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  • 2023年10月22日

    あの旅の真実。【再掲】

     ※この駄文は、見落としがちなメディアリテラシーを指摘する役割に意味がある、と考えるため、表示順位が下がってきたら再掲します。 --------ここから再掲--------  CXは僕の著作者人格権を侵した。  そのことについて何度も文書で、文書による回答を求めたが、ついぞ回答はなかった。    この駄文の結論だけ先に書いておく。    TVはニュースも含めてその動画の全てが作為的な作り物、いわゆるやらせの塊だ。    ヤラセを前提とした情報リテラシーも持ち合わせないまま、明々白々な違法行為をしたわけでもない人々を、TVが悪しく取り上げる様を信仰して、悪し様な罵り愚痴をネットに吐き出すのはもってのほかだ。    二十一世紀の一般市民が持つべき情報リテラシーが        第一条 うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい        だとするならば、次ぎにふさわしいのはこれだ        第二条 新聞・ラジオ・TVを問わずメディアは、作為を持って報道を「造る」から、ヤラセを前提に評価をされぞかし。  あの旅で僕は詰まらない駄文を書いた。  それがさらし者になったのは当たり前に自業自得と思っている。  まあ、未だに駄文を書いてるのだけど。  当時の駄文で、僕は初期の文章から登場人物名を変えて後半をまとめた。  その方があの旅に向いていると判断したからだ。  CX直のプロデューサーは、変更前の登場人物名を気に入り、そちらを使えと、指示してきたが僕は断った。  そして原稿用紙には、あたらしい登場人物名で統一して提出した。  その後も製作会社とのやりとりがあり、ヱ○スの駅で待ち合わせをした。  もう、何の用事だったかは忘れたが、用事を済ませて帰ろうとすると、製作会社のAD氏から呼び止められた。  「前のキャラ名何だったっけ? 番組はひとりで造るものじゃないからさ、間違えないようにみんなに周知したいから、念のためここにメモしてよ」と、白紙の原稿用紙を突き出され「絶対間違わないでくださいよ」といい残して旧登場人物名を書き込むとその場を去った。  そして、その一書が、上手に切り張りされて番組で使われた。  それは違うと思ったし、他にもおかしな構成だったので「このシーンは明らかに前後の画像が別の日でこのような編集はやらせじゃないか」「参加者の人格を歪めた番組づくりじゃないか?」と質問状を送り、ついには役員にまで送ったが、帰ってきた文章は「やらせとは認識していない」とのことだった。そして僕の著作者人格権の同一性保持権侵害についてはコメントすらなかった。  あの旅では日記を書いてそこで心情を語る場面があるが、スタッフに提出する用とは別に、僕はその日その日の詳細をまとめた日記を持っている。  それは走り書きなので僕にしか読めない。  ただ、労働者生活を隠居した後、過去の記録のデジタルタトゥーとして書き起こし、後世に残すのも一興かと思っている。  そこには、出納記録もあり、いつの昼食、夕食の出費で、幾ら使ったかが正確に記録されている。  知っているだろうか? 一行飛ばしのスタッフ提出用の日記に「最近、○○君とは話が合う。仲がいい。でも新しく入ってきた女子の◇◇とは話が合わない。なんだあいつは?」と書いたものが、番組では「最近、新しく入ってきた◇◇と仲がいい」とかってにつぎはぎされて放映される事実を。  知っているだろうか、2週間前後の撮影で約400時間分の録画が行われ、それが1ヶ月にわたって放映されるも、VTR部分は17分程度で、前回の振り返りもあることから、新しい動画は14分もないということを。そしてそれだけの素材があれば「新メンバーを悪者にして」「卒業間近のメンバーが旅を通じて成長を遂げたような」14分を作ることなど造作もないことを。  知っているだろうか、そうやって、なかば嘘のストーリーにより、モノを知らない大衆から総批判を喰らい、涙に明け暮れる日々を過ごした女性参加者の多さを。  知っているだろうか、入出金をしっかりと管理したが故に「お前のいるときは『旅の資金を使い切ってしまい何とかする』というイベントが撮れなかった」と帰国後に渡ってなじられることを。そしてみんなが満足に夕食を食べられるように配慮しつつ旅の資金を管理した結果、「また改めて支給するから、一旦残りを出して」と、折角やりくりした資金を取り上げられることがあることを(そんなことはあの旅の長い歴史の中で僕だけだったらしいが……)。  ヤラセか? と問われることばかりだった帰国後の僕の人間関係。ヤラセだ、といえば伴侶と巡り会えたことも否定すらことになる。しかし、事実か? と問われれば自分の虚像を真実と肯定する事になるジレンマに曖昧な返事しかできない。  制作側に、しっかりしているところがないわけでもない。  知っているだろうか、男性と女性とは、必ず別々の宿に宿泊させられることを。        ある日、スタッフの調整が折り合わず、男女とも同じホテルに泊まることがあった。ホテルというより宿のそれは、雑魚寝をするのに調度よかった。その時も男性と女性の参加者の部屋は最も遠い配置にされ、かつ入り口に男性出演者の部屋では男性ADさんが、女性出演者の部屋では女性のADさんが雑魚寝するという念の入れ方だった。    僕の旅路では、特に女性参加者に、恋愛に真摯に取り組む姿勢の人が多く、スタッフから旅に課せられたルールを守る人がほとんどだった。その点の真摯さについては、女性参加者全員だったといっていい。でも、歴代には手癖の悪い参加者がいたらしい。僕は自分の恋愛が忙しい三~四年程、過去現在未来のメンバー総集合の忘年会の幹事をしていたことがある。だから「らしい」とは書くが、当然当事者たちから聞いたエピソードであり、そして当人の態度にもめんどくさい思いをさせられた当事者でもあるから、その肌感覚から間違いないと思っている。  その女性は、告白の前に相手の気持ちに気づき、スタッフのいないところで「断るよ、だって旅続けたいもん」と勝手に振った。振られた男性は告白を取りやめることをディレクターに伝えた。        知っているだろうか、およそ一カ国の収録をひと班の制作陣が担い、最低一回の告白を作ることが求められていることを。そうして、テンポよく放送を回していたことを。        当然、告白を練り上げてきた制作陣は激しい怒りを示した。明日はあなたのリタイアシーンを取るから、と宣告された。その女性参加者は打算ずくだったのだろう。リタイアエンドならカップル成立でエンドを迎えた方がいいと考え「やっぱり自分からいきます」と答えを切り替えた。帰国後もあーだこーだあったらしいが詳細は知らぬ。ただ、男性側が一途に好きを貫き通したとは聞いている。男気のある方だったのだろう。        知っているだろうか、あなたが涙しながら見送ったそのカップルが成立した動画が撮影された日は、どんなに短くても撮影から四ヶ月、長ければ半年も前の出来事だということを。あなたが翌日、友人と、同僚と「昨日の番組感動した」と語り合っているとき、当人同士はとっくに分かれて、新しい相手を見つけているということを。        これは全くの後日談となるが、僕が幹事を務めた忘年会で、その女性は最初、欠席を返事してきた。曰く付きの人物なので、来ないことにほっとした。ところが当日「近くまで来たから」と勝手に顔を出してきた。そして「すぐ帰る」というので仲間の輪に混ぜたが、いつの間にかドリンクを頼み、食事も取っている。お店の方が「一名増えられましたので、料金をちょうだいできますか」と尋ねてくる。そこで僕は「参加費、払うか帰るか決めて」と伝えた。するとその女性は舌打ちを添えて「じゃあ払う」といってきた。何とも浅ましいと思ったが、まあ二度と会うこともあるまい、と受け取って処理した。    旅を続けることに固執する姿勢は、仲間内から軽くみられる。    そりゃそーだ。男性四人、女性三人の組み合わせで、旅をしながら恋を見つけるコンセプトだ。    旅だけしたいんなら勝手にやってろ、って話しだ。        制作陣も口だけはちょーしイイモノで、合流したばかりの参加者には「自由に過ごしてご覧」「旅を続けたいからと告白を断る子もいるしさ」とかたる。しかし一旦、長く旅してきた子の告白対象となったら態度もガラッと変わる。「もし、いま、誰かから告白されたらどうする」「断っちゃうの?」「誰から告白されたら断るけど、誰から告白されたらOKとかある」「なんで? 旅を続けたいから」「この旅は恋愛が中心だから」「告白を断るような子は恋愛に向き合えない子だから、と判断すればリタイアしてもらうこともあるかも知れないよ」と長く旅をしてきた子の恋愛を成就させるよう、様々な働きかけをする。なぜなら、長く旅してきた子は、これまでの悪印象の操作を裏返せば、好印象に変え、視聴者の目を欺くことなど造作もないし、その上でカップル成立となれば視聴率も稼げるからだ。    最終的には、本人の意志で受ける、受けないが決まるから、そこに嘘はない、ともいえる。    しかし、そこまで作為的な作成側のリーディングがあって成立したカップルに、どれほどの真実の愛があろうか。    その多くが、続くはずがない。    それが、結婚カップルの少なさに比例している。        知っているだろうか? 桃色の乗り物に乗るときの座席位置は、朝からスタッフに決められているということを。そして一日のあいだになんども組み替えられ、全員の異性と隣になることが決められていることを。つまり、誰かが自身の意志で、誰かのとなりに座るなどということはほとんど無いということを。        知っているだろうか、人気の少ない景勝地で語らう場合も、一通りのローテーションがあり、全員が異性の全員と語らう時間を持つことを。これは、誰かが自身の意志で、誰かとの語らいに向かうということは、事実上ほとんどあり得ないという意味であることを。        これは知っているひともいるだろう。七人の旅が、実はその数に倍するスタッフの同行により二十人超の大所帯となっていることを。        知っているだろうか、背中を向けて語らうカップルの音声が、片方は風切り音がノイズとして混ざっているのに、もう片方はクリアな音声である理由を。ここまで読んでくださった方にはもう、自明の理だと思う。その二つの音声はその二人が背中合わせに語らっているときに集音されたわけではない、別々の日の別々の音声を組み合わせた会話だということを。        知っているだろうか、最後部の三人掛けのシートに、たまたま同じ配置、同じ服装で座ったときの三人が、違う日にも同じ配置、同じ服装で座っていた時をブレンドして、全く存在しない、まるで情緒不安定なようなシーンが作られたことがあることを。これについてはスタッフの細やかさと手だれた編集に舌を撒かないわけにはいかない。そして、画面に映り込む、中段の席に座っている人物をよく見れば、違う人物が座っており、違和感を感じてもおかしくない。しかし視聴者の視線は最後部の三人掛けの席にしか向かっていないので、気がつく余地がない。        最後に、知っているだろうか、告白の言葉を交わす前から、お互いがお互いを「この旅を終わらせる唯一の相手」と心に決めたときから、スタッフによって、わざとすれ違いのシーンが作られることを。二人で帰国することで知った、「あの時のあれはどうしてなの」「あれはディレクターさんの指示で……」の数々があったことを。        これらは全て、制作陣から視聴者へのプレゼントこと、創意工夫による恋愛のおもしろさの演出であって、なにも悪意からなるばかりのことでは無い。    しかし、そのエピソード一つ一つを自分の行為かと問われると、少なくとも「あんな事実はない」と答えるしかない。    すると次ぎに来るは「では、ヤラセか」と聞かれるので、もはや答えようが無く「ヤラセだ」という。    すると次ぎに来るのは「ほんとはお前はあの相手と帰国したわけではないんだろう」と掘り下げられる。    いや、「ほんとに好きで今つきあってるんだ」と答えても「それもヤラセでそう答えろって指示なんだろ」と聞かれる。    もう、答えようがない。        長男に恵まれたときもそうだ。    僕は、制作側の「ほら、ヤラセじゃないでしょ」という文脈に使われることに辟易していたのと、その子がやがて大きくなったときに「例え親とはいえ、自分の映像を勝手に使って欲しくなかった」という反応があった場合に取り返しがつかないことになると思い、制作側に伝えることを反対した。妻は自分の唯一の大冒険であり、生涯の思い出となる旅に、幸せの報告をして何が悪いのかと泣いた。泣かれれば男は弱い。結果として、一枚の写真を差し出すことが折衷案になった。    事ほど斯様に、同じ参加者といっても、一人ひとりの受け止め方も、振り返り方も違う。        ただ、作為的に作られている一シーンを取り上げて、その人の人格を否定する行為は、一般人の参加者でも、職業タレントでも、臣籍降下した一般人でも、臣籍降下が予定されている皇族でも、それは等しく違うと思う。    ここに提唱したい。        マスコミの報ずるところは、まずヤラセありきで受け止めるのが、当代日本人に求められる情報リテラシーの姿だ。        急に昔の事に飛ぶが、現毎日新聞は戦意発揚の美名の元に、二人の日本兵が中国大陸で自分の愛刀一振りを頼りに百人斬り競争を行ったと報じた。    それは現場を知る数多の日本兵にとってヤラセであることは明々白々だった。    銃後の日本人は「弱い中国兵相手にどんどんやれやれ」と受け止めた。    戦後の中国の戦犯法廷は「屈強な中国兵に向かって百人斬りなどできぬ。無辜の市民を虐殺したな」として死刑を宣告した。    執行までのあいだに、戦犯とされた二人は、現毎日新聞に記事が創話であることを明かして欲しい旨手紙を書いた。    人の命がかかっている手紙だった。    現毎日新聞から中国国内の戦犯法廷に出された書状には「当社は虚偽をしたためるに非ず」の旨のひとことだった。    二人は現毎日新聞の非情に泣いた。    そして刑場の露と消えた。    このことは山本七平の著書『私の中の日本軍』に詳しい。     「この事件は、今では、中国語圏、英語圏、日本語圏、エスペラント語で事実になっている。しかし、明らかに記事の内容自体は事実ではない。従って、これを事実と報じた人びとは、まずそれを取り消して二人の名誉を回復して欲しい。独裁国ですら、名誉回復と言う事はあるのだから。そして二人の血に責任があると思われる人もしくは社(東京日日新聞現在は毎日新聞=筆者)は、遺族に賠償してほしい。戦犯の遺族として送った戦後三十年はその人々にとって、どれだけの苦難であったろう。  人間には出来ることと出来ないことが確かにある。しかしこれらは、良心とそれをする意志さえあれば、出来ることである。もちろん私に、そういうことを要求する権利はない。これはただ、偶然ではあるが、処刑された多くの無名の人々の傍らにいた一人間のお願いである。」(山本七平ライブラリー『私の中の日本軍』P247)→『「百人斬り競争」事件について日本人が知らなければならない「本当」のこと - 渡邉 斉己 アゴラ 2012.02.04 01:08配信』より    この事件は、二十一世紀になってから元毎日新聞の虚報であるとした裁判が行われたが、判事による数々の裁判進行妨害により、原告側の敗訴が急に決まった不自然さがある内容だった。    マスコミを侵している外患という毒は、法曹をも侵している。    https://www.senyu-ren.jp/100/002.HTM        そろそろ結びに入る。     TVはニュースも含めてその動画の全てが作為的な作り物、いわゆるやらせの塊だ。    ヤラセを前提とした情報リテラシーも持ち合わせないまま、明々白々な違法行為をしたわけでもない人々を、TVが悪しく取り上げる様を信仰して、悪し様な罵り愚痴をネットに吐き出すのはもってのほかだ。    二十一世紀の一般市民が持つべき情報リテラシーが        第一条 うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい        だとするならば、次ぎにふさわしいのはこれだ        第二条 新聞・ラジオ・TVを問わずメディアは、作為を持って報道を「造る」から、ヤラセを前提に評価をされぞかし。        ただ、作為的に作られている一シーンを取り上げて、その人の人格を否定する行為は、一般人の参加者でも、職業タレントでも、臣籍降下した一般人でも、臣籍降下が予定されている皇族でも、それは等しく違うと思う。    大手メディアを侵す外患は、皇統の継続を厭む。    当然だ、二千六百八十三年の長きにわたって、男系の皇統を紡いできたことが、日本を世界最古の国家たらしめる確たる証拠だからだ。  これを侵せば王朝がかわり、日本は改めての新参国となる。  「長幼序有り」の儒学思想にとってこれほど都合のいい形はない。    ニュースは嘘を語り、嘘を隠して国民を欺く情報源。裁判の判決の結果ですら、判事と検事の心情に揺り動かされた妥協の産物。    そしてバラエティなどは、ヤラセにヤラセを重ねた、と形容しても表現が過多ではないほどの作り込みによって捏造された、この世に存在しないストーリーであることを前提にみなければ、        あなたが非難しているその人は、あなたが「斯く為る行為こそがふさわしい」と唱えている、その行為の体現者かも知れないよ。    そんなこと知らなかったでは許されない、だって人の命に関わる事なんだ、いわれのない誹謗中傷は。    だってTVで放ってた、という言葉は言い訳にできない。    なぜならテレビの動画はニュースを含む全てのカテゴリにおいて、作為と悪意に充ち満ちている事を、ここで十分に語っているのだから。        否定するなら同じ体験をしてからにされぞかし。
  • 2023年10月22日

