弱いのは確かに……アレだが、彼らも好きでそう生まれたわけではないだろう?
ただ、それは獣人もゴブリンも同じなんだよな。極論、俺とて好きで魔族に生まれたわけじゃないしな……。夜エルフの、種族として大して強くもないくせに、やたら他種族に偉そうな態度が気に食わないのか? わからん!
いずれにせよ、特に理由もなく忠実な臣下を毛嫌いするのは、支配階級に相応しい心構えとは言えないだろう。
難儀なことだが、俺は魔王子として生まれたからには、地位に相応しい品格を身に着けたいと感じる程度には自尊心があるのだ……
……そのまま、使用人たちの手で着替えと身繕いを済ませ、手早く目覚めの食事も摂った俺は、母上に会うまでの待ち時間でソフィアから呪文を習った。
「思ったより簡単だな」
戦闘用魔法の基本中の基本、【防護の呪文】は、すんなりと習得できた。
「角が生えたからですよ。それにしてもジルバギアス様は本当に飲み込みが早いですね。初めて使ったとは思えない馴染み具合です」
「良いことだ。これは訓練が楽しくなるぞ……!」
ニヤリとソフィアに笑ってみせる。魔力の障壁を身にまとう魔法――これがあれば格闘訓練ももっと『激しく』できるに違いない。
「いいな! 強くなるのは楽しい。新しく学ぶのは何でも楽しい!」
自分でも言うのもなんだが、俺は物覚えが早い方だし、要領も悪くない。ソフィアの権能の影響も(たぶん)あるだろう。新しいことを覚えたり学んだりするのがとにかく楽しくてたまらないのだ。
しかも魔法に関しては、覚えれば覚えるだけ強くなるのを実感できる!
これは……止まらないぞ! これからめくるめく魔法と呪文の学習の日々が始まると思うと興奮してきた。
「もっと教えてくれ、ソフィア。次は何にする?」
「【防音の結界】にしましょう。何かと便利ですからね」
「地味だが悪くない。できれば戦闘に役立つ方が嬉しいがな」
「ジルバギアス様も男の子ですねえ。それはまた追々やりましょう」
呆れたように笑いながらも、新たな呪文を教えてくれるソフィア。
それからしばらくして、麗しの母上・プラティフィアがやってきて、それはもう大層に喜んでいた。
「もう角が生えるなんて! 素晴らしいわよ、ジルバギアス! ……えっ、もう魔法も覚えたの? あなたは本当に優秀ね!!」
バッと扇子を広げた母上は、口元を隠しながら(隠した意味があるのかわからないくらい)オーッホッホッホと高笑いしていた。嬉しそうで何より。
しかし……母上の強さも本物だな。俺も角が生えたことで、母上のどっしりとした魔力の存在感が、手に取るようにわかるようになった。
ソフィアを遥かに上回る魔力……これが大公級魔族ってやつか。
「予定を繰り上げてもいいかもしれないわね、ジルバギアス」
「予定、ですか」
「そう! あなたが宮殿に参上する日よ。ゴルドギアス様に――魔王陛下にお会いする日を早めてもいいかもしれないわ」
「おお! 願ってもない話です」
父上に再会するのも俄然楽しみになってきたな! 今のこの知覚をもってして、父上を観察してみたい。
「ただ、その前に……せっかくなら、ひと足早く魔界に赴くのもアリね」
「奥方様、それは」
ソフィアが驚いている。これは、アレか?
「悪魔との契約ですか」
「ええ、そうよ。5歳で魔界行きは前代未聞とはいえ、あなたならきっとやり遂げるでしょうから!」
ぐいーんと誇らしげに胸を張る母上は、俺というより、俺を通して別の誰かのことを考えていそうだった。たぶん……他の妃だろうな。魔族の女として得られる栄誉を獲得し尽くした母上は、あとはもう跡取りの優秀さくらいしか他と競うものがないのだろう。
俺としても、母上の優秀な『武器』になることはやぶさかではない。単純に俺が上を目指せばいいだけだからな、魔王になるかはさておいても。
「いいですね! 悪魔との契約! 願ってもないことです!」
ウキウキし始める俺に、ソフィアがちょっと寂しげな顔をしたのが印象的だった。
「俺は、ソフィアでもよかったんだがな」
「それは……お気持ちはありがたく頂戴いたします。ですが私は、奥方様の使い魔ですからね。新たに契約は結べませんよ」
「母上が生きている間はずっと有効なんだったか」
「はい、生涯有効です。ですから悪魔との契約は慎重に考えねばなりません」
「ふむ……」
ってことは、母上が死んだらソフィアが自由になるってことでもあるんだよなぁ。
「な、なぜこちらを見るのジルバギアス」
母上は俺にじっと見つめられて少したじろいだようだった。
「いえ、別に」
「それにあなた、学習意欲が旺盛なのは良いことだけど、あなたの本分は学者になることではないのよ?【あなたは、魔王になるのよ、ジルバギアス】」
「最善は尽くしますとも」
俺はややうんざりしながら頷いた。母上の願いを無碍にするつもりはないが……っていうか、昔から散々言われてたこれ、魔力がこもった言葉だったんだなぁ。
「はぁ……全く、我が強いわねあなたは……」
ビクともしない俺に、母上が困ったように額を押さえている。ソフィアが笑いを噛み殺しているのが見えた。
……本当のところ。
俺は何か、得体のしれない渇望を抱えている。
『何か』を成し遂げなければならない、という強烈な欲求があるのだ。
ただし、それが何なのかがわからない。あるいは俺は、それをまだ知らないのかもしれない。俺が新たなことを学ぶのに積極的なのは『それ』を見つけようとしていることもある。
様々なものを見、学び、あまねく事物を習得して、あらゆる場所を探訪すれば、俺が求める『何か』がハッキリとわかるかもしれない。
そんな想いに、駆られているのだ。
だから――魔界に赴くのは願ってもないことだった。ソフィアいわく、魔界に行けば、自分にぴったりの悪魔に出会えるって話だったしな。
「楽しみです、母上」
俺は母上にニコリと笑いかける。いつも他の妃にマウントを取ることばかり考えている母上も、このときばかりは頬を緩めた。
「ええ。それでは、近いうちに飛竜を手配するわ。私も楽しみよ、ジルバギアス」
わしゃわしゃと頭を撫でてくれる母上。角も愛しげに撫でられて、俺は何か無性に誇らしい気持ちになった。
……ただ、角を触られて、不意に気づいたけど。
「あ。でも、これってもしかして、横向きに寝れない……?」
「そうね。私も角が生えてから仰向けでしか寝てないわ」
何でもないことのように母上が答えた。俺は目の前が真っ暗になったような気持ちで、思わず膝をつく。
「そ、そんな……!」
「……ジルバギアス様、いつも横向きに眠られてますもんね」
おいたわしや……とばかりに同情の目を向けてくるソフィア。母上は呆れたように笑っているが、笑い事じゃない!
「俺は横向きじゃないと寝れないんですよ……!!」
基本、角が生えて楽しいことばかりだったが、これだけは、これだけは……!
受け入れがたい……!!
――そうして、その日からというもの、俺はなかなか寝付けずに苦労する羽目になったのだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※次回、ジル魔くんダークポータルへ向かうの巻。