第10話 初めての遠出(3)
洞窟の中は湿っぽくて、そこかしこから水がしたたり、流れる音が聞こえてきた。急な斜面を、手で岩をつかんだまま足場を探り探り降りて行った。
ごつごつとした岩肌は濡れて滑りやすく、いく度かあやうく滑り落ちかけ、そのつどスグリは息をのんだ。
少し前を行くウリュウは、その度短い叫び声を上げては、気恥ずかしそうに咳払いをしていた。ときおりマシケが、ウリュウとスグリが無事付いて来ているかを確認するためそれぞれの名を呼んだ。
ウリュウもスグリも足場を探すのに懸命で、それに短く返事をするだけで精いっぱいだった。
はじめは背後から届いていた日の光もやがて届かなくなり、先頭を行くマシケの松明だけが頼りとなった。
マシケの言葉通り、洞窟の中は月のない夜よりも暗かった。影が幾重にもかさなって鼻先にまでまとわりついてくるような、息苦しいまでの闇だった。
空気は凍てつくように冷え切っていて、むき出しの顔はもとより、襟足まである皮の頭巾や、内側にウサギの毛皮を縫いつけた鹿皮の長靴も手袋も湿り気を帯びて、まるでむき出しになっているかのように、耳や手先足先はかじかんだ。
しばらくそうして降りていくと、とうとう足元が平らな地面にたどり着いた。ほっとしてスグリは降り立った。それを立ち止まって見届けたマシケは、再び歩き始めた。
帰りにはあの斜面をまた登るのだと思うとぞっとしたが、そのことはあまり考えないようにした。
その後はずっと、平坦な岩場を黙々と歩き続けた。途中、小さな祠があるのに気がついて、スグリは声をあげた。
「父さま、あのほこらはなあに」
なんでそんなこと、と言わんばかりの腹立たしげな表情でウリュウが振り返ったが、マシケの方は特に気にとめる様子もなく応えた。
「境の神様だ。この祠を挟んで、北が我々の土地、南がミズホのクニの領土と決められている」
「誰が、なんのために決めたの」
スグリが訊ねると、マシケは少し黙り込んだ後言った。
「さあな。恐らくは、我々の祖先だろう。我々がここから先へ行ってミズホびとの争いや搾取に巻き込まれないようにとでも考えたのかも知れん。ミズホびとは、この世の果てまでも、自分たちの欲望のままにむしり尽くすことが許されていると思い込んでいるからな」
これでこの話はおしまい、とでもいうように、マシケは足を速めた。そのうちに、先ほどよりもずっと緩やかな登り坂に突き当たった。
そこを登ると、まぶしい日の光がスグリたちの目を刺した。南の山の、南側の中腹へとたどり着いたのだ。
そこから先は、スグリが初めて目の当たりにする、星ノ森の外の世界だった。
次回更新は3月27日22:35です
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