    vivyを見た

     作り手の素人の分際で小生意気を申せば「なかなかよい作品だった」という気がする。  主人公の行動原理が明確なのがよかったのだろう。  それに反する行動をするときの主人公の葛藤が如実に書き出されていると思った。  それと、これは笑っちゃう要素でもあるんだけど、時々ある登場人物のトメ画が、やたら綺麗に書き込まれていて、凄く目を奪われるシーンだった……、その後の画が通常運行なのに作画崩壊と錯覚してしまう難点はあったが。  一周目して得られた感覚は、何となくギルティ・クラウンを思い起こさせる。  何が似ているとかそういうのではなく、なんだろう、なんていうか、「ああ、そっかあ……」という感覚が似ていると思った。  そしてその感覚はよい作品をみたという感覚に極めて近かった。  なので「vivy Fluorite Eye's Song」お勧めです。
  • 2023年10月19日

    ○○○郎さんから怒涛のハートが!

     そりゃまあハートが頂けたらうれしいです。  ある意味そのために上げている訳ですし。  でも「アデル・ヴォルフ」に対して○○○郎さんからいただけるハートは緊張感に溢れているというか、高揚感を憶えるというか。  「このユーザー名を名乗ってる方のお眼鏡にかなうなら、拙作も捨てたものでもないのかも」と思わせてくれるようなお名前なのです。  まあ、ここでこんなことを書くこと自体、ハートをおねだりしているようなもんですが。  せめて最後までご読了頂けたらありがたいなあ。  勿論、広く皆様からハートや三つ星を頂けることを願って止まない日々であります。
  • 2023年10月18日

    幻○舎から電話があった。

     落ちは「240万円ある?」ってはなし。  大昔、撫子小唄、を幻冬舎の賞に出したことがある。  自費出版がらみの企画なんだけど、勿論選に引っかかることなく、僕としてはそこで終わりだったんだけど、後日、自費出版しませんかコールが入ってきた。  曰わく「編集者付きできちんと体制をとります、付いては200万ほどかかるのですが」と、そんなお金があったら苦労しませんよ、とは言わずに丁重にお断りした。  昨日の寝支度のタイミングでかかってきた電話も、幻○舎からと分かった時点で、また200万の話かなあと思っていたので聞いてたら「240万円」の話にステータスアップしていた。  向こう様が「我々が一番大事にしているのは、ご本人の『絶対本にしたい』という強い意志です」とおっしゃるので、本にしたいという願望はかつてから常に持っています。  今でもその気持ちは変わりません。  ただ、  これはその場ではバルス並みに何もかも台無しになると分かってて続けた。  自宅の雨漏り対策のリフォームで数百万のローンを組んだところなので、240万なんて大金用意できません、とね。  そしたらそそくさとクロージング・トーク。  ここで仮になけなしの240万円が僕の手元にあって、それをはたいたらどうなっていたのだろう。  きっと後から「イラストをつけた方が売れる、イラスト代50万」とか、出費がかさむのではなかろうか?  世の中には自費出版から芽を開いた作品もある。  人生の大事な選択に失敗した気もするが、まあ、それでこそ俺だからwwww
  • 2023年10月11日

    日本人の良識派は原爆に恋している

     twitterであげた記事のまとめなんだけど、日本人は概ね、原爆に放射性物質に放射線に、過剰に拒否反応してみせる。  核戦争が起これば世界中の生命が失われると思っている。  核戦争で、すべての原爆が爆発したら、多分人類の経済活動は壊滅するだろう。  でも、生物は滅んだりしないし、わずかばかり残った人類もサバイバル生活を始めるだろう。  そう、人類だって絶滅しない。  昭和20年8月の原爆空襲から78年、広島の医師は広島の平均寿命を「全国的に低い傾向にある」、との声明を排泄しているようだが、フツーにクグレば、2021年10月28日に発表されたと思われる数字で女性の平均寿命が87.33歳で、全国の県で10位に着いている。 2023年9月15日の広島県健康福祉局発表では、下記のような情報もある。「百歳以上高齢者の数は、今年度は2,738人となった。 これは、敬老の日が制定された昭和 41年の約171倍、10年前(平成25年)の約1.6倍である。 また、女性は、2,440人で、全体の89.1%を占めている。」  おいおいちょっと、ちょっと待ってくれよと。原爆が落とされたらこの世は消滅するんじゃないのかよと。  原爆が落とされたら、死の大地になるんじゃないのかよ、と。  実はそんなことはない、原爆が落とされても2~3週間程度は放射線が危険なレベルになるかも知れないが、それも直に落ち着く。  今、広島をピカッてる、なんて世迷い言、狂人のごく一部の人しかいわない。  ヒロシマ・ナガサキは毎年各種媒体で大仰に騒がれ、崇め奉られるが、同じ昭和20年は3月10日に行われた東京大空襲のことは、ほとんど無視されている。  東京大空襲忌が3月10日だということを、この駄文で知った向きもいらっしゃるのではないか?  8月6日が何の日か、8月9日が何の日か知らないと答えると、無教養な非常識人と目を顰められることは有っても、3月10日が何の日か答えられなくても、宜なるかな、とおいておかれるに過ぎない。  一晩で無辜の東京市民11万人超が死者か行方不明者に変わり果て、それに並ぶ負傷者を出し、老いも稚きも無差別に焼き殺した大殺戮をすっかり忘れ去って平然としている。  しかも原爆空襲とちがい、たった一機の爆撃機が訪れての行為ではなく、のべ300機以上の爆撃機が、敢えて低空を飛び、丹念に丹念に焼き殺した、組織としての行為である。  いかな人間の行為といえども、差別心に捕らわれてでも居なければ、容易にはなし得ない虐殺である。  当代人が良くも忘れ去らしめたものだと、天晴れに思えるほど酷たらしい虐殺だ。  それでも誰もが3月10日を悼まない。  恋愛で、愛慕の反対は憎悪ではなく無関心だといわれる。  日本人の気質で行けば、暦が一環りした60年ほど前のことともなれば「過去のことは水に流して未来を生きよう」と態度を改めるのが美徳である。  現に東京大空襲はそうやって風化せしめた。  なのに原爆についてはいつまでも何時までも取り上げる。  何故か?  それは日本人の良識派とされる人々こそ、その猛烈な破壊力、破滅力に狂おしいほど恋い焦がれているからだと見れば、至極簡易にその謎は解ける。  東京大空襲は恋想われるには足らなかった。「B-29を300機以上運用すれば、愚鈍なアメリカ人でも虐殺はできて当然」なのだろう。  はぁ、とため息しかでないが、たった単騎で訪れて街を一発で焼き払う原爆は、我々がどうやっても手に入れられない。手に入れられないからこそ、狂おしいほどに愛おしい、そういう存在なのだ、と考えれば、同規模且つ首都で行われた虐殺は忘れ去ってもヒロシマ・ナガサキは忘れられないのだ、と説明がつく。  とうとう気でも狂ったか、と罵られるなら光栄だ。  科学的にも考えれば、最も単純な公式で解決できる事象は、その世界ではそれが正解なのだから。  このような考え方が、ひとつのありきたりの考えになるまでには、人は数世紀の年月を必要とする。  そういう生き物なのだから。  僕は核武装や原発の積極的活用こそが、この国の未来をよりよいものにさせると考えてる。  それと同時にヒロシマ・ナガサキ、フクシマの経験から、放射性物質が決して制御できないものではないことも「知っている」。  だから何度でもいうよ。  核武装と原発、原子力艦艇の装備という、「核の平和的利用」は本当に核を科学的に理解したときになし得、それによってこの国は三度世界的栄光に輝く、と。
  • 2023年10月7日

    ホントに分からない

     twitterの何が楽しいのか、ほんとに分からない。  でもま、なんとなくここの近況ノートよりは更新している。  変なタグをつけているせいか、なんか同じ方がお一人、つどつど良いねを下さる。   でも、それ以上でも、それ以下でもない、不思議な関係。  ご興味のある方は、検索してくださるとありがたい。
  • 2023年10月6日

    citrusが読めなくなった……、重症だ!

     鬱だからといって、自分で自分の状況なんて分からない。  何度か繰り返しているけど僕の鬱は、平日の仕事の時はある意味何ともなくて、休日のプライベートの時に重くなるタイプだ。  平日の仕事の時というのも、あくまでオフィスに出る必用があって、在宅ワークなんかしたら、休日同様、体が動かなくなる。  オフィスに出れば一日働けるんだから、我ながら「社畜化したホモ・サピエンス」だなと思う。  休日でも、特に午前中がやばい。  先日も、別の趣味のある工程(400→600→800とかそういう奴)をしていたら「この工程の何が面白いんだろう」と思い始めてしまい、もう駄目。  そのまま、たたんだ布団の上に寝転がり仮眠を取ってしまった。  それが、午後になってからまた立ち向かってみると、「こういうコツコツとした作業も楽しいなー」と思いながら作業ができた。  もう、自分でも訳が分からない。  気を取り直そうと、久しぶりにcitrusを開いた。  そしたらなんと「よし、次のページにいくぞ」と気合いを入れてページをめくらないと先に進めないのだ。  citrusなんて何周しても尊かったのに……。  普段仕事に出ている状態じゃ分からない、自分の現在の状態って有るんだな……。
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  • 2023年9月29日

    勘違いから勢いで……

     勘違いから勢いでtwitterのアカウントを作ったんだけど、ナニコレ?  どう使うの?  何が楽しいの?  誰か教えてくれます?  え? GGRKS?  ごもっともで。
    • 2件のいいね
  • 2023年9月27日

    しかしその才能は確かに有った

     ジャニーズ事務所の長年抱えてきた性犯罪が問われるようになって久しい。  もうしばらく先には社としての(?)公式見解も発表されるらしい。  少なくとも一定以上の年齢の人なら30年少し前にあった報道にふれてもいよう。  「どうでもいい」「芸能界なんて元々性産業の延長線」「喜多川が死ぬまでこれ以上の深堀りは無いだろう」  そんな感覚が支配的だったことも知っておろう。  そこそこの人気者たちは「知らなかった」「関係なかった」と口をそろえるが、被害にあってないはずがない。  金勘定で知らぬ存ぜぬを決め込んでいるんだろう。  そんな感染症の危険がある気持ち悪い話も視点を変えると、ひとつ面白いものが見えてくる。  極度に悪質な稀代の性犯罪者、喜多川の選んだ悉くが世の若い女性に受ける容姿だったということだ。  奴の目は、欲情が選り好みをする女性の「目」だったということだ。  奴がもし女性に生まれていたなら、そもそもこんな歴史はなかったかもしれない。  性的多様性なんて認める必要はないし、股間のあるなしで性区別をする以上の対策なんて必要ない。  「そんなことはない性的少数者の権利拡大は21世紀の今だからこそ取り組むべきだ」というなら、奴の仕出かした数々の虐待も含めて、奴を愛してやるが良い。  哀れなのは被害者だが、奴もまた憐れよな。
  • 2023年9月24日

    日本は儒教の、朱子学の国ではない。

     youtubeのショート動画で、ロシア人の奥さんを持ったウプ主が、義母を日本を招待したところ、首都高の代々木の辺りで「あの赤い旗の建物は何?」と聞いてきたので「ああ、日本共産党の本部だよ」と応えると、義母さんは驚いて「えっ、日本では共産党は合法なの」と尋ねてきたという。  マスコミや活動家は「外国を見習え」という台詞が好きだが、外国のこういう面は取り上げない。  とある動画のコメントで「法律で韓国人と結婚してはいけない国があります(フィリッピン、カンボジア、ベトナム、キルギス)どうしてかは自分で調べてみて下さい。」というものがあった。  九月一日は防災の日であって、朝鮮人虐殺忌ではない。  そもそもそんな事実あり得ない。  公式の記録によると朝鮮人の被害者が二百三十三人有ったというものはあるらしい。  数の大小じゃない、という向きもあるが、今の千葉県野田市では訛りの強い集団が朝鮮人と勘違いされ、九人中五人(?)殺害される事件があったという。  日本人にも流言飛語の被害者がいたといいたいわけではない、『言葉が通じない」=「怪しい」「危険だ」という認識を持たれていた方にこそ問題があったのだといっている。  皆藤愛子がいいともで、韓国旅行中怖い事件に巻き込まれそうになったと語っただけで、CXの朝鮮人スタッフに平手打ちされた、という写真が出回っている。  動画ではないので本当のことかどうかは分からない。  ただ、こんな動画にまとめられるほど、彼の国の男尊女卑意識は救いようがないレベルだと知れる。  https://www.youtube.com/watch?v=UBGK0va3_lk 
    • 1件のいいね
  • 2023年9月24日

    【生存報告的な……】GAMERA -Rebirth-を見た

     仇側の怪獣のデザインとアクションがとにかく格好良かった。  良かった点はそこだけで、後は色々とお痛な部分もあった。  wikiで見て知ったけど一九八九年の過去が舞台だとは最初思えなかったので、フツーに「スマホ調達しろよ、マジで」としか思わなかったし、人物の描画エンジンがサイボーグ〇〇九と同じで「このエンジン、そないええもんか?」と思ったし、髪の毛の描写に手を抜いているので、どいつもこいつも色とりどりのヒルを幾つも頭に乗っけている感じで気持ち悪かったし、初動で在日米軍が身を乗り出して、自衛隊側は静観するばかりというのが、僕の中の国際世論的にちょっとあり得ないと思えたし、(時代背景を知らなかったので)「なんでヒトマル式やせめてキュウマル式じゃなくてナナヨンなの?」と違和感の方を強く覚えたし、なんで友達同士だけで数年間掛けた大金をかつ揚げされた、仇敵というべき米国籍不良少年と仲間になってんの? と違和感の方が強かったし、とにかく、思うところは沢山有った。  でも、本とクリーチャーのデザインはなかなか秀逸だったし、そのくせアクションは原典の映画作品を超えた見所のあるアクションだったし、物語の展開も、落ち以外は、なかなか見所があったと思った。  なので、「敵の怪獣のアクションを楽しみたい人には絶対お勧めです」と、まとめておきます。
  • 2023年9月15日

    はぁ、週末、ねぇ……

     多くの人に取っては、明日から三日間、長い週末ですよね。  僕自身「アレもしたい」「コレもしたい」といろいろ考えるところはあるのですが、結局寝込んだりして過ごすんだろうなあ、と思うと、今から残念な気持ちで憂鬱です。  月曜からいよいよ外装のリフォーム開始。  残業抑制でこれから実入りが経るのに、ここで中級車並みの出費とか、上様も意地が悪い。  せめて下っ端じゃなければやりようもあるんですが、今の惨めな身分では、残業抑制は井上のボディブロー並みに家計に直結して響きます。  少ない食費しか渡せず、妻には申し訳ない気分でいっぱいです。  10年前、一緒に動いていた人たちで、シタッパーズな方は皆無で、本当に惨めな気分です。  どこでボタンを掛け違えたのかなあ。  でも、週末を前向きに過ごそうという意志だけは心に抱いて過ごしますね。
  • 2023年9月4日

    シン・仮面ライダーを見た。

     仮面ライダーに限らず、石ノ森章太郎の作品の主人公は、悲哀を帯びたキャラクター設定となっている。  だから、本郷猛が葛藤から逃れられず苦悩しているのはいいのだが、  ごめんなさい、テレビとか見ない僕には、マヂカル・ラブリーの野田がプルプルしているように見えて、可笑しくて、可笑しくて。  制作過程では庵野がやらかした噂は聞いていたものの、そしてCGを多用したアクションシーンは、2.8次元的に楽しかったのだけど、それ以上に本郷がヘルメットを脱ぐたびに向こうはプルプル、こちらもプルプルしてしまって、なんかほのぼのとしてしまいました。  いい作品だと思いますよ。
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  • 2023年9月3日

    キャラの奥行き

     前にも書いたかも知れないが、アデル・ヴォルフは、鬱がつづく中で、突然毎週末だけ躁がくるという三ヶ月間に恵まれ、当時十三年前に考えていた基本設定を肉付けし、わき出てくるエピソードを急ぎ足で書き上げたものだった。  アデル・ヴァイスは違った。  躁鬱が終わり、鬱のみの日々に戻る中、自分が散々憧れて読んだガールズ・ラヴを、自作品としても取り組んで見たい、という邪(よこしま)な野望から、アデル・ヴォルフで謎の国となったゼライヒを舞台にした、  王立女子士官学校「アデル・ヴァイス」 の設定に取り組むことになった。  さて、手元には「ゼライヒ女王国の歴史と設定(脳内)」「徹攻兵の設定(Excel)」「輝巳と同じく鬱病の女の子」という要素だけがあった。  そしてはたと困った。  俺、感性の人であって理屈の人じゃねーんだよなー。  物事を小さな単位に区分けして、ロジカルの世界に閉じこめ、その閉じたロジカルの中での論理的整合性を整え、一つの仮定、想定、にくみ上げるならできる。  突然愚痴になるけどさ、会社ってそうじゃないんだよね。  上司の人が自分の感性に、自分の(最近読んだ)ロジックで飾り付けしているのを「そうですね」っていって、その意に沿って推進できなきゃクズ扱いなんだよね。  そして今までずーっと「それだけは馴染めねえ」って蹴っ飛ばしてきたのが僕なんだよね。  そりゃー上席になんて上がれんわ。  だけどさ、完全に空気の読めない僕にはわからんのよ、上の奴の感性がまず「前いってたことと矛盾してんじゃねーか」と混乱するし、「結局、前いってたことと何が違うんだ」と分からないままだし、そこに最近流行の言葉が被さってきて説明されるから「日本語で話せ日本語で」となるんだよね。  そんなわけで、いわゆる「市販の本が読めないから、自分のしっくり来る作品を自分で書いている」僕には、物語の構成も、伏線の張り方も、物語を盛り上げて行く手腕も、日本語のてにおはも、擬音語の使い所も、とんと分からぬ。  「文章論」なる書籍も、幾つもあって反吐が出る。  とはいえ、露伴の様な文章が書けるテクニック本があったら読みあさってしまい、それにならって文章を書くかも知れない。  でも、その時できあがる何かは、露伴を模した劣化コピーの読むに耐えない駄文だろうとも思う。  だから露伴の文章論も読んだことがない。  カクヨムにはよくしたもので、フィルムアート社の物語の作り方のお作法が要領良くまとめられている。  書籍というものは、それが世の中の常識に反して作者の意に沿うように装丁されていないのであれば読んではいけないと思う。  なぜなら、書肆で「流通物」としての大きさになるように、足らないところは盛りパテし、余すところはホットカッターやリューターに回転のこぎりの刃をつけてあっさりカットしてしまうからだ。  黒澤明はプロデューサーが自作を半分の短さにまとめると知って「同じ半分なら縦に半分にしろ」といったらしい。  出版社側の編集の「ここはカットしましょう」「ここはもう一エピソードなりを追加してあと○○文字増やせませんか」などという宿り木に「なるほど、僕にはそういう視点が足りなかったんですね」とか「勉強になります」「ここなら書き足せそうです」と、答えて応えるのが最低限の著者としてのマナーで、それができないものは出版という企画ごと没にされるだけ。  そして本来は十数枚程度のスライドにまとまる「経営理論」「営業理論」を二百五十ページくらいの本にかさましする。  僕は、四十代の入り口ぐらいまで、その手の本を買ったら隅々まで読み通して、内容を把握しなければならないと思っていた。  もちろん、優等生然とその本に書いてある論理を隅から隅まで余すところ無く滔々と語り、議論が停滞したときにも、さっとその知識体系を取り上げ、ささっと板書し、その場全体を一つの方向にまとめられれば、その本の理論はビジネス上の武器になるだろう。  僕にはそれはできなかった。  本なんてコアの部分だけ読んで、それをしっかり暗記して、そしたら残りは読み捨てて、誰かがなにかで口にしたとき、「僕もその本読んだことがあります」と賛意を示せれば十分で、隅から隅まで読み通したから、だから仕事がうまくいくなんてことはないんだ。  その本のコアなんてほんの数枚のスライドで表現できるもので、僕が隅々まで読んでいたのは、嵩まし嵩上げの緩衝材だった。  それが分かった途端、僕は本が読めなくなった。  元々その病気は、ミステリから始まった。  気に入るとマニアックな方向に歩き出す癖があるから、気がつくと不人気作家の作品を読みあさる。  すると「このトリックあの作家もつかっていたな」とかがちらほらする。  そのうちパズルに見えてくる。  前提条件は作家が出す。  そして幾つもの組み合わせがあるうちの、たった一つを答えとする。  それも作家が決める。  作家が出して作家が決めて作家が答え合わせをする本って、読んでて楽しいか?  そう思ったときから、ミステリというジャンルは僕の中で娯楽作品ではなくなった。  僕が好きだったのは剣と魔法の世界の冒険、ファンタジーだった。  しかし至宝「指輪物語」すら、なんか辛かった。  大人になってから読み直したときにはそれなりに楽しめたが、「この文章要らない」「ここのくだりも要らない」「この表現いいね」「こっからここ、何これ?」と書き込みをしながら読んだ。  そしてびっしりと書き込みにまみれたソレは、二度と読むモノではなくなった。  『空色勾玉』のように、国産で光る作品はあったが、ナルニアもゲドも挫折した。  そうして次ぎに、ファンタジーを読まなくなった。  というより、コンピューターゲームによって作り上げられたある種の世界観がテンプレートとしてあり、全てが同じものに見えるようになってしまい、僕の心のファンタジーを求める要素は、暗闇の迷子となった。  SFはもとより駄目だった。  昭和の児童向けのSFとか、酷いものばかりだ。  というか僕の中で早くから、SFとはサイエンス・フィクションの略ではなく  scientific fantasy の略だった。  scientific fairytail の方が妥当かもしれない  それはおよそ科学ではなく、科学的概念を、作者の猿回しの都合のいいように引き倒してこねくり回したなにかで、SFとはジュール=ガブリエル・ヴェルヌしか書き得ないものだと思った。  そして仕事をする中でビジネス書といわれる類の書籍も読めなくなった。  そしてあれだけ好きだった書肆に出入りすることはなくなった。  だから、文章の書き方なんて知らなくて当然だ。  そんなこんなだから、フィルムアート社のまとめた物語の作り方のお作法が、僕には、それぞれの著者の著述のコアの集まりに見えて、なかなか楽しく読めた。  そして三幕構成は「よそ様と同じ金型で?」と違和感こそあるものの「これはこれでよいのでは」という気になり、取りあえずExcelに書き出してみた。  キャラの作り方の要素や、キャラ同士の対立関係の構造など、フィルムアート社のまとめたお作法に沿って考えていくうちに大枠は決まってきた。  「これならいけるかも」と思って書き出したのが「アデル・ヴァイス」だ。  でも、生来人様の言うことに従えぬ達だから、枠には収めきれなかった。  「アデル・ヴォルフ」の時もそうだ。  ドイツでの徹攻兵研究史なんて、戦闘シーンから書き始めて読み手の目を惹こうとした作品では、誰も面白く読めなかろう、と。  でも、ああでもして設定を説明しないと、それはそれで身勝手なふわふわした設定になると思い、あと、「スヴェン」の名前を使いたくて差し込んだ。  それともう一つ、小説の中で設定を披露することで、自分の頭の中を整理し、Excelの表の内容を充実させ、裏打ちのある設定にしたかった。  そして「アデル・ヴァイス」にて、仮想国家? 夢想国家? ゼライヒを舞台にしたのは、「ゼライヒ」という国家に肉付けをするために、絶対に必要なことだった。  王立で、しかも女子のみの士官学校っておかしいじゃん、という可笑しさを、おかしくないものにするには、その国の歴史が必用だった。  それをあのタイミングで差し込むのは、相当おかしいことだったかも知れない。  でも、どこかで歴史を語らないことには、ゼライヒという国家、「ゼライヒという国家、民族の中でこそ起こった同性への恋慕の葛藤」がいつまでもふわふわとしたものになってしまうと考えた。  結局、三幕構成の形は崩した。  出したい登場人物のシーンまでまた一歩近づいた。  そして、疲れた。  それでも、と歩み続けるうちに、(ようやくこの近況ノートのタイトルに辿り着くのだが……、やっぱビジネス向きじゃないわ、俺)元来別のキャラに尋ねるはずだったリーエが、同室のヴィセに過去の話を聞いて、そのヴィセが僕も知らないようなエピソードを語り出し、そして、  あ、なんだかこの子奥行きがついたわ、 と思った。  辞書的な定義ではそれは奥行きではない。  でも、元々用意していたエピソードと比べたとき、元来の案はいささか「チャラ」くて、ヴィセの過去は重みがあった。  結局、正解なんて分からない。  何が正解なんて、そんなもの無いのかも知れない。  でも僕は、リーエがチーヤにどう向き合うのかが知りたいから、 書き続けるよ、この先も。
  • 2023年9月1日

    三国人がいい加減にしろよ

     関東大震災から100年とのことで、三国人が虐殺されたと騒ぎ立てている。  毎年9月1日は関東大震災忌で、防災訓練の日と相場が決まっている。  昭和後期と平成期を過ごしてきたなら分かるはずだ。  防災の日ということを。  三国人がどう騒ごうと取り上げる必要すらない。  ちなみに三国人とは差別的蔑称ではない。  そもそもはGHQも認めた言葉で、「戦勝国」にも「中立国」にも属さない third nation のことだ。  朝鮮半島出身者の悪行を含めて使われるようになったのは、まさに「日本人」として銃後を支えていた彼らが、敗戦の途端に「我々も侵略されていた抵抗勢力で戦勝国だ」と言い出したのに対して、アメリカが、「お前たちは戦勝国ではない」と断言しそうして戦勝国でも敗戦国でもない「三国人」と呼ばれるに至った。  日本人に虐殺の愉悦はない。  仮に集団暴行にあったというなら、先に狼藉をはたいたのは三国人の方だろう。  実際半島出身者が徒党を組んだ記録ならある。  それを謝らずして何が話し合いだ。  マスコミはこの国の足を引っ張れれば何でも良いからそう働く。  今に見てろよ、そんな戯れ言には誰も耳を貸さぬ世の中がまもなく訪れる。
  • 2023年8月29日

    退勤の隙間時間

     近況ノートは、退勤の隙間時間でも更新できて良い。  といっても、下っ端の僕に何か書き残すような特別なんてない。  最近見たアニメの話題。  「メイド イン アビス」はそのタイトルから、女中さんがアビスなる深遠にて、のんびりお使いをするような話だろうと、何となくとらえていた。  たまにはほのぼのと帰りの長い電車を過ごしても罰は当たるまい、くらいに思っていた。  そしたらどっこい。  ネタバレをしたくないから余り語らないけど、ハード・ファンタジー、ダーク・ファンタジーといっても過言ではないような、なかなか見応えのある作品だった。  絵柄やタイトルだけでは分からないものだなあ、という作品。  本編の続編は映画のようで、こちらも見応えがあった。  未視聴の方にはお勧めです。  作品は2024年4月1日まで更新できません。  ごめんなさい。
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  • 2023年8月28日

    大変申し訳ないのですが'24/4/1までお休みさせてください。

     あのー、本当に申し訳ないのですが、  王立女子士官学校「アデル・ヴァイス」 の更新を、2024/4/1までお休みさせてください。  PCに向かうと延々とYouTubeをグルグル見るだけの休日が続いています。  少し頭を切り替えて、もう一つの趣味の方に取り組んでその上で変な癖を取り除いて文章に向き合いたいと思います。  あんなに楽しみだった百合コミもなんか見られず、ただただYouTubeをグルグルしてしまうのはどこかおかしいんだと思います。  幸いもう一つの趣味の方は、なんとか取り組める様子。  近況ノートは更新しますが、本編は待ってもらえませんか?  よろしくお願いします。
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  • 2023年8月24日

    888-878 の読み方

     いや、フツーに読んだら「はちはちはち、はちななはち」な訳ですが、語呂合わせの読み方も含んでいまして。  でもそんなの、勘のいい方にはモロバレだよな~、と思っていたら先日遊君のモデルから「888 ってなんて読むの?」と聞かれまして「お前は俺の名を忘れたのか!」と、憤懣やるかたない気持ちで「×××の語呂合わせだよ~」と返信してやったのです(えっへん)。   そういうわけで、888-878の読み方がおわかりの方はコメントでご回答ください。  当たりかハズレかきちんと回答させていただきます。  なお、僕は拍手の擬音に888を使う文化に馴染んでいません。
  • 2023年8月21日

    ある方のハートで

     ある方の  ハートで通知が  埋まったから  月見月のはつかあまり朔日は  ハート記念日  (字、余りまくり)
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  • 2023年8月15日

    アデル・ヴァイスの発表が遅れました。終戦の日より開戦の日を大事にしたいものです。

     ごめんなさい。  十四日に公開するつもりで十三日までに書き上げていたのに、昨日は突然何も手につかず一日が過ぎ、十五日の発表となりました。  一応、終戦の日ですね。  国体を護持し、人種差別撤廃の切っ掛けを東アジアに、全世界に広めた一点で、大東亜戦争は目的達成で一九五二年の四月二十八日に終わりを迎えたのではないでしょうか。  であれば開戦記念日か、「平和の日」を新設して祝うべきです。
  • 2023年8月6日

    七十八年目の広島原爆忌

     僕にとってこの日は、核分裂エネルギーアレルギーの人達に、皮肉を言う日だと思っている。  七十八年前のこの日、朝八時十五分、人工太陽という名の悪魔が広島に降り立ち、広島を呪いの大地に変えた。  瞬時に蒸発したもの、むごい苦しみを数日間、数週間味わって死んでいったもの、幾多の悲惨が、地獄の釜を開けた広島で繰り広げられた。  福島の精製水海洋投棄を誹るなら、原発の稼働を忌避するなら、どうかこの、人類未曾有の惨事に見舞われた広島を、「ヒロシマ」と呼び「ヒロシマはピカッてる」と罵って欲しい。  そうではなく、永遠の平和を訴える静謐な場所を持つ広島として生まれ変わったというなら、原発の稼働を認め、福島の精製水海洋投棄を理性的に見守られたい。  広島は、直接原爆を落とされ、その放射性物質混じりの大気は、火球の上昇にともない、遥か天上へと登り、そして偏西風に寄って日本全土に降り注いだ。  もう、十二年前の福島の事故の後処理を妨げるなら、「ヒロシマ人はピカッてる」くらいの言葉を発しなければ認識としての整合性がとれない。  もちろん僕は、ヒロシマに放射性物質の偏見など持たない。  ていうか生牡蠣をたらふく食いたい。  一度更地になったが上に可能になった、何車線も連なる広大な大通りが、名古屋とは違い地形にそった走り方をしているところや、チンチン電車を眺めてみたい。  広島は工業力のある件であり、景勝地であるとも思う。  それは他の「原発の町」でも同じ事であり、福島だって、同じ事だと思う。  LGBTQがどーのなんて、元のままでいいから、放射性物質の影響は、人の一生ほどの時間でほぼ完全に無視できるほど小さくなることを理性として理解されたい。
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  • 2023年8月6日

    明日、第六十三話公開

     明日、久しぶりに「王立女子士官学校『アデル・ヴァイス』」の新話、第六十三話を公開します。  こんなペースの更新じゃ、誰も楽しめないのは分かっています。  でも、鬱の病はやはり抜けては居らず、休日の午前中は完全に寝こんでしまいます。  午後、ようやく動けるようになって、「ああ、今日も半日を無為につぶしてしまった」と後悔する日々。  それでも「書けるだけ幸せなんだ」と言い聞かせて頑張っています。  そうそう、ここにメルアド乗せたら需要ありますかね?  近況ノートへのオープン投稿ははばかられるけど、メール送信ならクローズドだから気軽に書き込みやすいとか……。  まあ、そんな需要、ないか?  明日もよろしくお願いします。
  • 2023年7月29日

    あの旅の真実。

     CXは僕の著作権を侵した。  そのことについて何度も文書で、文書による回答を求めたが、ついぞ回答はなかった。    この駄文の結論だけ先に書いておく。    TVはニュースも含めてその動画の全てが作為的な作り物、いわゆるやらせの塊だ。    ヤラセを前提とした情報リテラシーも持ち合わせないまま、明々白々な違法行為をしたわけでもない人々を、TVが悪しく取り上げる様を信仰して、悪し様な罵り愚痴をネットに吐き出すのはもってのほかだ。    二十一世紀の一般市民が持つべき情報リテラシーが        第一条 うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい        だとするならば、次ぎにふさわしいのはこれだ        第二条 新聞・ラジオ・TVを問わずメディアは、作為を持って報道を「造る」から、ヤラセを前提に評価をされぞかし。  あの旅で僕は詰まらない駄文を書いた。  それがさらし者になったのは当たり前に自業自得と思っている。  まあ、未だに駄文を書いてるのだけど。  当時の駄文で、僕は初期の文章から登場人物名を変えて後半をまとめた。  その方があの旅に向いていると判断したからだ。  CX直のプロデューサーは、変更前の登場人物名を気に入り、そちらを使えと、指示してきたが僕は断った。  そして原稿用紙には、あたらしい登場人物名で統一して提出した。  その後も製作会社とのやりとりがあり、ヱ○スの駅で待ち合わせをした。  もう、何の用事だったかは忘れたが、用事を済ませて帰ろうとすると、製作会社のAD氏から呼び止められた。  「前のキャラ名何だったっけ? 番組はひとりで造るものじゃないからさ、間違えないようにみんなに周知したいから、念のためここにメモしてよ」と、白紙の原稿用紙を突き出され「絶対間違わないでくださいよ」といい残して旧登場人物名を書き込むとその場を去った。  そして、その一書が、上手に切り張りされて番組で使われた。  それは違うと思ったし、他にもおかしな構成だったので「このシーンは明らかに前後の画像が別の日でこのような編集はやらせじゃないか」「参加者の人格を歪めた番組づくりじゃないか?」と質問状を送り、ついには役員にまで送ったが、帰ってきた文章は「やらせとは認識していない」とのことだった。そして僕の著作者人格権の同一性保持権侵害についてはコメントすらなかった。  あの旅では日記を書いてそこで心情を語る場面があるが、スタッフに提出する用とは別に、僕はその日その日の詳細をまとめた日記を持っている。  それは走り書きなので僕にしか読めない。  ただ、労働者生活を隠居した後、過去の記録のデジタルタトゥーとして書き起こし、後世に残すのも一興かと思っている。  そこには、出納記録もあり、いつの昼食、夕食の出費で、幾ら使ったかが正確に記録されている。  知っているだろうか? 一行飛ばしのスタッフ提出用の日記に「最近、○○君とは話が合う。仲がいい。でも新しく入ってきた女子の◇◇とは話が合わない。なんだあいつは?」と書いたものが、番組では「最近、新しく入ってきた◇◇と仲がいい」とかってにつぎはぎされて放映される事実を。  知っているだろうか、2週間前後の撮影で約400時間分の録画が行われ、それが1ヶ月にわたって放映されるも、VTR部分は17分程度で、前回の振り返りもあることから、新しい動画は14分もないということを。そしてそれだけの素材があれば「新メンバーを悪者にして」「卒業間近のメンバーが旅を通じて成長を遂げたような」14分を作ることなど造作もないことを。  知っているだろうか、そうやって、なかば嘘のストーリーにより、モノを知らない大衆から総批判を喰らい、涙に明け暮れる日々を過ごした女性参加者の多さを。  知っているだろうか、入出金をしっかりと管理したが故に「お前のいるときは『旅の資金を使い切ってしまい何とかする』というイベントが撮れなかった」と帰国後に渡ってなじられることを。そしてみんなが満足に夕食を食べられるように配慮しつつ旅の資金を管理した結果、「また改めて支給するから、一旦残りを出して」と、折角やりくりした資金を取り上げられることがあることを(そんなことはあの旅の長い歴史の中で僕だけだったらしいが……)。  ヤラセか? と問われることばかりだった帰国後の僕の人間関係。ヤラセだ、といえば伴侶と巡り会えたことも否定すらことになる。しかし、事実か? と問われれば自分の虚像を真実と肯定する事になるジレンマに曖昧な返事しかできない。  制作側に、しっかりしているところがないわけでもない。  知っているだろうか、男性と女性とは、必ず別々の宿に宿泊させられることを。        ある日、スタッフの調整が折り合わず、男女とも同じホテルに泊まることがあった。ホテルというより宿のそれは、雑魚寝をするのに調度よかった。その時も男性と女性の参加者の部屋は最も遠い配置にされ、かつ入り口に男性と女性のADさんが雑魚寝するという念の入れ方だった。    僕の旅路では、特に女性参加者に、恋愛に真摯に取り組む姿勢の人が多く、スタッフから旅に課せられたルールを守る人がほとんどだった。その点の真摯さについては、女性参加者全員だったといっていい。でも、歴代には手癖の悪い参加者がいたらしい。僕は自分の恋愛が忙しい三~四年程、過去現在未来のメンバー総集合の忘年会の幹事をしていたことがある。だから「らしい」とは書くが、当然当事者達から聞いたエピソードであり、そして当人の態度にもめんどくさい思いをさせられた当事者でもあるから、その肌感覚から間違いないと思っている。  その女性は、告白の前に相手の気持ちに気づき、スタッフのいないところで「断るよ、だって旅続けたいもん」と勝手に振った。振られた男性は告白を取りやめることをディレクターに伝えた。        知っているだろうか、およそ一カ国の収録をひと班の制作陣が担い、最低一回の告白を作ることが求められていることを。そうして、テンポよく放送を回していたことを。        当然、告白を練り上げてきた制作陣は激しい怒りを示した。明日はあなたのリタイアシーンを取るから、と宣告された。その女性参加者は打算ずくだったのだろう。リタイアエンドならカップル成立でエンドを迎えた方がいいと考え「やっぱり自分からいきます」と答えを切り替えた。帰国後もあーだこーだあったらしいが詳細は知らぬ。ただ、男性側が一途に好きを貫き通したとは聞いている。男気のある方だったのだろう。        知っているだろうか、あなたが涙しながら見送ったそのカップルが成立した動画が撮影された日は、どんなに短くても撮影から四ヶ月、長ければ半年も前の出来事だということを。あなたが翌日、友人と、同僚と「昨日の番組感動した」と語り合っているとき、当人同士はとっくに分かれて、新しい相手を見つけているということを。        これは全くの後日談となるが、僕が幹事を務めた忘年会で、その女性は最初、欠席を返事してきた。曰く付きの人物なので、来ないことにほっとした。ところが当日「近くまで来たから」と勝手に顔を出してきた。そして「すぐ帰る」というので仲間の輪に混ぜたが、いつの間にかドリンクを頼み、食事も取っている。お店の方が「一名増えられましたので、料金をちょうだいできますか」と尋ねてくる。そこで僕は「参加費、払うか帰るか決めて」と伝えた。するとその女性は舌打ちを添えて「じゃあ払う」といってきた。何とも浅ましいと思ったが、まあ二度と会うこともあるまい、と受け取って処理した。    旅を続けることに固執する姿勢は、仲間内から軽くみられる。    そりゃそーだ。男性四人、女性三人の組み合わせで、旅をしながら恋を見つけるコンセプトだ。    旅だけしたいんなら勝手にやってろ、って話しだ。        制作陣も口だけはちょーしイイモノで、合流したばかりの参加者には「自由に過ごしてご覧」「旅を続けたいからと告白を断る子もいるしさ」とかたる。しかし一旦、長く旅してきた子の告白対象となったら態度もガラッと変わる。「もし、いま、誰かから告白されたらどうする」「断っちゃうの?」「誰から告白されたら断るけど、誰から告白されたらOKとかある」「なんで? 旅を続けたいから」「この旅は恋愛が中心だから」「告白を断るような子は恋愛に向き合えない子だから、と判断すればリタイアしてもらうこともあるかも知れないよ」と長く旅をしてきた子の恋愛を成就させるよう、様々な働きかけをする。なぜなら、長く旅してきた子は、これまでの悪印象の操作を裏返せば、好印象に変え、視聴者の目を欺くことなど造作もないし、その上でカップル成立となれば視聴率も稼げるからだ。    最終的には、本人の意志で受ける、受けないが決まるから、そこに嘘はない、ともいえる。    しかし、そこまで作為的な作成側のリーディングがあって成立したカップルに、どれほどの真実の愛があろうか。    その多くが、続くはずがない。    それが、結婚カップルの少なさに比例している。        知っているだろうか? 桃色の乗り物に乗るときの座席位置は、朝からスタッフに決められているということを。そして一日のあいだになんども組み替えられ、全員の異性と隣になることが決められていることを。つまり、誰かが自身の意志で、誰かのとなりに座るなどということはほとんど無いということを。        知っているだろうか、人気の少ない景勝地で語らう場合も、一通りのローテーションがあり、全員が異性の全員と語らう時間を持つことを。これは、誰かが自身の意志で、誰かとの語らいに向かうということは、事実上ほとんどあり得ないという意味であることを。        これは知っているひともいるだろう。七人の旅が、実はその数に倍するスタッフの同行により二十人超の大所帯となっていることを。        知っているだろうか、背中を向けて語らうカップルの音声が、片方は風切り音がノイズとして混ざっているのに、もう片方はクリアな音声である理由を。ここまで読んでくださった方にはもう、自明の理だと思う。その二つの音声はその二人が背中合わせに語らっているときに集音されたわけではない、別々の日の別々の音声を組み合わせた会話だということを。        知っているだろうか、最後部の三人掛けのシートに、たまたま同じ配置、同じ服装で座ったときの三人が、違う日にも同じ配置、同じ服装で座っていた時をブレンドして、全く存在しない、まるで情緒不安定なようなシーンが作られたことがあることを。これについてはスタッフの細やかさと手だれた編集に舌を撒かないわけにはいかない。そして、画面に映り込む、中段の席に座っている人物をよく見れば、違う人物が座っており、違和感を感じてもおかしくない。しかし視聴者の視線は最後部の三人掛けの席にしか向かっていないので、気がつく余地がない。        最後に、知っているだろうか、告白の言葉を交わす前から、お互いがお互いを「この旅を終わらせる唯一の相手」と心に決めたときから、スタッフによって、わざとすれ違いのシーンが作られることを。二人で帰国することで知った、「あの時のあれはどうしてなの」「あれはディレクターさんの指示で……」の数々があったことを。        これらは全て、制作陣から視聴者へのプレゼントこと、創意工夫による恋愛のおもしろさの演出であって、なにも悪意からなるばかりのことでは無い。    しかし、そのエピソード一つ一つを自分の行為かと問われると、少なくとも「あんな事実はない」と答えるしかない。    すると次ぎに来るは「では、ヤラセか」と聞かれるので、もはや答えようが無く「ヤラセだ」という。    すると次ぎに来るのは「ほんとはお前はあの相手と帰国したわけではないんだろう」と掘り下げられる。    いや、「ほんとに好きで今つきあってるんだ」と答えても「それもヤラセなんだろ」と聞かれる。    もう、答えようがない。        長男に恵まれたときもそうだ。    僕は、制作側の「ほら、ヤラセじゃないでしょ」という文脈に使われることに辟易していたのと、その子がやがて大きくなったときに「例え親とはいえ、自分の映像を勝手に使って欲しくなかった」という反応があった場合に取り返しがつかないことになると思い、制作側に伝えることを反対した。妻は自分の唯一の大冒険であり、生涯の思い出となる旅に、幸せの報告をして何が悪いのかと泣いた。泣かれれば男は弱い。結果として、一枚の写真を差し出すことが折衷案になった。    事ほど斯様に、同じ参加者といっても、一人ひとりの受け止め方も、振り返り方も違う。        ただ、作為的に作られている一シーンを取り上げて、その人の人格を否定する行為は、一般人の参加者でも、職業タレントでも、臣籍降下した一般人でも、臣籍降下が予定されている皇族でも、それは等しく違うと思う。    ここに提唱したい。        マスコミの報ずるところは、まずヤラセありきで受け止めるのが、当代日本人に求められる情報リテラシーの姿だ。        急に昔の事に飛ぶが、現毎日新聞は戦意発揚の美名の元に、二人の日本兵が中国大陸で自分の愛刀一本を頼りに百人斬り競争を行ったと報じた。    それは現場を知る数多の日本兵にとってヤラセであることは明々白々だった。    銃後の日本人は「弱い中国兵相手にどんどんやれやれ」と受け止めた。    戦後の中国の戦犯法廷は「屈強な中国兵に向かって百人斬りなどできぬ。無辜の市民を虐殺したな」として死刑を宣告した。    執行までのあいだに、戦犯とされた二人は、現毎日新聞に記事が創話であることを明かして欲しい旨手紙を書いた。    人の命がかかっている手紙だった。    現毎日新聞から中国国内の戦犯法廷に出された書状には「当社は虚偽をしたためるに非ず」の旨のひとことだった。    二人は現毎日新聞の非情に泣いた。    そして刑場の露と消えた。    このことは山本七平の著書『私の中の日本軍』に詳しい。     「この事件は、今では、中国語圏、英語圏、日本語圏、エスペラント語で事実になっている。しかし、明らかに記事の内容自体は事実ではない。従って、これを事実と報じた人びとは、まずそれを取り消して二人の名誉を回復して欲しい。独裁国ですら、名誉回復と言う事はあるのだから。そして二人の血に責任があると思われる人もしくは社(東京日日新聞現在は毎日新聞=筆者)は、遺族に賠償してほしい。戦犯の遺族として送った戦後三十年はその人々にとって、どれだけの苦難であったろう。  人間には出来ることと出来ないことが確かにある。しかしこれらは、良心とそれをする意志さえあれば、出来ることである。もちろん私に、そういうことを要求する権利はない。これはただ、偶然ではあるが、処刑された多くの無名の人々の傍らにいた一人間のお願いである。」(山本七平ライブラリー『私の中の日本軍』P247)→『「百人斬り競争」事件について日本人が知らなければならない「本当」のこと - 渡邉 斉己 アゴラ 2012.02.04 01:08配信』より    この事件は、二十一世紀になってから元毎日新聞の虚報であるとした裁判が行われたが、判事による数々の裁判進行妨害により、原告側の敗訴が急に決まった不自然さがある内容だった。    マスコミを侵している外患という毒は、法曹をも侵している。    https://www.senyu-ren.jp/100/002.HTM        そろそろ結びに入る。     TVはニュースも含めてその動画の全てが作為的な作り物、いわゆるやらせの塊だ。    ヤラセを前提とした情報リテラシーも持ち合わせないまま、明々白々な違法行為をしたわけでもない人々を、TVが悪しく取り上げる様を信仰して、悪し様な罵り愚痴をネットに吐き出すのはもってのほかだ。    二十一世紀の一般市民が持つべき情報リテラシーが        第一条 うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい        だとするならば、次ぎにふさわしいのはこれだ        第二条 新聞・ラジオ・TVを問わずメディアは、作為を持って報道を「造る」から、ヤラセを前提に評価をされぞかし。        ただ、作為的に作られている一シーンを取り上げて、その人の人格を否定する行為は、一般人の参加者でも、職業タレントでも、臣籍降下した一般人でも、臣籍降下が予定されている皇族でも、それは等しく違うと思う。    大手メディアを侵す外患は、皇統の継続を厭む。    当然だ、二千六百八十三年の長きにわたって、男系の皇統を紡いできたことが、日本を世界最古の国家たらしめる確たる証拠だからだ。  これを侵せば王朝がかわり、日本は改めての新参国となる。  「長幼序有り」の儒学思想にとってこれほど都合のいい形はない。    ニュースは嘘を語り、嘘を隠して国民を欺く情報源。裁判の判決の結果ですら、判事と検事の心情に揺り動かされた妥協の産物。    そしてバラエティなどは、ヤラセにヤラセを重ねた、と形容しても表現が過多ではないほどの作り込みによって捏造された、この世に存在しないストーリーであることを前提にみなければ、        あなたが非難しているその人は、あなたが「斯く為る行為こそがふさわしい」と唱えている、その行為の体現者かも知れないよ。    そんなこと知らなかったでは許されない、だって人の命に関わる事なんだ、いわれのない誹謗中傷は。    だってTVで放ってた、という言葉は言い訳にできない。    なぜならテレビの動画はニュースを含む全てのカテゴリにおいて、作為と悪意に充ち満ちている事を、ここで十分に語っているのだから。        否定するなら同じ体験をしてからにされぞかし。
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  • 2023年7月29日

    左手を骨折しました

     左手を骨折しました。  早朝の出勤中に階段を一段飛ばしで下りてるとき、靴がもげました。  実は長男の颯太(仮名)の脚のサイズが28cmあり、ジョギングシューズは0.5~1.0cm位は大きくないと指にタコができたりするので、安価に大きめサイズをさがしたのです。  そしたらヒラキの通販でサイズがあったので、それを買うとともに、僕の靴も三年前のGW以来ずっと同じ靴を履いてズタボロなので、買い換えることにしました。  その靴を下ろした初日でしたが、何となく違和感があるまま履いていました。  そして階段で微妙な差分で踵が引っかかり、そのままバランスを崩して前方に倒れ込む状態に。  慌てて左手を突き出し体重を左手で支える状態で五段ほど階段をすべり落ちました。  この時「パキッ」と破裂音がなったのですが、どうせ捻挫だろうとほっといていました。  二週近く経って腫れも少しずつ収まってきましたが、左手の薬指を支える手の甲の骨が手の甲の外側に湾曲しているように見え、拳を握ったときに現れる、人差し指の根本から、小指の根本に掛けたヤマが、薬指の所だけ凹んでヤマになりませんでした。  いま、そうでなくても身の回りで色んな事があるのですが、二十五日の火曜日、時間が空いたので整形外科にいきました。  土曜日と違って、平日のクリニックって空いてるんですね、すぐに通され、必然的にレントゲンに、結果、薬指を支える第四中手骨が四つくらいに砕けて一部が中に食い込んでる感じに。  やっべー、医療費、跳ね上がんべ、と心配していたら、「手術とギプスどっちがいい?」と「手術って幾ら」と聞くと「ああウチでやんないで大学病院送りだから」というので「ギプスでも治るんですか」「時間掛かるけど治るよ」「じゃあギプスで」と選択。  「毎日、お風呂に入れるように巻いておくから、巻き方覚えてね」というので、一回で暗記して、いま、キーボードを打っている最中は外しています(いけないんだけど)。  さっきも書きましたが、いま、そうでなくても相当の高額の出費を抱えており、苦しい苦しい立ち位置なんです。  そこに来て手の骨折とか、いやホンと笑えない笑い話でして。  なにかの力で幸せ(現金的な)が舞い込んでこないかな……。
  • 2023年6月25日

    新しい眼鏡

     先日、眼鏡を買い換えました。  透明に、薄い紫の入ったフレームです。  最初に選んだときは「女性ものを男性がつけているように見えないかな」と思ったのですが、しばらく掛けてみて、紫色が思っている以上に薄くて、透明なフレームをつけているのと変わらない感覚なので、よしとしました。  僕は小学校四年生の頃から眼鏡生活です。  小五、小六の時の担任はろくでもない奴でした。  彼のお陰で僕は日教組という団体を嫌いになることができました。  あるとき、サッカーの授業で僕は、眼鏡をかけたまま参戦し、目の前で相手の蹴ったボールが顔面にぶつかったことがありました。  眼鏡の鼻パッドを支えるクリングスがひしゃげて歪み、前と同じように掛けられなくなってしまったのを嫌い、親に怒られる困ったな、となんとか復元しようと弄っていたら「ほら、888。 お前も早くボールに走り込め」といわれそのまま指示に従いました。  後から考えれば考えるほど非人道的に思えます。  五年生にもなって眼鏡をかけたままサッカーの授業を受けていた僕も僕ですが、眼鏡をしている僕が顔面に蹴弾を受けて戸惑う様をみて、庇うどころかボールに向かわせる「小学生サッカー」をあおるような教師がろくな奴であるわけがないです。  山内といいましたかね、その教師は。  なかなかこういう思い出のある相手のことは忘れられませんね。  そんなこんなでクリングスで支えた鼻パッドが嫌いになりました。  フレームから伸び出した感じの、一体型の鼻パッドが好きです。  買い換える前の眼鏡は、5000円+消費税で買ったもので、十年近く使っていました。  フレームと鼻パッドが別パーツで、フレームから伸びたダボを鼻パッドに差し込む形で固定していました。  フレームから伸びたダボが一本折れてしまったときは、臙脂のフレームに似合うよう、赤い糸で裁縫して固定していました。  鼻パッドが割れてしまったときには、二度、三度と瞬間接着剤でつけ直していました。  耳にかかる先セルの素材が経年劣化でボロボロしてきたときも、瞬間接着剤で固めていました。  誰がみても「壊れた眼鏡をかけている」人でしたが、なかなか昇進の機会に恵まれない僕は「昇進するまで買い直すものか」と思っていました。  それが今回、昇進も無しに買い換えたのは、多分に「致し方なし」という状況に追い込まれたからです。  無くしたんです。  街中を裸眼で歩くのが嫌いじゃないんです。  そりゃ全員もやもやして見えますが、距離間がつかめなくなるでも無し、動く印象派ワールドに入り込んだようで眼鏡を外したりしています。  冬服から春物に差し替える衣替えの時期に、いつもの位置にあったポケットにしまったつもりになっていたようで、ポロッと落としたようなのです。  意地になって買わずにいたのですが、無くなってしまったからには買い直さざるを得ません。  老眼もあるし「遠近両用眼鏡っすかねえ」と店員に聞いたら「度数下げたらいけるっすよ」といわれました。  なるほど確かに、遠くはぼやけて見えなくもないですが、手元ぐらいの位置なら文字も読める。  お陰で、フレームも機能も、納得の一品になりました。  昇進は……しておりません。
  • 2023年6月16日

    自画自賛

     先々週、先週と「なろう」の方で徹攻兵が読み込まれた。  もともと「なろう」では二万字ぐらいを一話にしていた。  カクヨムに持ち込んだときに「三〇〇〇字くらいがお勧めだよ」という読者様のアドバイスに従って、百話に分割したが、「なろう」では二十二話構成だった。  その「なろう」で一日四十ビューとか、六十ビューの日がポロポロ出ていた。  そ、そんなに読んでもらえるものか?  つい、そう思い、自分で読んでみると「おもしれーーーー!」  ……当たり前なんですよね。  既製品の左捲きな風情に苛立って、「自分に向いている作品は自分で書くしかねえ」と思い込んで作った、俺ツエー作品なんですから、僕が自分で読んで面白くないはずがない。  とんだ自画自賛というわけです。  そんな暇があるなら「アデル・ヴァイス」の続きをはよ書けということに辿り着くんですが、鬱ってのはなかなかなもんですね。  まず、フラッシュバックが起きるポイントが生まれました。  そこは、毎週必ず通らなければならない場所で、マジ意味なく焦るし苦しいです。  なぜか呼吸が荒くなります。  毎回じゃないんですけどね。  それと、僕の鬱は勤務中ではなく休日に襲ってくるのですが、今日がまさにそれでした。  というのも週半ばで僕の作業に起因するミスが発覚し、急いで修正したのですが、それでもここ二週間のデータに傷がついてしまいました。  それ自体は僕としても大変口惜しく、また実務部門に迷惑を掛けてしまったという点で大変恥ずかしく思っていたのですが、心のどこかで思っていたのです。  「そもそも、その設定がどこに波及するか知らないで管理させられている時点で事故を防げるはず無いだろ」  「なんでこうなったかっていえば、ウチの部門の作業を後回しにしてでもオタクの部門の作業を優先し、内容をしっかり吟味するのではなくスピード命で対応してきたからだろ」  と。  ところがその部門から帰ってきたのは事務的かつ厳しい叱責のお言葉。  一気に萎えてしまう自分が分かりました。  ここまで尽くしたのに、これで、こう?  と。  女性が上長をやると、こういう所で余裕が亡くなって、人情味のある対応が失われていくんだな、としみじみ思いました。  僕ももう、その部門を陰ながら応援することから縁を切ることにしました。  この金曜日、即ち今日は、もとから休みにしようかとしていたのですが、出てもよかったのです。  ただ、昨日の木曜日にぼんやりと、  休みたいな、  と思ってしまったので休みました。  すると今朝、来ました。  重苦しい感覚が。  精神科医は「朝起きたら十分間、太陽の光をお腹にも背中にも、全身に浴びてください」といっていましたが、そんなのは病気になったことのない人だからいえるのだと分かりました。  朝日が、うざったいんです。  一応名目上通院のためという建前で休みを取ったので、今日じゃなくてもいいのですが、薬屋、と呼んでいる精神科に向かいました。  これがいちいち重かった。  歩くのも、  電車に乗るのも、  降りるのも、  階段も、  道路も、  待ち時間も、  薬を受け取るのも、  帰るのも、  何もかもが重かった。  何よりもサニーサイドの陽光が「うざってぇ」と思わせてくれました。  お前がいつもどおり元気でも、こちとらうざったさと押し問答中なんだよ。  呼ばれもしねえでしゃしゃり出て来やがって、とっとと帰んな。  そんな気持だったのです。  お天道様より重たい鬱とは、我ながら笑ってしまいますがきつかったのだから仕方がない。  誰から何をいわれようと、僕が僕自身として感じた感性なのだから、誰にもなにもいわれる筋合いはない、そんな陽光のうっとうしさだったのです。  まだまだ、鬱なんだなあ。  ということだけはしっかり分かった金曜日でした。
  • 2023年6月4日

    生存報告

     無事に日常を生きています。  明日から使うシステムが、金曜の午後十四時まで完成してなくて時間に追われたりしたこともありましたが、まあ、なんとか、元気です。  リフォーム、……というか家の修繕? で、五百ほど見積もられて、絶望的な気持になっても、それはそれ、これはこれ、と、のんびり昼寝をしていました。  ほんと、本編を更新できなくてすみません。
  • 2023年5月28日

    だめっぷり

     下に掲載しているのは、今のスケジュールを管理したくて作ったガントチャート。  アデル・ヴォルフを執筆した時期の、あの突然襲われた高揚感。  多分、長い鬱の中で突然躁に入ったのだろう。  百話に分割したストーリーは、もともと数万文字単位の長さで、二十三話構成だった。  その一話一話を毎週書いていたことを思えば、今のアデル・ヴァイスは一日で一話書くことができるだろうと計算したのだが、冬からの鬱を継続中。  休みの日には布団にくるまって寝てしまう時間も長くほんと精神的に辛い。  鬱で辛いのと、書けなくて辛いのと両方がブレンドされて、いや、積み重なって辛い。  泣き言ばかりだけど、頑張る、完結させるという意志だけは強いです。
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  • 2023年5月27日

    きつい

     いま、生活面で、普通の方にしてみればそれなりに大きい壁にぶち当たっており、解決のために弁護士を雇おうとしています。  あ、家族仲は穏やかによい状態を保っていますよ。  いずれにしても問題解決のためのあちこちへの連絡や、今般の首魁と成る宛先への手紙の作成など、非常にイライラしてしょうがないんです。  ふー、心が苦しい。  なっさけな。  頑張って片付けて、執筆に移ります。  このところ、こんな内容ばかりでごめんなさい。
  • 2023年5月23日

    第061話 災害派兵はまだ途中です。

     昨日から謝ってばかりだな。  でも言い訳のしようもない。  自ら決めたルールを破ってしまうんだから。  第061話 災害派兵はまだ書き終わっていません。  ですが、アデル・ヴァイスの更新を待っていてくれる方もいらっしゃると思い未完のまま掲載しました。  何というか今日中には「完成版を掲載したい」と思います。
  • 2023年5月22日

    ちらっと、五十九話を書き直しました。

     スポブラの着方なんて知らないよ、っての。  五十九話をちょっと書き直しました。
  • 2023年5月22日

    やばい、終わらない、終わらない

     えーと、ほんとにすみません。  本題の前の小話が膨らんでしまって本題に入れません。  このままだとまた、一話分のストーリーを二話に分けることに……。  四の五の言ってないで頑張ります。
  • 2023年5月22日

    ごめんなさい5月22日(月)の更新は夕方になります

     すいません、本とすいません。  本日、5月22日(月)のアデル・ヴァイスの更新は、今のところ夕方を目指して鋭意努力中です。  お待ちいただている方には恐縮ですが夕方の更新後にご来訪ください。
  • 2023年5月16日

    響け! ユーフォニアム

     なんかキャラがヴァイオレット・エヴァーガーデンに似てるな、と思ったら京アニだった。  櫻井さんが穏やかな役をやるのは始めてみた。  頭脳派の悪役のイメージがしっくりきていたから。  そして、まだ2話しか見てないのに「主人公百合か? 百合じゃないのか?」  と、そっちの展開も期待している僕がいる。  沼るとはこういうことを言うのか?
  • 2023年5月15日

    「ハート」をありがとう。

     新話を公開する度、お願いするんです。  今度の新話にハートがつきますように、と。  ビュー数も増えてほしいのは当然ですが、ハートをもらえると「あ、気に入ってもらえたのかな」と思えます。  もちろん無くても書きますけど、やっぱりもらえるとホットします。  ですので「ハートをありがとう」とお礼させていただきます。
  • 2023年5月13日

    悲しいけどこれ、

     戦争の悲劇の本質はこれかも知れないよね。  https://www.youtube.com/shorts/8z0ZP6nfFyQ  負けた戦争には当然に、さばかりか勝った戦争にも、負傷者はいる。  ジョニーは戦場にいった。  それでも僕らは戦争を実行する前提で語らなければならない。  なぜなら僕らは主権者で、時には戦争を選んででも守らなければならないものがあり、それ故、国が戦争を決めれば、賛成でも反対でも僕らが主たる責任者であり、負傷した兵士に対する社会保障は、僕たち一人ひとりで分かち合わなければいけないからだ。  昔、webの投稿にこのようなものがあった。  「そんなに非武装無抵抗主義の有能さを信じているなら、この国を一度分けて、非武装無抵抗主義の国と、武装し時には戦争も辞さぬ国に分ければよい。  非武装無抵抗主義者は実質外患とつながっているから、かつ非武装故に海外勢力の指導下に入らざるを得ず、国を切り売りし始める。  そしたら「戦争も辞さぬ国」が立ちあがり、「非武装無抵抗の国」の国民を○すか強制収容所に閉じこめてでも、「非武装無抵抗の国」を占領し、晴れて国土全体が「戦争をも辞さぬ国」に統一される。  かくして海外勢力にも頑健に立ち向かえる国と成る」  全く持ってその通り、非武装無抵抗主義を掲げるものには発言権すらないということになる。  発現だって理論武装の一種であり、発現すること自体非武装を否定することになるのだから。  かくして、非武装無抵抗主義を掲げるものに耳を傾けるものは、大人の責任感を持たないものと成る。  無駄に年を取っている僕は、一番幼い頃の記憶として、伯母と母の上野駅前での会話を覚えている。  母:「さっきの乞食、片足がなかったね、やだやだ」  伯母:「あんたちゃんと見た? 傷痍軍人さんだよ」  この言葉に込められた背景を思い浮かべるとき、僕は何ともいわれぬ申し訳なさを覚える。
  • 2023年5月12日

    ナラティブにふさわしい単語は

     ナラティブという言葉を、それまで「ストーリー」の訳語に当てていた「物語」と訳して、その言葉が持つ「裏の意味」ことコンテキストに別の意味を無理やり付け加えて混乱を誘っているバカがどこかにいる。  ナラティブは「語り部」「語り手」「語り部の語り」と意訳すればよい気がする。  ナラティブ・マーケティングなんて、顧客が自ら語り部として働きかけることを誘導するマーケティング、とすれば、やるべきことの違いも分かる。  かつて七兵は「言葉を発すると言うことは、重い円錐の先端を持って振り回すこと」といったが、それは他国の言語のことだ。 日本人は一度言葉という円錐をばらして、それぞれに名前を付ける。  中途半端者が、中途半端に権威の箔付けをしているに過ぎない。
  • 2023年5月7日

    書くのが怖い症候群

     あーもー、俺って奴は……。  その、ごめんなさい、どうやら「書くのが怖い症候群」の様です。  そんな病名ありません。  ただ、某輝いちゃってる作品で、元主人公の、直属の上官の息子が主人公やっちゃってる話しで、「ptsdで、人前で飲み物が飲めない」という解説が流行っていて、その物語を見るたびに、確かに意図的に「飲めない」場景を描写しているとは受け止められるのだけれども、それは「PTSDの典型的な症状」ではなく、「PTSDによる、彼の特性としての症状」ということであればわかるのです。  というのも、昨年末に、自分史上最悪の出来事に見舞われたのですが、先日、不意にその場所で(具体的には同じ施設内の、座標的には違う場所で)一時期酷かった猛烈な不安に襲われ、軽くパニックになりかけたことを、翌週精神科医に尋ねたら「フラッシュバックじゃないかな」といわれて大いにうなずけるところがあったのです。  フラッシュバックもPTSDの典型的な症状で、僕はPTSDも持っているといって差し支えがないと思う。  であればこそ、そのキャラクターの何か過去を示唆するシーンがあって飲み物が飲めないのであれば、分かりやすく精神障害を負っていることが受け止められるのだけれども、そのような描写のフォローもない。  ただ、確実に「飲めない」描写は揃っており、それに気がつくことで物語の深みに気がつくことが出来る憎い演出になっている。  だから、精神疾患の症状は個人特有の部分が多く、なかなか、「これ」を持って精神疾患とはいいがたいのだと思う。  だけど、確実に昨冬からの僕にいえることは、「アデル・ヴァイスを書こうとすると寝こんでしまう」という症状だ。  書きたいと思いつつかけない冬場を、書きためたゼライヒ史を披露することでなんとか繋いだ。  でも、外出が重なって先週新話を掲載できなかったように、今は作品のストックがない。  自分としては、神々のような数々の百合漫画の先生達の末席にでも並びたいと、かなり頭を悩まして小説に取り組んでいるのだが、どうしてもかけないんだ。  書こうとすると、布団にうずくまってしまう。  鬱の一番酷い時期がまさにそれだった。  それを思うと、布団にうずくまってなお、不安で不安で仕方なくなるのだが、もう、どうにもならない。  苦しい、でも書きたい。  書きたい、でも苦しい。  鬱って、こういうことなんだなあ。
  • 2023年5月6日

    指先の美しさ

     僕は運動音痴で、物事のタイミングを取ることができない。  だから運動にのめり込むことができず、ただただ弄られるばかりだった。  そんな自分が情けなく口惜しかったが、力の差には抵抗できなかった。  そんな僕が建築現場の荷運びの仕事を選んだとき、二十キロのボルトの束を持ち上げられなかった。  そして精進は続き、いつしか吉○石膏の十二ミリ厚のボードを六枚同時に移動させられるようになった。  セメント袋なら二袋同時に階段移動できたし、平行移動なら、一袋持っている仲間達と同じ歩調で歩けた。  いつしか、飯場で着替えていると、老巧夫から「ボクサーみたいな体してんな」と声をかけられ、誰のことだか一瞬分からなかった。  今でも、僕は物事のタイミングを取ることができない。  だからスポーツと呼ばれるなにかに混ざるはずがないし、混ざれば決定的な穴となる。  そんな僕だから、舞踊のなんたるかを知らない。  ただ、日本人ダンサーと欧州人ダンサーのバレエの違いなら見分けることができる。  彼らは、自然とその指先に成る。  我らは、無理してその指先を象る。  無理したものは、自然と成るものと違い、硬直して、こわばって見える。  https://www.youtube.com/shorts/gyj59vJ_lH4  だから、この元ダンサーの指先には、日本人がどれだけ精進しても、辿り着けない境地があると知ることができる。  どんなに苦心しても辿り着けない境地がある。  そして辿り着けない境地だからこそ、追い求めるだけの価値がある。  不完全でもいいではないか。  それが、日本人を日本人たらしめているのなら。
  • 2023年5月6日

    田分けのWGIPの思想から抜け出せない思想の強制収容所の住人が

     もう、このノートの常連さんには、口を開かなくてもご存じいただいていることと思うが、改めていう。  私にとって最も尊崇すべき「すめらみこと」は開戦を批判し、終戦を決定せしめ、自ら敵の総大将の前で「私は死刑で構わぬから国民を飢えから救い給え」と言い切ったからこそ尊崇に値するもので、その方は何を隠そう昭和のすめらみことこと、昭和大帝である。  そしてその昭和大帝をして「最も忠実なる臣下」として評価されているその一点で東條英機元内閣総理大臣閣下こそ、国難の政治を切り盛りし、戦後のウォートライアルという形を変えた戦争で、見事時の天皇陛下と国民の地位を守り抜いた英雄であると信じて疑わない。  https://www.youtube.com/shorts/wYDPCy7Yy_s  斯くのごとき動画があるが、この自己批判の一文を持ってして「国民に責任を転嫁せしむる思想の持ち主」となぜいえるのか。  後の史観、神の視点からは確かに正確な情報判断力に欠ける、と見ることもできる。  しかし一九四一年十二月六日から七日にかけて、戦争を回避できなかった己の無能を口惜しみ、昭和大帝の座する宮城に向かって嗚咽を漏らすほど責任感の高かった戦争指導者が他に居ようか。  その視点から見れば、一九四五年八月十三日づけてしるされた、  「もろくも敵の脅威に脅へ簡単に手を挙ぐるに至るが如き国政指導者及国民の無気魂なりとは夢想だもせざりし処之に基礎を置きて戦争指導に当たりたる不明は開戦当時の責任者として深く其の責を感ずる(以下略)」  この言葉は、国民への敗戦責任の押しつけではない。  どう読んでも「開戦時の総責任者として、開戦の判断を惜しむ」という意味であり、「こんなに弱い国民に無理を強いていたか」という後悔の念であり、しかも、東條英機元内閣総理大臣閣下には正しい情報は伝わっていなかった。  国民への配給は足りている、という報告しかないが、国民の怨嗟の声も聞こえてくる。  斯くなるは公共のゴミ箱を見やり、魚の骨や野菜の芯などが大量に投棄されていればいいが、との思いでゴミ箱の中を視察したのである。  朝日新聞などは馬鹿にした記事を報道したようだが、陸軍参謀総長にして陸軍大臣の重責を負いながら内閣総理大臣をつとめることで、陸軍の開戦派を収めようとして、  それでもなお  戦争回避の道は無く、己が意志と異なるながらも、開戦を決めざるを得なかった総責任者に対して、「まだ国民は戦える」という嘘の報告をしたのは誰か。  そして「報告によれば戦えるはずなのに、戦わぬというなれば、そのような国民の弱さを理解せずに開戦に踏み切った己が判断こそ間違いであった」という言葉である。  ドイツの様に国家社会ドイツ労働者党に全ての罪を背負わせて、「人民は悪く無い、ただ政治に踊らされていただけ」などと小手先のいいわけに終始するのとは違い、大日本帝国は最後には、新政府を立てたイタリアはおろか、遥か地球の果ての南米諸国からも宣戦布告され、戦後には賠償金を求められ、大日本帝国の看板を下ろした日本国はその全てを完済した。  しかも東條英機元内閣総理大臣閣下は、敗戦時には首相ではない。敗戦の前年一九四四年七月十八日に、マリアナ諸島陥落の責を問われて退陣している。  その経緯の中で、昭和大帝からも「もはや東條では無理か」と判断され、その上で辞任した悔しさがある。  されど、その二日後の一九四四年七月二十日にこのような言葉が下された。  卿参謀総長トシテ至難ナル  戦局ノ下朕カ帷幄ノ枢機ニ  参劃シ克ク其任ニ膺レリ今  其職ヲ解クニ臨ミ茲ニ卿ノ  勲績ト勤労トヲ惟ヒ朕深ク  之を嘉ス  時局ハ愈〻重大ナリ卿益〻  軍務に精励シ以テ朕ガ信倚ニ  副ワムコトヲ期セヨ     昭和十九年七月二十日 午前十時二十分 御下賜  キョウ、サンボウソウチョウとして、シナンなる  センキョクのモト、チンがイアクのスウキに  サンカクし、ヨくソノニンにアタれり、イマ  ソノショクをトくにノゾみ、ココにキョウの  クンセキとキンロウとをオモひ、チン、フカく  コレをヨミす  ジキョクはイヨイヨジュウダイなり、キョウマスマス  グンムにセイレイしモッてチンがシンイに  ソわむことをキせよ  サラリーマンでいえば、その地位から引きずり下ろされた直後に社長から直々に「よく働いてくれて嬉しかった。でも、まだまだやってもらうことはあるよ」といわれたようなものである。  信倚の二文字が重い。  事ここにいたって「頼りにしてるよ」といわれて奮い立たない日本男児がいようか!  戦争回避を切に願い、「この戦争は敗戦で終わろう」と言い切った昭和大帝。  閣僚の会議でも敗戦を決めきれなかったのは、敗戦の場合、天皇陛下はおろか皇太子殿下、そのた皇室の宮家もろとも断絶させられるのではないか、という疑念にアメリカ側が誠実な回答をしなかったからだ。  日本人が「無宗教」でいられるのは神道があればこそ、そして仏教や救世主教、回教などが有りはしても、日本人が日本人であるのは「日本の教え」があればこそ。  その大祭司も大祭司、総祭司長として神々への祈りを絶やさぬ祭司王が、天皇の真の姿である。  その昭和大帝をして、辞任してまで「これからも期待しているよ」との言葉を賜れた東條英機元内閣総理大臣閣下の言をねじ曲げて何をほざくか。  日本国に「凄い」はあっても「悪い」はない。  所詮肌の黄色いイエローモンキー達、程度の認識で、一度は英語を日本の公用語として、日本語の使用を廃止しようとした程度の頭しかないヤンキー達の終戦直後の認識がこれだ。  https://www.youtube.com/shorts/5kklYuQrhOE  記紀の時代に寄せられた公文書「風土記」を読んだが、当代の日本人でも、なんとか読める。  一五〇〇年前の古文書が、現代人でもそれなりに読める。  この恐ろしさ、凄まじさかたかだか建国二〇〇年余りのヤンクに分かろうはずが無い。  とはいえ、同じ石原慎太郎氏のこんな言葉もある。  この言葉ばかりは、東條英機元内閣総理大臣閣下にも捧げたいし、私自身、思い詰めすぎぬための戒めとしたい。  最も、僕なんてただの貧乏平社員なんだけど。  https://www.youtube.com/shorts/CEdwBKyH9LQ
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  • 2023年5月5日

    戦場に立たずして語る俺は大馬鹿者だ、という理解。

     戦争は綺麗事なんかじゃない。  どんなに痛快な快進撃でも、友軍勢力に死者の独りも出さない戦闘などあり得ないだろう。  そして痛快な快進撃ならば、敵性勢力には屍の山を築く。  https://www.youtube.com/shorts/zwzDjnGi0J0  英語の細かいニュアンスまでは理解出来ない。  でも、彼の殺したくないという気持と、その帯びた指令との葛藤は痛いほど伝わってくる。  少年が一撃を放ってしまえば、友軍側に多数の死傷者を出し、あるいは戦車や自走砲などの貴重な兵器を失う。  さにあればこそ少年が武器を取った時点で、攻撃対象外の市民ではなく、ゲリラとして射殺しなければならない。  淡々と射撃するものも居ろう、彼のように葛藤の中で射撃するものも居ろう。  ただ、任務に忠実だったばかりに、戦後の市民生活において、壊れた善悪の物差しをなんとか修復しようと足掻くものが少なくないことだけは伝わってくる。  転じて、特攻は兵法の鬼道だという評価に異を挟むわけではないが、それでも、国に捧げし魂達の戦果として、例え敵艦撃沈に至らずとも、敵性海軍兵士達に、トラウマを植え付けたという証言については鵜呑みにしたい。  少なくとも「カミカゼ」という言葉は英語、あるいは世界単語となり、自殺攻撃の代名詞となり得た。  ただし敢えてここで、特攻は自殺攻撃とは違うといい分けたい。  一部の自殺攻撃は「それをすることで天に召され、天上で酒池肉林の生活が待っている」などとその利を持って諭され、死後愛されうる局部に芳香を差して望んだというが、特攻はそうではない。。  「海軍の馬鹿ヤロー」とか「お母さん、お母さん!」とか、人間くさい「生きたい」という根源的な願いを心に抱きつつ、それでも命令の意図するところを理解し、ただ理知的に考えての効果を期待して、感情ではなく理性で作戦遂行をしたという一点で、死後の楽園などという夢想に酔ってのことでは無く、極めて高度に理性的な選択として命令に従ったという点を強く強調したい。  その上でこの動画の紹介に至る。  https://www.youtube.com/shorts/syJpVvm1a-8  命令に背いても、自らの兵法に従い、命を繋ぎながら戦った彼らもまた、等しく英雄である。  生き残り、当時の当たり前を、当時のホントウを語り継いでくれる限り、彼らの戦争はまだ終わっていないといえる。  そして宇垣の名は旧大日本帝国海軍特攻史の門戸を開きしものとして記憶されるべきだと考えてはいるが、一九四五年八月一五日。  玉音放送を耳にしてなお飛び立った、その理性と、優しさ、潔さ、ケジメの付け方に、独りの怠惰な日本人として敬服の念を抱かずにはいられない。  https://www.youtube.com/shorts/50H9hwfiEIY  wikiによれば、動画とはまた違った最後を遂げたようにも思われるが、敵に無用の被害を出さず、而して自らの死地を特攻に選んだ時点で、「日本男児に二言無し」を体現せしめた男気の中将であったと受け止められる。  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%9E%A3%E7%BA%8F  様々な種類の悲劇に、国民全員が巻き込まれた。  それでも、アジアを開放したという大義は為終えた。  東アジアの国々は、日本の戦後次々と欧米の植民地支配から独立を果たしていった。  「日本の植民地支配から脱することができたからだ」という無知蒙昧をさらけ出す趣味の類がいるがさに非ず。  一体どこの宗主国が、現地の生産物の作成方法を現地民に教育したことか。  一体どこの宗主国が、現地の生産物を製造する工場を作り、そこに現地民を雇い入れたか。  一体どこの宗主国が、現地の生産物を「買い上げた」か。  一体どこの宗主国が、現地民に現地語の教育施設を数多に作り得たか。  一体どこの宗主国が、現地の治水をおもんぱかり、現地にダムを造り水力発電所としたことか。  一体どこの宗主国が、家庭内労働力として酷使される女子にまで、教育の機会を与えたか。  そして何より、一体どこの宗主国が、現地民に訓練を施し、現地の軍を創設せしめたか。  そしてこの上、新支配国である日本の敗戦を機に再びせめてきた、旧宗主国に立ち向かう、現地国民軍の戦闘に二千名の将兵がその矢面に立ち、その半数の一千名の犠牲者を出しながら、旧宗主国の魔の手を払い、旧支配国を撃退し、現地国家の樹立に寄与した国が、一体世界中のどこにあろうか。  あの戦争は、欧米人のナチュラルな感覚に基づく、東亜人民への差別意識に対する、果敢な独立戦争だった。  https://www.youtube.com/shorts/5kklYuQrhOE  未だ日本は蛮族扱いの地位にある。  これを覆すのは、数多の特攻によってからくも維持された国民としての主権を更に強化するべく、外資に侵されたマスコミの血迷いごとや、外資の支援を受けている政治家のあぶり出しと落選をおこなうことからはじまる。
  • 2023年4月30日

    今日は遺言を預かりました。

     今日は遊君のモデルと、昼から飲みました。  僕も遊君も昼呑みは初めてで、とても貴重な体験をさせてもらいました。  場所は新宿の思い出横町で、一度大火にあった経験も知っていましたが、飲み屋の文化は生き残ったんだなと思わせてくれました。  共通のトイレは思っていた以上に清浄で、そこから先は各店舗の裏口になっていました。  そして、僕らの飲み始めた十一時三十分には客なんていなかったのに、いつの間にかお店は満席で、素晴らしい繁盛だと思いました。  遊君のモデルは、欧州に旅立つに当たって、僕に遺言を託しました。  およそ、彼の死に際には似つかわしくない言葉ですが、僕は受け止め、あるいは僕の方が先にくたばったら、その言葉を我に捧げんと、伝えました。  彼は齢五十年を迎えるに辺り、相応の覚悟を決めて渡欧します。  僕が彼に課そうとしていた目標は、彼にとって紛う方なき目標でした。  僕の目には彼がまぶしく映りました。  それは彼の現在が禿頭であるからではなく、その意思の強さの籠もった視線から来るものでした。  僕は、彼が僕に託した遺言を果たすようなことを彼には許しません。  それは、彼も同じ気持ちでしょう。  それでも、彼が欧州というフィールドを得て、活躍してくれることを願ってやみません。  旅立つ 彼の者に 幸有れかし  彼は頑張らねば成りません。  そして、それに倍するくらい、僕も頑張らないと成りません。  志の炎を消さない友人に巡り会えたことに感謝を。  そして、今生での彼に栄冠を。
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  • 2023年4月26日

    5月1日(月)は更新できません

     本当に申し訳ないです。  5月1日の(月曜日)はアデル・ヴァイスの更新ができません。  この土日はささやかな家族サービスのため、時間がとられてしまうのです。  こんな世界の果てのようなネットの片隅に来ていただけるだけでもありがたいのに閉めきりが守れなくてすみません。  アデル・ヴァイスはラストシーンを残して物語のどこで何が起きるか決まっており、残るは根性論だけなのです。  そのつぎの5月8日には、新話を披露しますので、よろしくお願いいたします。
  • 2023年4月25日

    TVは芸を腐らせる

     この人のことは知っていたが、なんか一過性のブームを引き起こしていたのでTVではみなかった。  https://www.youtube.com/watch?v=W4i4KmcSmws  もう、日本の若者で、彼の芸でお腹を抱えて笑う人はいないかも知れない。  でも、異国の舞台で爆笑をかっさらっているのは、尊敬に値する。  かつてレイザーラモン・HGが、確か北野武に「TVなんかでやっちゃってもったいない、地方のキャバレー回れば一生喰っていけたのに」といわれて「え、え、どういうことですか、詳しく聞かせてくださいよ」と食いついていたのを思い出す。  夢だけじゃお腹はふくれないから。  HGも相方がRGと名乗ったりして、くっそ面白くない漫才とかで頑張っている。  漫才師は必至さがいい。  特にM-1なんかに出てくる人達はみんな必死でいい。  御正月ののんびりした演芸番組も悪くはないけど、なんか余計な組み合わせを始めたりとか、世間話を始めたりとか、とにかく間が悪い。  引き延ばし感がありありと臭ってきて臭くて仕方がない。  漫画も出だしは線も荒々しくて勢いが前面に出てるけど、少し売れてくると書き味が変わって直線と直線で書き始める。  そうなるともう駄目。  でも、パトレイバーを連載していた当時にサンデーで旗を揚げた漫画家さんは、なにかと書き続けてきてくれていて、読みたいなあ、という漫画も多い。  芸で輝いて居る芸人さんは格好いい。
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  • 2023年4月23日

    Chat-GPTの、コンピーターの限界、と突破!

     Chat-GPTが話題になっている。  どれほどのものか知りたくて「自衛隊を合憲とする解釈改憲は、憲法の理念に反するのではないか」という命題を少しずつ表現を変えて何度か食い下がってみた。  ちょっと前のことなので以下の内容は正確ではないかも知れない。  おおよそ、前段、後段、締め、の三つで構成されていることが分かり、ばかばかしくなった。  こんなものを「凄い」「人間を超えた」と褒め称えている向きは「それでいい」人達の集まりなんだと思う。  僕は漫画雑誌のジャ◎プが苦手というか、嫌いだ。プロレスギャグマンガが、いつの間にかプロレストーナメントバトル漫画になり、七つの宝玉の集める漫画が、いつの間にかバトル漫画になり、吸血鬼ゴシックホラーがいつの間にか式神超能力バトル漫画になり、そして人気のあるうちは、引き延ばしの上に引き延ばしをくり返し、一定の人気が無くなれば、どんなに過去の実績がある漫画家でもばっさり切る。  それは経営、事業としては正しいのだろう。それでも僕には「作品を共創していく」姿には見えないし、どんなに新機軸の漫画が始まっても、結局特殊能力バトル漫画に成る時点で「また、同じ漫画か」としか思えなくなってしまった。  それは、どこの漫画雑誌にも一定現の範囲でみられる傾向ではあるが、サンデーは、比較的最初のコンセプトを最後まで維持することが多いように思えて、サンデーしか読まなくなった。  でも、サンデーを読むのはいわゆるオタク層で、フツーはジャンプかマガジンだった。  まあ、小学館でも「あずみ」の様に大衆受けする=あり得ない展開で一巻で挫折するような漫画がなかったわけではない。  それでも、サンデーで新しいダークヒーローものが始まった時には期待した。  「この作品は絶対に打ち切りになる、でも、打ち切りにならなかったらおおばけする」と。  案の定打ち切りになった。  この頃から「自分の読みたい物語は自分で書くしか、お目にかかる機会はない」と考えるようになった。  エンタの神様は関東で流行っても、関西では受けないらしい。  そりゃそうだ。  お笑い芸人の一発ギャグを寄せ集めた代物だ、三回もみれば底が透けて見えることに気がつき、同じものをくり返しみていることに気がつく。  でも、関西のちゃんとした漫才番組やコント番組では今ひとつ視聴率が伸びないそうだ。  朝日放送が取り組んだ「笑いの金メダル」はテコ入れという名のトーク番組に化しそして消えていった。  そして関東の番組から「ちゃんとした」お笑いの番組は消えた。  淘汰の摂理というものは、そういうものなのだろう。  そこに風穴を開けるのは男の力なくしては成り立たない。  自然界でも、「種の維持」と「種の発展」は明確に役割が分けられていて、前者は雌が、後者は雄が担う。  それが証拠に、雌が自然界の迷彩色なのに、雄が明確に「生存に意味なく、いやさむしろ悪目立ちすることになる華美な装飾」を持っている種のなんと多いことか。  はてさて、GPTに「解釈改憲の違法性と改憲の必要性」を尋ねると、  最初に三点ほど解釈改憲が認められていることを、あれこれ言い方は変えつつも出してきて、  次ぎに改憲の難しさを二つ三つあげて、  最後に「色んな考え方があります」と逃げて、  解釈改憲でよいのだ、とか、解釈改憲は違法性が高く実際の改憲が望まれる、という断定的な文章は出してこない。  これでは議論相手にも脳トレにも成らない。  GPTとの会話は、馬鹿が馬鹿とお互いを誉めあって会話しているか、なにかを文章で表現する時に、それなりの言い回しを求めてワンチャン尋ねてみるくらいの使い勝手しかない。  多分、今後より長文を構成できるよう発展していく場合、ハリウッド映画の三幕構成の様なメソドロジーにそった、大衆受けする名作は何本も出すだろう。  ただ、それを活かす監督の指導や訳者の演技によって作品の「興行収入」という優劣は決まるし、最初の二年から三年は「脚本:Chat-GPT」の作品が爆発的な人気を呼ぶが、やがてパターンに飽きられ、監督、カメラワーク、演技までコンピューターの支配下に置かれた、完全コンピューター作品と、GPTには出せない「味のある脚本」をかける作家の作品に二分化されていくだろう。  そしてそれは同時にGPT以前の時代の、人気脚本家達の断筆と、GPT旋風後の雨後の竹の子のような個性的な作家達への世代交代が行われるだろう。  「Chat-GPTで作家はいなくなる」 ?  それはあなたが作品ではなく広告や作者名で作品を選択している証左であっても、  「本当に個性的が故に、売り物にならない作品を評価できるほど目が肥えていない」事の自白でしかないよ。  とはいえ、世間は日進月歩。  下記のような商品と組み合わせたら、また違う爆発力をみせるかも知れない。  僕の稼ぎに月もう数万余裕があったら、自分自身がユーザーとして使いたいと思っている。  お金がないのは本当に惨めだ、と、ようやく人生一〇〇年時代の前半の生涯を収めようとする日に唱えてみる。  文賢  https://rider-store.jp/bun-ken/
  • 2023年4月22日

    国体を継ぐ

     この動画は紹介したい。  https://www.youtube.com/shorts/NrnXn6aqLng  明治大帝は薩摩武士に男子としてしつけられたと耳にするが、昭和大帝はもしかすると倭猛天皇(やまとたけのすめらみこと)以来の日本男児だったのかも知れない。  日本武尊といえば、神話時代の一代ヒーローである。  最近風土記を買ったのだが、常陸国風土記にはやたらと倭猛天皇の足跡が印されている。  さばかりか「茨城(うばらき)の国造(くにのみやつこ)の始祖の多祁許呂(たけころの)命は、息長帯比売(おきながたらしひめの)天皇( 神功皇后) の朝廷に仕えて品太(ほむだの)天皇( 応神天皇)ご生誕の時までお仕えした。」(中村 啓信 風土記(p.83) 角川学芸出版)と神功皇后を天皇として記述している。  戦後の学会と宮内庁は倭猛天皇(やまとたけのすめらみこと)と息長帯比売天皇(おきながたらしひめのすめらみこと)を無き者にしているが持統による官制「行政文書」こと大本営発表である日本書紀に何が何でも正義が書き込まれているわけではない。  己が次代の血筋の正統性を謳うべく天照国照彦の尊号を大日霊女貴尊(おおひみこむちのみこと)に移し替えてまで偽造した女の浅はかな歴史偽造書にいかばかりの正解有りや。  景行天皇こと大足彦忍代別天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと) の子で有り、その次々代である仲哀天皇こと足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)の父であり、やまとの言葉を諡(おくりな)された倭猛天皇(やまとたけのすめらみこと)が天皇であってなんの不思議もなく、開化天皇五世孫である神功皇后こと息長帯比売天皇(おきながたらしひめのすめらみこと)が摂政を六九年務めたということの方が怪しく、女帝であった可能性が極めて高いと考えられる。  よく、物知り気に「継体朝」などといって、「継体天皇の時代に一度神武天皇の血筋は途絶えている」と得意に成って語るものがいるが、己が蒙昧をさらけ出す様甚だしい。継体持統とは四文字熟語で持統の最大の功績が血統を保持する役割を担ったのなら、継体の最大の功績が国体を継いだという一事につきる。  耶蘇教歴に直した事績が分からぬからといって「昔の人は歴史を改ざんした」というなら、今の人間だって改ざんしていることになる。  そもそも誰が誰の男子かというのは財産相続、家名相続の問題上、極めて重い事柄であった。  そして自らが天皇(すめらみこと)の男系の男子であるということは、地方に行けば行くほど重みを増した。  もっとも、当時の越前を「地方」のひとことで片付けてしまうのは、いささか乱暴に過ぎるかとは思う。  どちらかといえば「応神は真に仲哀の子か」という疑問の方を持って欲しいものだと思う。  孝元天皇三世孫の武内宿禰が怪しいと思うがこれ以上話しをそらすのは控える。  いずれにしても近衛のように、昭和大帝からも軽んじられるほど「ただの人」でしかなかった人物なら、こうはいえまい。    当時の通訳はこういう英語にして昭和大帝のお言葉を「天皇の死刑執行人」を自称したマクアーサーに伝えた。  Kill me, bat not those who acted in my name.  この一言で国体が正しく継承されることが決まり、そして昭和大帝の忠臣中の忠臣、東條英機元内閣総理大臣閣下が大帝の身代わりを務める大任を背負った瞬間であった。  その東條英機元内閣総理大臣閣下の命そのもので国体を継いだ昭和大帝の慈愛が、当代を持って皇統の継続を難くならしめんとするは、歴史の皮肉に他ならぬ。
  • 2023年4月22日

    たった今!

     幸福の化学の人から映画の宣伝のチラシを受けた!  レット・イット・ビー、5月12日公開らしい  もちろんお勧めはしないが止めもしない。  ただ、いきなり教義の話しをするのではなく、最初に映画の宣伝を語った信者の方が、良い意味で大人しく、質素で穏やかな雰囲気をお持ちだったから、いくつか会話のストロークを続けた。 八「大川隆法先生が亡くなられたのは、色んな意見があるにせよ、社会的に大きな活動をされた方が亡くなられたのは大変なことだったと思います。  信者の皆さんはいま、どのようにお過ごしなんですか?」 信「これまでどおり、教団の先生の方からお話しを伺ったりして勉強しています」  こんなやり取りを一〇分程度軒先でした。  ご子息の反発や後継者の問題について尋ねたら、その方なりの見解を教えていただいたが、これはこういう所で話す話しではないと思うので伏せさせていただく。  チラシだけ見るとスプラッタ&オカルトホラーなんだけど、実際にみたりしたら、最後は大川隆法の力で解決するんだろうwwww  折角ホラーでスリルを味わっても、最後にそんなお笑い要素が盛り込まれているに相違あるまいと思うと、絶対自分ではみないし、絶対お勧めしない。  ただ、お訪ねいただいた方が、少し疲れた感じの、フツーの方だったので「大川隆法の遺作が5月12日から公開されるらしいよ」ということだけ伝えさせていただく。  最後をお笑い要素で締めるホラーは、ホラーに成りまへんがな。
  • 2023年4月22日

    こういうのってさあ……

     まずは動画をご覧いただきたい。  https://www.youtube.com/watch?v=-3u389sROj4  このWACこと女性自衛官は気持のおおらかな人なんだろう。  僕なんか二人三人目から声をかけられたら、「めっちゃたかられてる。  なんなんこいつら」と、もの凄く腹立たしくなる。  つーかその前に仕事で必用なものなんだから、経費で準備しろよ!  海自だけじゃないんだろうけど、トイレットペーパーは私物だとか、第一級の軍艦のトイレが壊れたままだとか、衛生面、ひいては隊員の士気に悪影響ですよ。  自衛隊員に消耗品の私物利用を強制するなら、財務省主計局の入っている建物もトイレットペーパーは全部外せ、といいたい。  前に書いたかどうか忘れたが、某なんとか協会の1部門の立ち上げをシステム面で支援したことがある。  比較的小さな協会だからか、「専務理事」という肩書きの方が相手方に立ち、色々協力して晴れてその部門が業務開始という日に、その部門の開所祝いという朝礼が行われ、その様子が会報誌に記載された。  まだ、個人の肖像権の業務利用云々が「業務の一環」として使われる側も使う側も、それほど神経質じゃなかった時代に、解像度は不鮮明ながらも、僕の会社のメンバーも一緒に記念写真を撮り、それが切っ掛けで僕も会報誌を手に取った、そして裏面をみて驚愕した。  僕はそれまでやり取りをしてきて、壮年期後半に入りながら精力的に働いているその「専務理事」が協会のナンバー2だと思っていた。  ちがった。  その会報誌の裏面には、理事長以下、五名の「副理事長」の名前があり、専務理事の名前はなかった。  それなりに足かけ数ヶ月かけたセンター設営のシステム構築の中で一度も見かけたこともない謎の男達の名前がずらりと並んだその会報誌をみて気持ち悪くなった。  そして、事実上何もしていないそれらの「副理事長」達に、実質年数千万、ともすると、五人で一億近いお金がかかっていると考えたら腹立たしくなった。  そんなの全員、文字通り「クビ」にしろ、といいたくないわけじゃないが、そんなの達がそれなりの支出をしているなら、経済的に価値もあろう。  しかし、そんなの達に支払うお金があるなら、そんな協会全部整理して、自衛隊のトイレットペーパーに当てろといいたい。  ちり紙として市場に税金を環流させた方がまだましだ。  主計局は隊員一人ひとりの善意に甘えるのもいい加減にして欲しい。
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  • 2023年4月18日

    格好いいぜ!

     浜田聡という参議院議員がいる。  なんとかこの方には長く議員を務めていただきたい。  所属政党のやんちゃっぷりは正直目に余る。  目に余るけど、浜田聡がいるなら応援する敷かないじゃないか!  https://www.youtube.com/watch?v=VfsDkzD3ptc  あの麻生大臣閣下をして「かっこいい」と言わしめた質問。  そして下品な野党のように「怒り口調」「けんか腰」で頭から食ってかかるのではなく、淡々と「こういう考え方がありますがいかがお考えですか」と尋ね、政府側の答弁が終わると「ありがとうございました」を必ずいうその真摯な姿勢。  ほんと、テレビも野党も「舌鋒鋭く政権の矛盾を突く野党」を撮りたいばかりに馬鹿ばかりが育っている。  所属政党のやんちゃっぷりは目を覆わんばかりの体たらくだけど、そんな政党だからこそ返って、浜田聡がきびきびと闊達に発現できる基盤になっているのかも知れない。  世の中は善だけ、悪だけというのはあり得ない。  それがあり得ることを前提に話しをするのは教養が足りていない証左だ。  政党がみっともなくて、浜田聡が格好良くて、それでバランスが取れているのかも知れない。  浜田聡がんばれ!
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  • 2023年4月16日

    神社考古学

     いわれる前にいってしまおうシリーズ。  天照国照彦天火明奇甕玉饒速日命  アマテラス クニテラス ヒコ アメノホアカリ クシミカダマ ニギハヤヒノミコト  此成る一柱の大神は、  神祖熊野大神奇御食主尊  カムロギ クマノオオカミ クシミケヌシノミコト  と諡された◎◎◎◎尊の男子であり、その娘  伊須気依姫に、  伊波礼彦尊が嫁いできたことで、日本の国史がはじまる、そんな大御神の諡である。  昭和五一年に提唱されたこの古代史の分析手法は、誰にも引き継がれず、さばかりか学会からお遊び扱いされて殺されている理論ではあるが、それを紐解けば、説得力の高く、現代まで残された事実に基づく考証であることがわかる。  よく似た誤記が示されている例はあるが、この表記のものはなかなか見当たらず、しかし、神武一系の基礎と成る物語にあるため、絶対におろそかにしてはならない名前である。  天照彦が、天照が本来男性神に贈られた名前を示す良い証跡でもある。  天照が女性だから、女性天皇が親であることを頼りに、その子が皇位を継ぐことに違和感はないなどという戯言を一笑に付してくれる我らが日本人の大祖神の本当の諡である。
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